メディアグランプリ

浮気のできない私に、近年次々に訪れる別れについて


mizuhoyamamotoさん

Mizuho Yamamoto(ライティングゼミ)
 

 

高校3年生のときから38年間通っていた美
容室が今日で終わる。

始まりは、受験モードに突入するため長かっ
た髪をバッサリ切ろうと、友人に付き合って
もらい帰宅途中のアーケードを美容室を物色
しながら歩いていた時だった。

新装オープンの美容室の大きな幟広告に、シ
ョートカットの外国人女性の涼やかな笑顔が
あった。

「あれいいね!」

「うん、あの髪型可愛い」

「私に似合うかな?」

「ここに入ってみる!」

「バイバイ」

友人と別れ入った感じのいい美容室。
学生カバンを預けて、大きな鏡の前の椅子に
座った。

「あの~、外の広告の外国人の髪型をパーマ
抜きで」

サビ抜きのお寿司なら簡単にできるが、パー
マ抜きであの髪型になるとは、今なら到底思
えないが、世間知らずの高校生は堂々とそれ
を要求した。

「いいですよ。髪質にちょっと天然入ってる
し、近い感じにしてあげましょう」

本当は、髪質ではなく頭そのものに天然が
入っている私だったのだが。

「はいどうぞ!」

渡された手鏡でバックスタイルを見る。

「おお!これこれ!!」

イメージに近い姿に大満足の私。

自宅に帰ると、

「あら、髪切ったのね。似合っているじゃな
い」

と母。

翌日登校すると、

「かわいい! どこの美容室で切った?」

ロングからいきなりショートになり、失恋説
もささやかれる中で、おおむね好評な髪型に
すっかり気を良くした。

次に美容室に行ったときに、よくよく話をす
ると、バブル期に数十名の美容師を置く県下
1の美容室だったお店に、福岡から里帰りす
る母に連れられて出かけたのが最初の出会い
だったことが判明した。

それからは、母もそこへ行くようになり、伯
母も従姉も行き始め、ホームドクターならぬ
ホーム美容師? となったのだった。

途中、短大進学や転勤で通えない時期を除い
て、今日まで通い続けた。

いろんな髪形を試してみたけれど、結局洗っ
て乾かすだけでOKの髪型がいいという、面
倒くさがりの私の要求を満たすのは、頭の形
とつむじの巻き方からして今の髪型だという
ことを、美容師さんが見出してくれてずいぶ
ん経つ。

家賃の高い市の中心部の繁華街から、規模を
縮小してJRの駅に近い場所に移って15年。
母と伯母は、ちょっと遠いからと別の美容室
にいくつか浮気して、従姉はたまに顔を出す
だけになったが、私だけは通い続けた。

美容師さんは一人で店を切り盛りし、

「もうすぐ後期高齢者よ!」

といいながら、いつもお洒落ないで立ちで手
際よくカラーリングやカットをしてくれた。
家族や親戚の月に1度の近況報告をしながら
の、楽しい私のリラックスタイムだった。

昨夏、土砂降りの横断歩道で右折車にはねら
れる交通事故、認知症のお母さんの骨折と、
お店を続けられない条件が重なり、それでも
2か月の入院から根性で一旦復帰しての、今
回の閉店。1か月前にお知らせの便りをもら
った。

いろいろな美容室に浮気していたら、こんな
に困ることはなかったのだろうが、1度決め
るととことんタイプの私には、ちょっとつら
い。

さて、来月からどうしよう?

数年前、14年乗ったお気に入りの愛車を手
放したのも同じ理由だった。33年間のお付
き合いの車の整備工場が、社長夫妻の高齢化
を理由に閉店することになったのだ。

運転免許を取ってすぐ、伯父が真っ赤なVW
ビートルを格安で譲ってくれた。3年乗って
買った時より15万円高く売れたその愛車か
らずっと、VW一筋の私。そこには、100
対0で相手が悪いという事故に2度遭遇し、

「この車だったから、けがもなく済んだんで
すよ」

2度も同じことを言われると、もう他には変
えられず。今の車で8代目。14年乗ったシ
ルバーのゴルフワゴンは一番のお気に入りで、
修理さえ出来ればまだまだ乗る気満々だった。

音を聞いただけで大まかな故障の原因がわか
る職人さんたちがいた町の整備工場は、ディ
ーラーや全国規模の外車販売会社の整備担当
にはない長年の勘があった。コンピュータ搭
載時代になって、コンピュータチェックのみ
を、設備のある工場と提携してしのいでいた。
その状況でも整備工場へ、全幅の信頼を寄せ
ていた私には、閉店はショックだった。

経理担当の奥さんとは、よく世間話をした。
バブル期には、外車もよく売れていて、整備
工場はいつも多くの車を抱えていた。

「車の修理を終えてすぐ、連絡が取れなくな
ったお客さんがいてね。1年後に連絡があっ
たら、ちょっとムショに入っていてすみませ
んでした。支払いのことが気になって仕方が
なかったって、出所の日にお金を持ってあい
さつに来てくれたよ」

「うちはお客さんに恵まれている」

事務所でお昼御飯中の整備士さんたちとのお
喋りも楽しかった。車の構造を、機械音痴の
私に熱く語ってくれたものだった。

愛車を手放し、夫から購入した次の車は思わ
ぬトラブルで半年しか乗れず、その次の車は
相性が悪く、VWにも私に合わない車がある
ことを知った。それでもまた買ってしまった
ゴルフは絶好調で、今は快適に乗ることがで
きている。修理はディーラーの整備工場で、
まあ満足している。

これから増々「いつものお店、いつもの人」
と別れていくことが増えるのだろう。
「次」に出会うまでの道のりは、結構困難を
極める。

しかし待てよ、これから30年以上付き合う
というほどに寿命が持つのかしら……。

いっそのことこれからは浮気に次ぐ浮気で、
新しい出会いの中に飛び込んでいくというの
も面白いかもしれない。

毎月違う美容室に行くかな?

なんて思いながら、125歳まで生きる予定
を思い出し、まだ今までの人生の倍以上ある
ことにはっと気づく。

魔女学校への入学通知をもらうまでには、も
う1サイクル「いつものお店」が必要だ。

別れにしょげてばかりいないで、「次」のい
つもを探そうと、思い直した日曜の午後。

そろそろあの美容室の最後のお客さんが帰る
時間だろう。

 

***
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2016-05-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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