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【今だから言えること】実は私、サックス吹きになりたかったんです。

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中川さん 今だから

 

記事:中川未久(ライティング・ゼミ)

 

「中川さんはトロンボーンを担当してもらいます」

その言葉は、私の期待を裏切った。
中学入学と同時に入部すると決めていた、憧れの吹奏楽部。その担当楽器が何になるかは、私にとって超重要案件だった。
できれば、サックスが吹きたい……。
そう思っていたものの、“担当楽器は先生と先輩の話し合いによって決まる”という部の決まり。サックスパートには入れないことが発表されてしまった。
それどころか、トランペットとかクラリネットみたいに知った名前の楽器ではなく、よくわからない楽器、トロンボーンになってしまったのだ。
中高6年間過ごすと決めた吹奏楽部、どんなものになってしまうのだろう、
そんな不安がふと頭をかすめた。

そもそも、吹奏楽部に入ったのはサックスが吹きたかったからだった。
当時、見ていたテレビドラマが高校の吹奏楽部を舞台にしていた。その主人公がサックスを吹いていたのだ。私も中学に入って吹奏楽部に入ってサックスを吹いたら、こんなドラマみたいな学校生活が送れるかもしれないと勝手に思っていた。
しかし、そのドラマではほとんど注目を浴びずノーマークだった、トロンボーンになってしまった。

トロンボーンってどんな楽器だったっけ?
と思ったあなたのために、簡単に説明すると、楽器の前に棒みたなもの(スライド)がついていて、それをしゅっしゅと移動させて音を変える楽器だ。

さて、きっかけはともあれ、トロンボーンを担当することになってしまったのだ。私はトロンボーンを練習しなければいけなくなった。
しかし、このトロンボーンというのが、よくわからない。つかめない。
まず、音の出し方。他の楽器のように“ドの音はこの指を押すと出ます”というものではなく“ドの音はだいたいこの辺りにスライドを持ってくると出ます”というかなりアバウトなものだ。
そして、曲での役割。例えばメロディーを吹くのはトランペット、曲のベースラインを支えるのはチューバ、のように“○○をするのはトロンボーン”に当てはまるものがなかった。メロディーもたまに吹くし、ベースラインも吹く、さらにはリズムを刻んだり、ファンファーレみたいのも吹く。つまり、曲での『見せ場』というか『役割』がよくわからなかった。
さらに、その独特の見た目のせいで、目立つのだ。曲を演奏するという面では見せ場がないのに、ビジュアルだけ目立つ。それはどういうことを意味するか、というと、間違えた時だけ目立つ、ということだ。
ここまで来れば、なんとなく感じていただけるのではないだろうか。
トロンボーンってちょっと、損な楽器だ、と。

私はずっとずっと“トロンボーンは損だ”と思っていた。
他の楽器がうらやましいと思っていた。

……本当にそうだったのだろうか。

中学生でトロンボーン担当になってから、15年。
私はなんだかんだと言いながら、トロンボーンを吹き続けている。

なぜか。
この楽器が損だと思うどころか、私はトロンボーンが好きで
ここまでずっと続けてきていたのではないだろうか。

いや、でも、一緒に吹いている他の楽器は、たまらなくかっこよく見えるし、
そのかっこよさにずるさも感じる。

そんなぼんやりとした、迷いを晴らす出来事が今年のお正月にあった。

新年早々、私はオーケストラの生演奏を聴く機会に恵まれたのだ。
考えてみれば、演奏を聴くという機会はめったにない。
そこで聞いたトロンボーンの音は、50人か100人か、とにかく大勢いいるオーケストラ全体の音を突き抜けていた。たった一人の音で、オーケストラの音楽の色を変えていた。
客観的に舞台上のオーケストラを見たとき、トロンボーンって、すごくパワフルな楽器だ
と思えた。トロンボーンがとても魅力的に見えた。

曲の中での『見せ場』がわからないのは、いろいろな役割を担えるオールマイティさのおかげだ。むしろ、その全てが『見せ場』といってもいいかもしれない。曲の役割だけじゃない、活躍する音楽のジャンルだって様々だ。吹奏楽、オーケストラ、ジャズ。紅白歌合戦のバックバンドにだってトロンボーンはいた。
独特の見た目も、演奏会を聞きにくる人に『何列目の右から何番目くらいにいて…』なんて説明しなくても、トロンボーンというだけで私がとこにいるかわかってもらえる。
あれ、損だと思っていたのに、思ったよりお得な楽器かもしれない、そう思えた。

さらに、損な楽器だなんて思いながら私は15年もトロンボーンを続けていて、吹奏楽やジャズやオーケストラに参加してきた。社会人になった今でも、週末は楽器を担いで金管楽器(トランペットとかホルン、チューバ)のみの楽団に足しげく通ってもいる。
あれ、私はトロンボーンを吹くことが当たり前になっていたけれど、実はトロンボーンが大好きだったのだ、と気づけた。

きっかけは予期しない、不満なことだった。
サックスが吹きたかった。サックスを吹いたら、ドラマみたいな学生生活が送れると思っていた。
しかし、サックスは吹けなかった。トロンボーンになってしまった。

でも今考えれば、あれは私にとって人生の大きなチャンスだったのだ。

なぜなら、あの意図しないきっかけのおかげで、自分では全く想像もしていなかった世界と出会うことができたのだ。
期待を裏切られ不安でいっぱいだった吹奏楽部だったけれど、気づけば文字通り青春時代をささげていた。そのおかげで学生生活全体が、テレビドラマ以上に山あり谷ありのドラマチックなものになった。
さらにトロンボーンを続けてきたから、多くの演奏仲間や自分の演奏を応援してくれる友人、私の演奏に元気をもらったといってくれるお客様に出会ってきた。そんな一人一人との出会いがあって、今も私は演奏を続けられる。そして他人との出会いだけでなく、自分にも出会うことができた。上手に演奏できなくて悔しがる自分や、舞台の上でノリノリで演奏する自分、それらはきっとトロンボーンを続けていなければ、知らなかった自分の姿だ。

2016年も、私は長くて大きなトロンボーンを背負って、いろいろな場所に演奏しに行くだろう。そこには、いろいろな人との出会いも待っているだろう。上達せずに落ち込む自分も待っているかもしれない。
どんな出会いが待っているか、どんな演奏の瞬間が待っているか、その瞬間を楽しみに、今年もトロンボーンと過ごす時間を大切にしたい。

 

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2016-01-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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