メディアグランプリ

ずぶ濡れのくまのプーさん


Mito Komiyaさん

 

記事:小笠原 雫(ライティング・ゼミ)

 

それは20年ほど前、私がまだ学生だった頃のこと。

私はアルバイトを始めようと、レストランへ面接に行った。店長が面接をしてくださったのだが、メガネをかけていた私を見て
「うちの店に入るようになったら、メガネをやめてコンタクトにしてくれる?」
と言った。私は
「え!? メガネじゃダメですか?」
と聞いてみたのだが、人前に立つ仕事として外見的にメガネだとあまりよろしくないので、出来ればコンタクトにして欲しいとのことだった。私はどうしてもその店の賄い料理が食べたかったので、
「分かりました。コンタクトにします!」
と、アルバイト代を稼ぐ前にコンタクトレンズを買う羽目になった。

店長の理論でいくと、目が悪くてメガネをかけている人は外見的にNGとなってしまう訳だが、「メガネ女子」などといった言葉さえなかった当時は、“メガネ=外見を損なう”イメージが強かったのは事実だ。しかし私は4歳からメガネをかけており、私にとってのメガネは身体の一部と言っても過言ではなかったので、そんな風潮でも私はやはりメガネのほうが良かったのだ。

私は自分を飾ることが嫌いだ。自然体で生きたいし、誰にどう思われても気にしないでいたい。

最近、私は蛭子能収さんのwikiを見る機会があった。サイトを開いた瞬間その長さにまず驚いた。読み終わるまでに時間がかかったが、とても読み応えのある内容だった。そして共感できる考えがたくさんあった。

“「暗いジメジメしたところのほうがやはりおもしろいですよ。そんなジメジメしたところでしか出ない美しさというものがアンダーグラウンドにはあるんです。それは本音の美しさですね。日の当たるあっちのほうは飾られた美しさです。オレはやっぱり地下活動、アンダーグラウンドが好きですね」といった発言があることから大衆・万人に受け入れられる作品づくりにはあまり興味がない模様である。”
私はこの一節に激しく共感すると同時に、私にも似た部分があると感じた。
私も執筆以外に趣味で創作活動を行っている。作品と呼べるレベルかは分からないが、私の作るものは「必要とする人は少ないかもしれないけど、はまる人にはメッチャはまる」とよく言ってもらえる。ありがたい話だ。

ただ、蛭子さんのwikiを読んで、私には1つだけ大きく欠落したものがあると思った。それは徹底した「他人からどう思われようが構わない」思想である。蛭子さんの考えを知ったとき「こういうとき私ならどうするだろうか」と考える事が多くあった。
例えば蛭子さんは楽屋挨拶をしない主義らしい。“挨拶という行為そのものが逆に相手に迷惑になってしまうんじゃないかって考えてしまうんです。別に礼を欠こうと思ってそうしてるわけじゃないし、むしろ相手の貴重な時間を奪ってしまうことが怖い。”とのこと。
これも根底にある、徹底した「他人からどう思われようが自分の考えを貫く」姿勢からくるものだと思うが、もし私だったら例えそう思っても、挨拶には行くだろうなぁ。

また別の話で、ある芸人さんが蛭子さんに「スベっているのに仕事が急激に増えた」と相談したところ、蛭子さんは自身が漫画の原稿を間違えて他紙の編集部へ送った経験を述べた。ジャンルの違う漫画をそれぞれの雑誌社にあべこべに送ってしまったことに気づいたけど、どちらの編集部からも『漫画の原稿、うちのじゃないですよ』と言われず、そのまま雑誌に掲載されてその後もこの件についてどこからも何も言ってこなかった。誰も俺の漫画なんか見ていない、と。考え込むほど世の中の人は自分を見ていない。だから気にせずやったら良いよ、と励ましたそうだ。

人の目を気にせず自然体でいられたらどんなにいいか。誰かが、蛭子さんのことを、「ずぶ濡れのくまのプーさん」と言ったらしい。とてもしっくりくる。
蛭子さん曰く「“視聴者受けするようなことを言わなくては”とは絶対に思いませんでした。だってそれはウソになってしまうから。それで共演者や視聴者から顰蹙を買うようなことがあっても、自分自身でいるためには自分を偽らない事しか手段がなかったんです」と述べている。

それにしても、テレビで見る蛭子さんのイメージと違いすぎた。ちょっといい意味で裏切られた感があった。
「蛭子さん、今までごめんね。誤解してた」
気がつくと私は心の中で謝っていた……と同時に、言葉で表現しがたい何かを感じた。この感情は何だろう? 蛭子さんは素晴らしい! 違う。蛭子さんを尊敬する! 違う。……そうだ!

「私は蛭子能収のように生きる!!」これだ。

ずぶ濡れのくまのプーさん。そんな蛭子さんに私もなりたい。
なれるはずがないのは分かっている。でも蛭子さんにならないと徹底して自分の考えを貫く勇気は持てないような気がする。

日々の生活の中で、周囲の目が気になることはないだろうか?
“私は周りからどう思われているんだろう?”
“嫌われたくないから○○しておこう。”

蛭子さん曰く”恰好をつけるとお金がかかって貧乏になり、最終的に恰好悪くなる”そうだ。「挨拶しない」ことを実践する勇気はまだ持てないが、恰好つけないことは、これからも実践したいと思った。他人からどう思われようとも。

ここまで大それたことを書いたが、実はまだ蛭子さんの本を1冊も読んだことがない。私が蛭子さんに近付くためにも、蛭子さんの本を読まなければならない。それと、蛭子さんが感銘を受けた、つげ義春の「ねじ式」も是非読んでみたい。

 

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2015-12-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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