メディアグランプリ

全部で18回


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記事:H. Tomoko(ライティング・ゼミ)

 

これまでの人生で、合計18。
ふった男の数、ではない。
駅のホームで吐いた数、でもない。
引っ越しの回数である。

アパートからアパートへ、市から市へ、島から島へ、果ては国から国へと住む場所を変えてきた。転勤族の親がいたわけではなく、18回のうちの大半は自分の意志で決めた引っ越しだった。

お金もかかる、時間もかかる。睡眠不足と筋肉痛にふらふらになる。でも、引っ越したい。なぜなら「今度こそ、新しい土地で新しい自分にであえるはず」と期待を抱かせるのが、引越しだからだ。卵から幼虫へ、幼虫からさなぎへ、そしていずれは蝶へと、脱皮を繰り返しては変身を遂げ、未だかつて見たことのない自分に変れるに違いない。そう、新しい土地に降り立ちさえすれば。すなわち、引越しとは脱皮なのだ。

これまでの数々の失敗を繰り返してきた自分、大切な人を傷つけてきた情けない自分、顔から火が出るどころか火だるまになりそうな自分、そういった過去を、引っ越しは全リセットしてくれる。風景を一新すれば、すべてオーケー、ほら、輝かしい希望の星が北の空に見えるじゃないか、そこに向かって引っ越そう、さあ、段ボールをかき集めて、業者のムキムキおにーちゃんを呼べ!

高校、大学、就職と、すべて「知り合いが誰一人いない新しい環境」へ飛び込んだ。怖くはなかった。学期半ばに転校する中学女子じゃあるまいし、自分も周りも新しい生活が始まる人たちの集団だ、そのうち友人もできるだろう。心配することは何もない。そんな考えだったから、後に、「世の中知り合いがいない場所へ引っ越したがために、不安定になったり鬱になったりする人もいるのだ」と知った時には、心底驚いた。

「さぞかし友人作りがお得意で?」と思われるかもしれないが、そうではない。むしろ人見知りの性格で、そもそも新しい場所に移った後は、1週間ほど失語症のようになる。声を失い、お店の店員さんなど見知らぬ人が怖くなり、話しかけることすらできなくなる。

20代後半でアメリカに渡った。それまで数回海外旅行はしてきたものの、サンフランシスコ空港に降り立った時は「これからは外国暮らしなのだ」と、さすがに緊張。似たようなアジア顔が集まる場所ならば多少は馴染むかと、1週間ほどチャイナタウンの安ホテルに宿を取った。食事つきではなかったので、基本ご飯は外食になる。どうしてもウェイトレスと話す自信が持てず、こじゃれた中華レストランの前を素通りし、悩んだ末にマクドナルドにたどり着いた。列に並び、自分の順番を待つ。心臓の鼓動が頭に響く。何を頼んだのか、今となっては思い出せない。A cheese burger and french fries, please. せいぜいそんなところだろう。駅前留学で、これまで何度ともなく練習してきた簡単なフレーズ。というか、そもそも中1英語だろうよ、自分! なのに口がこわばり、喉が渇く。押し出すような声が自分の耳に聞こえたときには、心底ほっとした。ああ、私、今話したよね? 汗がどっとでた。それでもまだ口の緊張がとけきれず、味がまったく感じられないバーガーではあったのだが。

それなのに、引っ越しの準備をするときは、心底うきうき、ほくそ笑む。知らない人ばかり? 最高じゃない、過去の私を知る人が誰一人いないなんて! 新しい土地に移った暁には、私という一冊の本をめくって、真っ白なページを開くのだ。

そんなに引っ越し好きだったのだが、15回か16回目に気がついた。

「違う。違うな……」

「変わってない……」

「どこに行っても、私は私のままなんだ……」

唖然とした。

雑誌に出てきて憧れた華やかな外国の風景にあっても、それはいつか日常と化す。マスカレードのドレスをまとった自分はそうそう長続きせず、もう、コレいらない、と思って脱ぎ捨ててきたはずの古い皮を私はまだ、まとっている!

人里離れた樹海に穴を掘り、土をかけ、誰もこのことは知らないはずと、安堵したのもつかぬまで、開いた我が家のクローゼットから倒れ出てくる死体に驚愕する。そんなサスペンス映画の「あるある」シーンのごとく、葬ったはずの昔の私は、私を裏切り、ひっそりこっそりついてきた。自分のバージョンアップはついに叶わず、以前苦手だったことはやはり苦手、自分の嫌いな性格も、なおしたい癖も所作も、すべて同じで変らない。

「場所を変えても、つき合う人を変えても、私は私、変われない」

9844.313キロを移動して、やっと気づいた自分の甘さ。

さて、18回目の引っ越しをしてから、10年が過ぎた。現在一か所に滞在する記録を更新中。とうとう私は蝶となり、甘い蜜の香る花の上に舞い降りたのか。

ところがどっこい、そうではない。でも、もう引っ越そうとは考えない。大人になったからなのか? そう言えなくもないが、正確に言えば、オバハンになったのだろう。繊細さを売り飛ばして、二の腕の太さを買いこんだ。子供が生まれ、自分どころじゃなくなった。「引っ越し? なに寝ぼけたこと言ってんのよ、小さい子供がうきゃうきゃ隣で騒いでる間に、荷物の梱包なんかできると思ってんの! 自殺行為!」 そして、自分自身の捨てたい過去より、輝かしい未来より、彼らの現在を守りたくなった。安普請の手狭の家かもしれないが、ここは彼らが生まれた家で、壁の落書きやじゅうたんのシミや、それを含めて、私たちを守ってくれる。ここが、私がいるべき場所なのだ。美しく、温かく、柔らかい彼らの涙、鼻水、よだれにまみれて、私は今、ここにいる。

引っ越し歴18回。

やっと、とどまる踏ん切りがついたのである。
時々、クローゼットの中から古い自分が倒れ出てくる。
満身創痍で、腕や足をもがれ、泥だらけなのに、大切な戦友のように、それを抱き止める。
情けない、恥ずかしい思いを散々してきて、今、私はなんとかやれている。しょうがないよね。これらの経験をしていなければ、私はとっくに潰れていた。しっぽをまいて、日本にキャンキャン逃げ帰っていた。

美しい蝶にはなれなかったかもしれないが、成虫となった蛾ぐらいにはなれたのかもしれない。
18回の脱皮の果てに。

 
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2016-01-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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