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憎き怪談おじさんをちょっと好きになれた昼


鈴木さん 怪談おじさん

記事:鈴木彩子(ライティング・ゼミ)

 

怖い話が苦手です。怖そうな演出も苦手です。ホラー映画やお化け屋敷なんて言語道断です。大学生の頃、「授業中に映画をまるまる1本見せられて、最後にちょろっと感想を書くだけ」というむちゃくちゃおいしい授業を取っていたのですが、ホラーだかサイコサスペンスだかの映画を見せられたときは、3日ほど電気をつけっぱなしじゃないと眠れませんでした。あのときは、ただただ穏やかな海が見たくなったっけ……。小さい頃は水木しげる先生の絵すらも無理でした。なかなかいい大人になった今でも、面白がって怖い話をしようとしてくる人は、それまでがどれだけ好印象でも、付き合いの仕方を改めようと思うくらい、怖いものが苦手です。

そんな私にとって、怪談で有名な小泉八雲と稲川淳二は天敵以外の何ものでもありません。特に小泉八雲は「雪女」や「耳なし芳一」などで知られる明治期の作家ですが、この2編なんて、怖くない方です。以前うっかり読んでしまった「子捨ての話」なんて、ものっすごく短いお話なのに、そのオチの怖さたるや、思い出しただけでもゾッとします。あぁ、また夜眠れなくなる……。
そして小泉八雲というおじさんは、その著書の中でちょいちょい怖い話を織り交ぜて世に発表するだけでは飽き足らず、まさに「怪談」というタイトルの本で17編の怖い話を世に送り出してから、この世を去ったらしいのです。まったく、何と迷惑な置き土産だ。

だから、島根県の松江を観光していて「小泉八雲記念館前」というバス停を見つけたときも、最初に思ったのは「あ、憎き怪談おじさんだ」でした。
しかし私、文学に詳しくない割には、どうも「文豪が愛した」とか「作家ゆかりの」という謳い文句に弱いもので、「見たところ、お化け屋敷仕立てになっているわけでもなさそうだし、真夏の真昼の炎天下、これだけ明るければ例え怖いものが展示されていてもそれほどのダメージは受けまい」と、その憎き怪談おじさんゆかりの建物へと入ってみることにしました。

生い立ちを記した年表、愛用していた机や道具、著書の実物など、いろいろと展示されていましたが、中でも印象的だったのは、八雲の奥さんの節子さんが自分で作った英単語帳でした。八雲とコミュニケーションを取るために少しでも英語を覚えようとしていたようなのです。……ん? 八雲とコミュニケーションを取るために、英語を覚えなきゃいけなかった?
そうです。お察しの通り、小泉八雲というのは日本に帰化した後の名前です。本名はパトリック・ラフカディオ・ハーン。ギリシアで生まれ、イギリスで育ち、アメリカに渡って新聞記者となり、日本にやってきたのだそうです。私にとっては迷惑な置き土産であるあの「怪談」も、もともとは英語で書かれて「KWAIDAN」として出版されたのだとか。

小泉八雲が元はラフカディオ・ハーンという外国人だったというのも驚きましたが、もうひとつ意外だったのは、憎き怪談おじさんだとばかり思い込んでいたこの作家が、開国したばかりの日本について実に好意的な紀行文を書いていたということでした。
特に島根など、昔ながらの風習や景色が残る場所がお気に入りだったようで、文明開化の最前線・横浜のように急速に近代化していく様子を、醜いとすら思っていたようでした。

へぇ、ただの怪談おじさんじゃなかったのか……。小泉八雲という作家に少し興味がわいた私は、「怪談」と並ぶ代表作である「日本の面影」という本をざっくりと読んでみることにしました。
なるほど、ベタ褒めです。漢字を「生き生きした絵のように、語りかけ、訴えてくるものだ」と言い、朝の爽やかさを「青みを帯びた空気の透明感」と表現し、小さな木造の建物が軒を連ね自分よりも背丈が小さい人々が行き来する様子を「小さな妖精の国のようだ」と。なんだ、この怪談おじさん、すごくステキな文章書くじゃん! ……と、謎の上から目線で読み進めていたら、「友人が出雲の伝説を思い出して話してくれた」というような流れで「子捨ての話」が出てきたのです。先ほどもお話しした、すごく短い話なのにオチにゾッとする「子捨ての話」。うっかり読んじゃいました。上から目線の罰でしょうか。まぁ、その前段階からちょっと雲行きは怪しかったんですけど……もーっ! やっぱり所詮は怪談おじさんかっ!(涙目)

私のうっすらとした日本史の記憶が正しければ、当時の日本は鹿鳴館に代表されるように「日本文化は野蛮でダサいらしいぞ。ナメられないように欧米化だ!」と必死になっていた頃だったと思います。実際、大多数の外国人は日本を、遅れた国であり文明を授けてあげなければならない対象だと認識していたことでしょう。そんな中で、どうして小泉八雲はこんなにも好意的に日本の文化・風習を受け入れることができたのでしょうか?

