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メディアグランプリ

ほろ苦い中学時代 靴を隠された話


 

記事:田村将太郎さま(ライティング・ゼミ)

 
*この文章は、「天狼院ライティング・ゼミ」の受講生が投稿したものです。
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新品の靴ってのはあ、気持ちがいいもんだぜ!!

中学二年生の時でした。私はちょっぴり高い、「ミズノ」のランニングシューズを履いて登校していました。白を基調とした、シンプルなデザイン。その中でも赤と青のラインが絶妙に入っていて、かなりカッコいい。そして、何より、軽い。やっすいランニングシューズしか履いたことがなかった私は、その羽のような軽さに胸が躍りました。「嗚呼、君は白馬の王子様かい? 君なら私を遠くまで連れて行ってくれそうだ(部活の長距離走が楽に走れそうだ)。」

 

私の頭のネジは中学二年の時に紛失して以来、本数が若干足りないようなのですが、「中二」とはいろいろ複雑で、何かと「こじらせ」がちな年齢です。しかしながら、私の中学校は割と平和だったと思います。窓ガラスが割れるようなことはもちろんありませんでしたし、学校にバイクで来るような生徒もいなかったです。

中学の時に起こった事件で覚えているのは、「ひとつ上の先輩が給食を盗み食いして音楽の先生にめちゃくちゃ怒られていた」くらいです。「授業中にこっそりアメをなめる」というのが当時の私たちの中でサイコーにクールで刺激的な「悪事」でした。今思うとそれをサイコーにクールだと思っていたのがサイコーにダサいです。そのくらい、真面目な生徒が多くて、先生の人望も厚かったのです。つまり「夜の校舎窓ガラス壊して回るような生徒」や「盗んだバイクで走り出す生徒」はいなかったわけです。尾崎的な少年時代とは真逆な思春期でした。

確かに、ちょっと悪めな生徒もいましたが、あまりにもマイノリティでしたので、かえって肩身が狭かったようです。学ランの第一ボタンは閉めるのが当たり前、みたいな学校でしたから、第一ボタンを開けているだけで、みんなから「あれ、調子に乗っちゃってるのかな」的な視線で見られてしまうのです。「第一ボタンを開ける=ケンカを売っている」という謎の暗黙ルールが中学校にはあったので、私は、がっつり第一ボタンを閉めていました。高校にいって、他の中学校の話を聞くと、第一ボタンを開けるということは別に大したことではないということに気がつきました。

自転車通学の時に、ヘルメットをちゃんとかぶって登下校していたことを高校では笑われました。学ランの中にジャージではなく、ちゃんとワイシャツを着ていたことを笑われました。確かに他の学校の話を聞くと、窓ガラスが割れたりするのが日常茶飯事だったり、先生のことをコケにしていたりと、我々も感覚では物騒すぎることが当たり前でした。文化が違いすぎて、私の中学校はガラパゴスかと思いました。

そんな平和な中学時代、私は、ちゃんと真面目な生徒でした。授業中には積極的に発言をし、成績も悪くはありませんでした(多分)。誰とでもよくしゃべり、友達も多かったです(多分)。まあ、恥を忍んで言わせていただくと、人気者の友達的なポジションには居れたと思います(多分)。もちろん、人をいじめたりとか、いじめられたような経験をしたことはありませんでした。楽しくやっていました。

 

そんな平和な日々は、ある日終わりを迎えます。

 

それは晴天の霹靂。

盛者必衰の理(ことわり)。

 

あなたは、白馬の王子様が、「行き」しか送ってくれなかったらどう思いますか?

帰りは城の最寄駅から電車で帰ってくださいって言われたら嫌ですよね?

城の出口に置いてある公衆電話にタクシー会社の電話番号が書いてあったら嫌ですよね?(古いタイプの定食屋か!)

 

そう、靴を隠されたのです。

買ってから、一週間でですよ!?

そして、とっても走りやすい、なんか普通の靴よりは「本気な」感じのランニングシューズをです。

学校から来るときは、羽が生えるようなかる〜い靴でウキウキ登校。

帰りも当然その「白馬」が下駄箱で待ってると思いきやです。どっかに行ってました。

白馬は校庭の雑草でも食ってるんじゃないかと思い、校庭を探しました。いませんでした。

川で水を飲んでいるのかと思い、学校の脇を流れる川を探しました。いませんでした。

あ、トイレ休憩か。トイレも探しました。いませんでした。

 

学校中どこを探しても、私の靴はありませんでした。

 

こんな陰湿なことをされたのは初めてだったので、めちゃくちゃ悲しい気持ちになりました。

そして、私は生まれて初めて「いじめられてるのか!? 俺は!?」と思いました。

まさか自分が当事者になるとは。

それは突然難病を宣告されたような、事故に遭ってしまったような、テレビのドキュメンタリーでしかありえないような「他人事」が急に「自分ごと」になった感覚でした。

「次は、あなたの番ですよ」と。

 

文字通り、帰りの「足」をなくした私は途方にくれました。

お城に置いてかれたお姫様状態です。

どうしようか、とオロオロしている時、私の親友であったRくんが声をかけてくれました。

事情を説明すると、Rくんは一緒に靴を探してくれました。やっぱこいつはいいやつだな〜と感心しました。捜索もむなしく、靴は見つかりません。

しかし、そんな風に靴を探していると、同じクラスの友達が声をかけてきます。

どうしたの?

なんかあった?

その都度事情を説明すると、みんな協力して探してくれたのです。

やがて、クラスのほとんどの人が私の靴の捜索に協力してくれました。

いつの間にか「田村のクツ捜索隊」が組織され、かなり大所帯になりました。20人以上いたと思います。最初は、靴が隠されたとあって、陰鬱な雰囲気で探していましたが、途中からみんなで普通に笑って喋りながら探していました。

しかも「田村のクツ捜索隊」の中には、当時私と教室の席が隣であり、僕の「好きな人」であった女の子の姿もありました。好きな子に、「クツを隠された哀れな男」と思われたくなかったのですが、献身的に私のクツを探してくれるその姿を見て、心底惚れ直したのは言うまでもありません。

 

結局靴は見つかりませんでしたが、僕は全く大丈夫でした。きっと隠した人も、そういう光景を見たら、少しは悔しいと思ってくれたと思います。

みんなの手が差し伸べられ、私はかなり救われました。

 

 

東日本大震災の時、日本は諸外国にかなり助けられたと聞きます。100以上の国と地域、600以上の団体から、支援の申し入れがあったそうです。

それは、日本が今まで貫いてきた姿勢とか、他の国を助けてきたとかそういうことが良かったんだと思います。だから、助けてもらえたんだと思います。

 

ピンチの時こそ、その人が今まで周りの人に何をしてきたかがわかるのかもしれません。私が弱っている時は、意外とみんなが手を差し伸べてくれました。おかげで、ちっとも傷つくことはありませんでした。僕の友達に対する姿勢とかは、そこまで悪くはなかったんじゃないかなあと思いました。

 

あなたがつまずいた時、どんな人が手を差し伸べてくれるでしょうか。

どんな言葉をかけてくれるでしょうか。

また、あなたの周りの人がつまずいた時、どんなことをしてあげられるでしょうか。

 

ぜひ、誰かの「クツ捜索隊」の一員にあなたもなれたらいいですね。

 

 

*ちなみに僕の好きだったその子は現在違う同級生と付き合っています⭐︎お幸せに*

 

 

 

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*この文章は、「天狼院ライティング・ゼミ」の受講生が投稿したものです。

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*この作品は、天狼院メディア・グランプリ参加作品です。
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2016-03-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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