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【ストレスを感じる日常で】コンドラチェフに、さよならを


Koikeさん ストレスを感じる

記事:Ryosuke Koike(ライティング・ゼミ)

 

「だいぶ元に戻ってきたな」
数週間前の深夜、ノートパソコンに表示されたグラフを見ながら、1人呟いた。
何のことはない。株のことである。
ここ1年の間右肩上がりだった株価は、数か月前に突如どかんと落下した。暴落直後はひやひやしていたが、その後は上昇と下降を繰り返し、いつの間にか何事もなかったかのような数字になっていた。

翌朝、いつもの時間に起床した。
コーヒーを飲みつつ、まだ目をつむった息子の口にスティックパンをつっこむ。保育園に持って行くものを準備しながら、テレビに映し出された日本地図を確認する。
「今日の気温は、昨日と比べて〇〇度低くなるでしょう。今シーズン最低気温を更新し……」
あわてて用意していた子どもの服装を取り替える。今秋は今まで感じたことがないくらい暖かい日が続いていた。ようやく福岡も冬らしい気温になったが、子どもは温度変化に弱く、うまく調節しないとすぐに風邪を引いてしまう。
ただ、急激に下がる気温も、数日後には少し持ち直すようであった。

車で息子を保育園に送った帰り、ガソリンの残量計を見ると残り4分の1を切っていた。1年少し前までは上昇し続けていたガソリン価格も、最近はぐんと下がっている。普段は車に乗らないので気にしていないが、数百キロ離れた妻の実家に帰省する際には、十円でも差は大きく感じてしまう。

考えてみれば、自然であれ人間社会であれ、不変・一定のものというのは、ありふれていそうでいて、実際のところはあまり存在しないのかもしれない。

感情もそうである。
心と体のエンジンのスタートが遅い私は、月曜日の朝は気分が下がったまま通勤電車に向かっている。サザエさんブルーという言葉を思い出した。
仕事の後に飲み会や楽しいイベントが用意されている日は気分が上々である。ましてや酒を飲んでしまえば、こんなに楽しい日があるのかというくらい気分は盛り上がる。けれど翌日にはすっかりと元に戻るか、低空飛行に入る。

その日その日の感情だけでなく、人生についても同じように言えるのかもしれない。
今年度に入り、仕事の内容の変化、人事異動、娘が生まれたことによる家庭環境の変化……。気にしていないようでいて、じわりとしたストレスを感じていた。

以前携わっていた仕事は、やりがいがあったものの肉体的にも精神的にも大変で、年度末を迎え新しい職場になればプレッシャーから解放されると思っていた。そういった期待もあってか、かなり頑張っていたし、充実した時間を過ごしていたと思う。
また、息子も大きくなり手が離れていくにつれて、自分の時間を少しずつ回復し始めていた。
男の子より女の子の方が育てやすいということも聞いていたので、家族が増えても賑やかになるだろうとしか思っていなかった。

しかし、実際には仕事が変わり、世帯人数が増えて以降、これまでとは別の穴からまたぞろぞろと出てきたのだ。次々と終わることのない悩みたちが。

心穏やかな、悩みのない生活が欲しい。
感情に振り回される日常にさよならを告げたい。
どこぞの気鋭の本屋の店主はともかく、誰しも一度は、日々起こりうることに一喜一憂する生活ではなく、感情的にも人生でもなだらかな生活を送りたいと思ったことはないだろうか。

安定志向が強いためか、私は昔から何事に対しても防御線を張って物事を考えていた。人生上向きは長くは続かない。下向きの先はいつか戻る。
自分にブレーキをかける考え方である。
ただ、これは思うようには機能しなかった。上向きのときの後に下降線をたどると、やっぱりこうなったと瞬間的な安堵は得られるものの、すぐにマイナスの感情に引っ張られるし、上向きのときを心から楽しむことはできなかった。
下向きのときもまた、いつか上向くということよりもマイナスの感情に足を取られ、このまま上がることはないのではないかと悲観し続けることの方が多かった。

