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メディアグランプリ

男が褌(ふんどし)を締め直すとき(あれを読んだらこれも読む――連想する読書)


記事:西部直樹(ライティング・ゼミ)

*この文章は、「天狼院ライティング・ゼミ」の受講生が投稿したものです。
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気がつくと見知らぬ男の人の手を握っていた

幼かったときのことだ。
ある夏のお祭りの日のことだ。
北海道の夏は短い、瞬きしている間に終わってしまう。
瞬きの間にある祭りは、子どもにとって心躍る出来事だ。

私は家族とでかけ、確かに父の手を握っていたはずだった。
屋台を眺め、綿菓子をねだり、金魚すくいをして、
再び、父と手を繋ぎ盆踊りを見にいこうとした。
ふと見上げると、私の左手は見知らぬ男の人の手を握っていた。
この人は誰だ!
男の人は「坊や、どうした」と笑いかけてきた。
私は、その手を振りほどき、人混みの中、一人佇んでいた。叫んでいたのかもしれない。

道を失い、心細く、途方にくれた。

人混みの中で、住み慣れた町で少々迷子になるくらいなら、
少し涙を流せばすむ。
あの時の私は、見知らぬ人と手を繋いでしまったことに驚いただけだったのだろう。
帰り道はわかっている、だから、家に帰ることもできる。
安心して、迷子になっていられたのだ。

それが、もし故郷から
225,300,000キロも離れたところで、
1400日後にしか、帰る手段はなく、
しかも、食料は
31日分しかない、そんなところに一人取り残されたら。

火星で取り残されたら……

「火星の人」アンディ・ウィアー著
では、主人公マーク・ワトニーは、
火星に一人取り残されるという、とんでもない絶体絶命の逆境の中で、
「ああ、まったく。最悪だ」と嘆きはしても、
しっかりと褌を締め直し(火星探査チームの一員なので、多分していないだろうけれど)
状況を冷静にチェックし、生き延びる算段を考え、実行していく。

ひとりぼっちの彼を支えたのは、生き延びる意志と知識だ。
食料をどうつり出すのか、酸素も水もどうするのかを考え、工夫し、実行し、生きてゆく。
それでも物語は彼に容赦ない。
一つが解決したら、次の試練がやってくるのだ。
どうしてすんなりと彼を助けないのか、神ならぬ作者を少し恨むほど。

逆境の中、ただ、泣き叫ぶだけ、呆然としているだけでは、何も変わらない。
周りを見渡し、何ができるかを考える、そして、実行していくのだ。

幼い私は、祭りの人混みの中、父を見失い、呆然としていたら、
父が見つけてくれたのである。

救いの手をさしのべてくれる人がいれば、逆境も何とかなる。
その救いの手はなく、頼むのは自分だけだったら、どうしたらいいのだろう。

胸が痛み、息ができなかった

大学3年の時だから、もう35年以上前のことだ。

私は札幌の小さな私大に通い、かなり怪しいサークル活動をしていた。

私が三年の時、一人の少女が学生会館の一室にその怪しいサークルに入ってきた。
彼女は、スラリとした長身に、長い髪、小さな顔に大きな目をしていた。
彼女のまわりが光り輝いているように見えた。

私は彼女に恋をした。

サークルメンバーの男たちもどよめいた。

美しい可憐な少女は、存在そのものが罪のようなものだ。
若い男たちにとって。

しかし、彼女はある日真夜中に大通公園で、私と一緒にブランコに乗っていた。
彼女といると話は途切れることがなかった。
夜は更け、そして夜が明けるころ、彼女は私の部屋の中にいた。

男たちのどよめきは、感嘆と怨嗟に変わったけれど、私は気にしなかった。
傍らには彼女がいたから。

傍らに彼女がいることになれると、若い私は少し傲慢になっていたのだと思う。
いつも傍らにいる、傍らに来ることが当然と思っていた。
彼女は私の傲慢さを寂しく感じていたのかもしれない。

ある冬の日、数日会えない日が続いたあと、彼女は私の部屋で、ある告白をした。
「この間、社会人の人と寝たわ」と。

私は彼女を失った。
なぜなのか、どうしてそうなったのかを
彼女は話をしていた。
だが、私の耳には入ってこなかった。
見知らぬ男の腕の中にいる彼女を思い浮かべ、胸が痛く、息ができなかった。

胸の痛みは、何年か続いた。
私は痛む胸のまま、札幌から遠く離れた地で職を得た。

失恋は、何度経験しても、何年たっても、辛いものだ。
できれば、したくなかった。

失恋を切っ掛けに、人生を狂わせてしまうこともある。
一つの恋を失い、職を失い、酒におぼれ、気がつくと道ばたで寝ている、
人生のどん底に落ちてしまったら、どうすればいいのだろう。

「愛と名誉のために」 ロバート・B・パーカー著
で、主人公のブーンは、恋を失い、どん底まで落ちていった。
どこかの海岸近くで目を覚まし、いまがいつかもわからないところから、
彼は、恋を取り戻そうと人生をやり直しはじめる。
気がついたときには半裸だったので、そこでしっかりと褌を締め直したのだ。
もちろん彼は、アメリカ人なので、褌はしていない。
海岸にあった誰かのハーフパンツを失敬して、やり直しはじめるのだ。

やり直しのはじめは、時給たった1ドル半の皿洗いからだ。

どん底の彼を支えたのは、彼女への思いを綴り続けた日誌と、
本だった。
彼は空いた時間、酒やたばこのことを考えないために、本を読む。
フィッツジュラルドの「華麗なるギャッツビー」
フォークナーの「行け、モーゼ」「熊」
「白鯨」「緋文字」「森の生活」「使者たち」「ハムレット」「リア王」「オセロ」
……。

そして

と物語は続く。
彼の恋がどうなったのかは、読んでもらおう。

逆境になったら、そこから抜け出すのは、
自らの意志と
他者の物語に感動する心、しなやかな心だ。

逆境はのぞまないのに、やってくる。
こなくてもいいのに、来てしまう。
厄介者だ。

しかし、逆境の中で、ただ茫然と嘆くだけでは変わらない。
逆境からは抜け出せないのだ。
褌を締め直して、ああ、褌はしていないから、パンツのゴム紐でも締め直そう。
それから
冷静に状況を判断し、皿洗いでもいいから、できることからはじめよう。

そして、本だ。
本が勇気を与えてくれるのだ。

***

*この文章は、「天狼院ライティング・ゼミ」の受講生が投稿したものです。

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*この作品は、天狼院メディア・グランプリ参加作品です。
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2016-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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