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500円玉を握りしめて旅に出よう


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石瀬 木里(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「あっ牛乳買い忘れたわ」
 
買い物から帰ってきて、食材を冷蔵庫に戻しながら気がついた。
たかが牛乳。されど牛乳。
 
毎日飲むことを小学生からの日課にしている私にとって、「牛乳が冷蔵庫にない」ことは、国語の先生が「ら」抜き言葉を嫌うような、あるいは苺のショートケーキの上に「苺」が乗っていないような、違和感があることなのである。
 
一瞬は躊躇したものの、服はまだ着替えていなかったし、外もまだ明るかった。
「やっぱり買いに行こう」と決めた。
 
もう一度黒のショルダーバッグを肩にかけて、春に合わせて買ったベージュのスニーカーを履けば、今すぐにでも出かけられる恰好だった。
上着も着たままだった。
でも、バッグの中からお財布を掴んだ。
その中から500円玉だけを取り出して、お財布はバッグに戻した。
バッグは椅子の上に置いてエコバッグだけもう一度折り畳み、上着のポケットに入れた。
スマホも机の上に置いた。
500円玉だけを右手に強く握りしめて、家を出た。
 
荷物を軽くしたかったわけではない。
別に元々重いものは持ち歩いてはいないし、重くても対して気にはしない。
 
ただ、浪費したくなかった。
 
私は、買い物に行くと必ずと言っていいほど、余分なものを買った。
甘党の私は、チョコレートに目がない。
特売のファミリーパックのお菓子袋や外国から輸入された珍しいチョコレートが立ち並ぶお菓子コーナーで、過去何度も誘惑に敗れていた。
 
スーパーの誘惑は何もお菓子コーナーだけではない。
スイーツコーナーだ。
乳製品コーナーの近くには、高確率でスイーツコーナーが肩を並べる。
生クリームがぎっしり詰まったロールケーキ。
フルーツが一面に飾られたフルーツタルト。
考えるだけで、手を伸ばしてしまいそうだ。
 
だから、先手を打った。
余分なお金は置いていきたかった。
クレジットカードもお金を使いたくなる誘惑だ。
だから、お財布から小銭だけ抜いた。
スマホも危険だ。
今は銀行口座と連結した電子決済がある。
迷わず、置いていこうと決めた。
私は本気だ。
今月は、金欠なのだ。
なんとしても、今日は余分なものを買わない。
心に固く誓った。
そんな固い決意を胸に、家を出た。
 
すると、不思議な感覚を体験した。
 
私はスーパーにつくと、迷わず牛乳コーナーに向かった。
牛乳は136円。
安い!
迷わず、買い物かごに入れた。
そこまでは良かった。
そこまでは、順調だった。
 
しかし、ここで、ヨーグルトも買い忘れていたことに気がついてしまった。
ヨーグルトを食べることも、毎朝の日課だ。
毎度4つ入りの小分けパックを買っているが、今朝ちょうど食べ終わったことを思い出してしまった。
右手の中をのぞく。
500円。
好きなヨーグルトは170円。
大丈夫。
そう安心して、かごの中にヨーグルトを入れ終えた瞬間、目が確かに合ってしまった。
 
レアチーズタルトだ。
このタルトは、格別なのだ。
いつも行っている駅前のスーパーには置いてない。
家から近い、このスーパーに立ち寄る時だけしか見かけたことがない。
だから見つけたら毎回買ってしまう。
とりあえず値段を見る。
158円。
税抜き価格だから、3つ合わせて500円に収まるかは分からない。
計算機として、いつも使っているスマホも家だ。
心が揺れる。
買うべきではないのだ。
お金が足りるかも分からない。
5分間固まったように、そこから一歩も動かなかった。
 
でも、足りる気がする。
計算したわけではない。
暗算は小学生の頃から大の苦手だ。
そう、きっと足りることにしたかっただけなのだ。
 
頭の中では、タルト生地のサクッとした食感と濃厚なレアチーズの甘みがドリームマッチした、何とも言えない満足感が広がっている。
脳内でイメージトレーニングが完璧に行われていた。
もう手遅れだった。
レアチーズタルトタルトをかごに入れた。
 
レジのお会計までの列が短くなる度に胸の鼓動が早まるのを感じていた。
500円で足りるのだろうか。
大学生といえども、もう良い大人だ。
500円を超えたから支払えないなんてやりとりをレジでやりたくはなかった。
 
ついに自分の順番が来た。
最後のヨーグルトがスキャンされて、合計金額が表示された。
501円だった。
そう、私は1円差で全てを買うことは出来なかった。
結局レアチーズタルトを諦めて、牛乳とヨーグルトだけをエコバッグにしまい、店を出た。
 
店を出た私は、可笑しくて今にも吹き出してしまいそうだった。
1円差で買えなかったからではない。
スーパーでの一連の自分の姿が、駄菓子屋で100円玉を握りしめて、あと10円分のお菓子はガム入りの飴にするか、当たりつきのガムにするか本気で迷っていた頃の小学生の頃の自分に重なったからだ。
当時の心理戦を22歳の自分がやっていたのだから、客観的に考えてみれば、先ほどの自分が滑稽に思えてきた。
声を出して笑いたい気分だった。
 
思い返せば、もう長いこと1円単位で買い物を真剣に悩むことなんて、なくなっていた。
小学生の頃の1,000円は今でいう100,000円くらいの感覚だったのに、気がつけば1,000円は1,000円になっていた。
別に1円をいらないお金だと思ったことはない。
でも、500円玉を握りしめてワクワクするような気持ちも気がつけば、失っていた。
 
そんなことを思いながら帰り道を歩いていると、他にも色々なものを発見した。
道路と住宅の塀の境目に1つ寂しく咲き誇る、タンポポのわたげ
電車の踏切の横に書かれたピンクと黒の2色の色で描かれた、ペンキのらくがき
コンクリートの色に同化した、ありのぎょうれつ
川の中で悠々と尾ひれを動かす、大きくてくろいコイ
 
意識してみれば、新しい風景が次々と目に飛び込んできた。
2年も住んだ町なのに、全く違う帰り道に感じた。
 
「大人になるってどういうことだろう?」
小学生の頃に抱いていた素朴な疑問の答えを500円玉に教えてもらった気分だった。
気がつけば、私は大人になってしまっていた。
 
その証拠に、いつからか買い物も作業になっていた。
目的のものを買うために、早くお店に行き、素早く会計を済ませ、家に戻る。
買い物にワクワクすることも、1円単位のお金のやり取りにドキドキすることも、道で何かを発見する喜びも、なくなっていた。
 
クレジットカードも持っていない、時計もスマホも何もなかった、あの頃。
大して何も持っていないのに、道を歩いて退屈することもなかった。
スマホを確認したくなることもなかった。
お菓子を買うこと以外には、お金がなくて困ることもなかった。
 
忘れかけていた小学生の頃の純粋な感覚だった。
500円玉を握りしめて、タイムスリップしたような気分だった。
ありきたりな言葉かもしれないが、この言葉が一番しっくりくる。
 
たった1枚の500円玉を握りしめて買い物に出かければ、それはもう旅の始まりなのだ。
 
今からでも遅くない!
 
必要なものは1枚の500円玉。
余分なものは、全て家に置いていく。
面白いものは、道で見つける。
 
さぁ、500円玉を握りしめて、旅に出かけてみませんか?
 
 
 
 
***

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2021-05-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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