他に何もしなかったわけではない。
ビジネス書、自己啓発書、心理学の本やスピリチュアルなものまで目につくものは色々と試してみた。
そうすると一時的または偶発的には心の安定が図られるものの、そう長くは続かなかった。
蓋をしようとしても負の感情は噴き出てくるし、ポジティブな感情を維持する浮力は全く持って足りなかった。やがて、私はそれらの本から遠ざかるようになった。

寝室の本棚にある2冊の黒表紙の本を手に取ろうとしては、やめた。
「生きづらい世の中」を生き抜くための特効薬である「四代目天狼院秘本」。
銃声なき戦場を生き抜いてきたあの本屋の店主が自信を持って推す本だから、読んでしまえば一気に楽になるかもしれないと思う一方、効果がなかったときを想像すると、最終兵器を使うのはどうしてもためらわれた。

これまでの経験上一過性と思っていたストレスはなかなか消えてくれなかった。
日々の些細なことにも感情が振り回され、上手くいっていないと思い込んでいる状況を悲観し、人のせいにしていた私。
ついに、なにもかも忘れたくて、投げ出したくて、9月頃1人車を走らせ、佐賀県にある山奥の温泉へと逃げ込んだ。
初めて訪れる温泉は、段々といくつも折り重なる棚田を縫っていくように山を登り、薄暗いトンネルを抜けた先にあった。

山奥の温泉にもかかわらず、館内には多くの人がいた。
残念ながら1人にはなれそうになかった。
それでもこんなところで知り合いに会うことはないだろうと思い、男湯ののれんをくぐった。

露天風呂から見渡すと、太陽の下、辺り一面緑色に囲まれていた。
左端から右端まで、青と緑のせめぎあいが続いていた。

湯船につかり、焦点をあわすこともなく、ぼーとしていた。
周りの人も、一言も話さず、目の前の風景に視線を送っていた。
ときおり吹き込んでくる風が冷たく、火照る体を幾分か冷ましてくれる。
ほわっ、ほわっと、仕事や家庭での悩み、考えるべきことが頭の中に浮かんでくる。
そのたびに、眼をぎゅっとつむり、暗闇の中へ押しやる。

そんなことを繰り返していると、ふと、目の前の空と山の境界線に焦点があった。
左端から続く山は直線でも曲線でもなく、場所場所で高低差をつけながら、なだらかな丘陵線を描いて右端へと消えていた。
さらに、よく見てみると、その丘陵線を構成する個々の木々はそれぞれ高さが異なり、一本一本がところどころ上下している。
その光景は見れば見るほど、長い人生と、気づけば過ぎていく1日の縮図のように思えた。

自分は今、どの位置にいるのだろう。

温泉で肉体的に癒され、一時的にせよ脳内のメモリを解放できて楽になった帰り道、露天風呂で見た丘陵線が頭から離れなかった。

人生山あり谷あり。
人生楽ありゃ苦もあるさ。
3歩進んで2歩下がる。

黒い線の上下運動を頭の中で描いていると、急に昔の記憶がふわっと蘇ってきた。
確か、高校の政治・経済の教科書に載っていたと思う。
景気には波がある。短いものから長いものまで。
書かれてあった波の中で、5~60年と最も長い波の「コンドラチェフの波」を思い出していた。

山奥の温泉から日常生活へ戻ってきて1か月以上たったが、依然として心に引っかかっているものがあった。
どうやらそれには、あのとき思い出した「波」が関係している気がした。

コンドラチェフ。
教科書で習ったけれど、今まで何のことなのか知らなかった。

とりあえずネットで検索してみた。
人の名前だった。
これだけでは情報が不足しているので、何者か調べてみることにした。
図書館でそれに関する本を借りるため予約しようとしたところ、500ページ近くもあった。
ページ数に少し躊躇したが、ここまで来たらという思いで借りて読んでみた。

高校生の頃に習った波の名称は、「長期循環」の考え方を統計的に分析した旧ソビエト連邦の経済学者の名前だった。
ほとんどの方が知らないと思うが、彼は不運にも、当時の政治的権力と相いれず、逮捕、投獄のうえ、銃殺刑に処せられた人だった。
さらに、死してもなお汚名を着せられ続けていた。彼の名誉が回復されたのは、皮肉にも「長期循環」にふさわしい死後50年たってからのことである。