ちょっと話が逸れますが、「どこ出身ですか?」「地元どこですか?」って質問、誰かにしたことありますか? されたことは? 両方ともありますよね。それで地元が同じだったら「おぉーっ! え? 何丁目?」みたいなローカルトークで盛り上がれるし、違ってもご当地あるあるみたいな話題で「へぇ~、おもしろいね~」と、やっぱり盛り上がれます。
でも私、この話題はもっぱら聞きだす方が得意で。自分の話は早々に切り上げるんです。というのも、生まれが東京(の、のどかなあたり)、3歳で神奈川県の横浜市(の、はずれ)に引っ越した後、12歳で同じく神奈川県の横須賀市(の、はずれ)に引っ越したので、自分の地元がどこなのか、いまひとつピンと来ないんです。しかもずーっと家で遊んでいる方が好きな人見知りでしたから、地元の思い出とかもあんまりなくて。実家が近い人と出会ったとしても盛り上がれる話題がないという、とても申し訳ない状態です。
一方、私の母は島根県出身。田舎から電話がかかってくると、瞬時に方言に切り替わります。夏休みは毎年、母の帰省にくっついて島根で過ごしていたのですが、母はスーパーに買い物にいく途中の道で同級生にバッタリ出くわしては「おー、帰ったか。今年はいつまでおっだ?(いつまでいるの?)」などと会話を交わし、近所の盆踊りに連れてってくれては独特の振り付けをさらりと踊ってみせてくれました。当然、地元には思い出だらけです。
昔から、そんな母がうらやましいと思っていました。「夏だけとはいえ毎年帰ってたから、私も島根を第二の故郷とか公言しちゃってもいいかな?」なんて図々しいことは、今でも考えています。島根の方言を聞くと、何ともいえず懐かしいようなホッとするような感覚になります。

歴史上の文豪と自分を一緒するのもナンですが、地元を即答できず島根を故郷と言いたがっている私は、小泉八雲に妙な親近感を覚えたのです。
ギリシアで生まれ、2歳くらいでアイルランドに引っ越し、13歳でイギリスの全寮制の学校に入り、19歳くらいでアメリカに渡ったラフカディオ・ハーン。彼に「地元どこ?」と聞いたら、一体何と答えてくれるでしょうか?
幼少期から孤独な生活を送っていたようで、特にアメリカでは、ほとんど世間というものを知らない状態で、一文無しからのスタート。相当苦労したらしいという話が残っています。そんな中で開国したばかりの日本に辿り着き、島根県の松江に英語教師としての職を得て赴き、そこで手厚く歓迎されることになるのです。
松江の人たちとの交流は、初めて日本の文化に触れるインパクトと共に、あたたかい思い出や楽しい記憶として八雲の中に蓄積していったのではないでしょうか。そして八雲はこんな風に思ったんじゃないかと想像するのです。「1年ちょっとしかいられなかったとはいえ、大好きな嫁ちゃんも日本における無二の親友・西田くんも松江の人だから、自分も松江を第二の故郷とか思っちゃってもいいかな?」
実際、この「八雲」という名前は、島根の昔の呼び名である「出雲国」の枕詞、「八雲立つ」からもらったという説が有力のようです。ラフカディオ・ハーンが小泉八雲になったのは1896年。大人の事情で松江を去った日から、約5年後のことでした。

ただの天敵だと思っていた怪談おじさんこと小泉八雲に、勝手な妄想とはいえ、親近感を覚えるとは思ってもみませんでした。さらに付け加えるなら、小泉八雲の「怪談」は、もともと日本に伝わっていた伝説を、ちょっぴり人間味を加えつつアレンジしたものだそうなのです。完全に怖いだけだった日本の昔話を、ちょっといい話にした、というところでしょうか。何だ、結構いいヤツじゃんか。(またも上から目線)

今、私の机の上には小泉八雲の本が2冊乗っています。読みかけの「日本の面影」と、まだ手つかずの「怪談」。特別分厚いというわけではないのですが、読み終えるにはまだしばらく時間がかかりそうです。だって、よく晴れた明るい昼間にしか読めませんから。

 

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2016-02-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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