メディアグランプリ

全ての道は全てに通じる



記事:金子千裕さま(ライティング・ゼミ)

いつもお世話になっております。フォトグラファーと名乗る事にした金子です。
名乗るだけなら、自由だしタダだもんね~! という相変わらずのクズな理由もあるのですがそれとは別のちゃんとした理由が今回はあります。

それは他人にカメラマン/フォトグラファーと呼ばれるようになった事です。

ネットで写真を上げたり、写真賞に投稿したり、写真展を企画しているうちにそう呼ばれるようになり、それが一つの自信になり、フォトグラファーと名乗ると決めた訳です。

それと、もう一つの……ある事件がありそれを決めた訳なのですがそれをお話したいと思います。なぜ私は突然、フォトグラファーを名乗る事にしたのか。

それは、街角で写真を頼まれたからです。

なんだ、普通じゃん。それくらい俺にもあるよ! という方もいらっしゃるでしょう。しかし、それは誰のカメラで撮影したものでしたか?
おそらくは、撮影を依頼して来た方のカメラではなかったでしょうか?
しかし、その日、私に声を掛けて来てくれた人は違いました。

「格好いいカメラですね。写真撮って下さい。カメラマンさんでしょ?」

この時に撮影したのが、本日の写真です。

全くの赤の他人からカメラマン認定された驚きと、撮影したこの写真をどうしようという戸惑い、悔しさが私の中に生じました。
個人的には目の前の人たちに渡したい。
でも、ああ、帰ってしまった……
つまり、ここでカメラマン/フォトグラファーとしての名刺の一枚でもあれば良かったのにという後悔が生じたわけです。一番見せたい相手は被写体になってくれた人なのですから。名刺の一枚もあればすぐ繋がれたのに、写真をお渡しできたのに、悔しい……。

そして私は帰宅すると昔、友人が作ってくれた名刺のデータを探し出し、そこの肩書きに『フォトグラファー』と書き込みました。
これを常に携帯していれば、例え急に写真を頼まれても大丈夫。連絡さえ貰えればいつでも写真を相手にお渡しすることが出来ます。

さて、突然ですが武道には『護身』という考え方があります。
それは、武道が極まった状態。達人の領域です。
簡単に言うと『戦わずにして勝つことが出来る』状態を指します。

つまり、敵と相対した際、自分が何もしなくとも敵が敗北を悟り勝負を放棄する。戦う前に勝利するという『なんじゃそりゃ』という現象なのですが、わたしは街角でカメラマンと認定された時にその武道の極意に近いものが写真にもあるのではないかと思い始めました。

すなわち、自らがカメラマン/フォトグラファーと名乗らずとも周囲がそれを認めてくれて、しかも撮影に協力してくれるという状況。
カメラマンにどこまでも都合が良い場の雰囲気が自然に生まれる状態。
これは、武道の達人が戦わずにして勝つのに似ていると私は思いました。

そう。武道家の究極の目的は圧倒的な勝利する事。
そして、写真家の究極敵な目的は圧倒的な写真を撮る事です。

つまり、武道家の『護身』のように自分が何もせずとも、勝手にシャッターチャンスがやって来るという達人のみが許された『不思議な領域』があるのではないかと。

そういえば荒木経惟ことアラーキーさんの写真を見ていると「どうやったら、そんな風になったの!?」という写真が度々、見受けられます。
有名なところだと、公園の写真で全員が同じ方向をまっすぐ向いて歩いていく写真があるのですが、全員エキストラだったのかというとそうじゃない。演出で一人だけエキストラを雇った。その子にただ歩くように指示を出したら、全員が同じ方法に歩き出したのだという逸話などアラーキーミラクルは数多く知られています。

また無人撮影装置を巧みに使う自然写真家の宮崎学さんなどに至っては「え、私がその装置を使ってもそれは撮れないと思う」という写真を無人で撮影します。

つまり、達人の域に達すれば自分すら不必要でシャッターチャンスが勝手にやって来て……

……いや、無いです。それは無いです。

不思議な領域などないです。
そんなものがあってたまるか。
理論的に考えろ、チヒロ。理論的に考えて、それをものにするんだ。

考えてみると、私は『格好いいカメラ』をビシッと構えていたから『カメラマン』だと認定されたのかもしれません。
また、その前には道路に突っ伏したりして写真を撮っていたのも『カメラマン』認定された原因かもしれません。
つまり、外から見て普通ではなかったという事です。

そう見た目は大事です。

『護身』もまた『不思議な力』ではありません。
鍛えられた肉体と、どんな事態にも即応できる落ち着き(胆力)が相手の動きを封じ込めるため起こる現象だと考えられます。
知らないうちに実力を外に出しているから『護身』が起こるのです。

カメラマン/フォトグラファーはそれらしい動きをしているのです。
写真の達人たちが自然とシャッターチャンスに行き着くのは、常に頭が写真の事で一杯になっており、それに気づくのが早い。そして、それに即応出来るからです。
鳥瞰、俯瞰、伏瞰など写真家は常にフットワーク軽く動きます。最適な構図を自分の足で作り上げます。
そう言えば宮崎さんも、撮影こそ無人ですがそれ以前の調査やカメラセッティングに心血を注ぐ方だと聞いたことがあります。足で写真を作り上げているのです。
それは武道で言う『常在戦場の心構え』と言えるかもしれません。

これはいわゆる『お仕事』でも言えることでしょう。

そう言えばある有名デパートでは、常にそこの社員である事を意識して行動するように求められます。デパートの名を汚さないように。デパートの名に相応しいように。
それがちゃんと出来ている人は、達人は『流石は有名デパート社員』と社内からも社外からも認められています。

プログラマもプログラマ同士で話しているうちに実力が測れると言います。
大体、この人はこれくらいの事が出来るのだなと分かるそうです。

おそらくは書店員もそうでしょう。

達人に至る道は地道な一本の道のみです。
鍛錬、ただ鍛錬です。
師匠やお手本を見て学ぶ。実践で学ぶ。

教える側からすれば、昔からの格言にもあるように『やって見せ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かず』でしょう。
教わる側は、見る、聞く、実践する。

それが鍛錬です。鍛えて鍛えて『錬り上げる』のです。

武道の達人、写真の達人、仕事の達人。
私も写真の達人を目指し『流石はチヒロさん』と言われるようになれるよう、フォトグラファーを名乗る以上は、月並みな言い方ですがそれに恥じぬよう頑張って行きたいと思いました。達人を目指して。

そして理想とするなら、そう活殺自在の剣。
人の感情をプラスにもマイナスにも揺さぶるような、深い写真家になりたいです。

 

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2016-02-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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