精神的・肉体的にも厳しい中、彼は人生の最後まで獄中で「循環」に関する分析を行っていた。
この「長期循環」の考え方は、経済学だけでなく政治や地理、芸術の分野など、この世の中に幅広く影響を及ぼしているという。

読み終えたところで、心に引っかかっていた何かがすうっと溶けていく感じがした。

感情も、人生も。
日経平均株価のように、平均気温のように、あの丘陵線のように、波をうち、循環しているものなんだ。

なんだ、そんなことか。当たり前じゃないか。
そう思う人もいるかもしれない。
しかし、振り返ってみると、上方向に向くように、高い位置に留まるように、これまで家庭で育ち、学校生活を送り、職場で労働するように訓練されていたように思う。
生活態度しかり、学校の成績しかり、営業の成績しかり。
下向きは悪いもの、下の状態は良くないことと、心の底に刻まれている気がしてならなかった。

ずっと基準よりプラスであるということは、幻想である。
右肩上がりを続けること、毎回成功するということは、妄想である。

ビジネス書や自己啓発書の本を徐々に読まなくなっていったのは、書かれてあるテクニックを利用した成功談や、ポジティブシンキングによる晴れ晴れしい生活といったものに、一種の義務感を感じ、疲れを感じていたのだ。
こんな素晴らしい状況になる。だから、やらないといけない。
いや、上手くいっていないのは、まだ取組みが足りないからだ。
負の感情はいけない。
マイナスの現状は一刻も早く抜け出さないといけない。
といった具合に。

感情にも人生にも、小さいものから大きいものまで波はある。
その波を無理に反転させようとしたり、波が起きないように均一に、直線に押しなべようとすると、事態はかえって悪化する。

過ぎ去った過去にすがり、まだ来ない未来を追い求めるのではなく、目の前の現実を現実として受け入れる。今を生きるのだ。

何もせず今の状況に甘んじろとか、何をやっても意味はないと言っているわけではない。
また、右肩上がり、常時基準よりプラスのような指向が問題なのではない。
経済政策についてコンドラチェフは、単なる希望や実行可能かどうか検証できないような計画は問題であり、経済発展の経験的な規則性をまずは発見し、将来の計画に向けての基礎とすることが必要と説いていた。
因果関係を分析し予測したうえで、最適化を図る。
マイナスの感情に憑りつかれることなく、そのような感情を抱くこと自体をまずは認め、そしてなぜ今そのような感情を抱いているのかを考えること。
良くない状況に頭を支配されることなく、このような状況にあることを認めたうえで、原因は何かを分析すること。
頭の中だけで下降を恐れ、現状を直視せず嘆き、ただ上昇を夢見てもがくだけでは解決しないのだ。

このように考えていると、マイナス・プラスや下降・上昇といったものは、一本の線の、ある瞬間とそれまでの過去との単なる対比でしかないような気がしてきた。
感情や人生における「良い」も「悪い」も、その人その人の単なる思い込みや意味づけに過ぎず、本来的には特に意味を持たないもの、または、そもそも存在しない観念なのかもしれない。

感情や人生に波がある、循環するものと考えたところで、目の前にある状況がいつ上昇期に入るのかはわからない。明日かもしれないし、まだかなり先なのかもしれない。50年後だとちょっと困る。
そもそも、過去の分析で将来を予測できるのかというテーマは、現代の経済政策においても疑問符が完全に消えているわけではない。
コンドラチェフの波についても、存在について否定的な意見や、循環とまでの規則性はないとの疑問が絶えずあった。
しかし、彼は最後まで長期循環という考えを捨てなかった。

下がれば上がる。上がれば下がる。喜び・苦しみも絶えずやってくる。寄せては返す波のように。
それに淡々と付き合っていくこと。
一度きりの人生。どうせ経験するなら味わい尽くすというくらいの心意気の方がいいのかもしれない。

悟ったわけでもないし、「感情・人生循環」論に確信を持てたわけでもない。感情に振り回され、現状について文句をいう状況は今しばらく続きそうである。

それでもいつの日か、
感情に振り回される日常への決別の誓いとして、
また、気づきを与えてくれたことへの感謝と、その偉大な功績に畏敬の念をこめ、

コンドラチェフにさよならを告げる日がやってくると信じたい。

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2015-12-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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