メディアグランプリ

「イトウさんですか?」「イノウエさんですか?」

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記事:稲生雅裕さま(ライティング・ゼミ)

子供は生んでくれる親を選べない。
そんなことはわかっている。
別に、家族に文句があるとか、嫌いとか、憎いとか、そんなことは一切ない。
むしろ、親父は一部上場企業で部長まで勤め上げたから、普通に生きる上で、金銭的に不自由なことは何一つない。
母親も、一人っ子の僕にありったけの愛情を注いでくれたから、家庭内で耐え切れないほど鬱になるようなことがあったこともない。

ただ一個だけ。
僕がこの家族に生まれたことを後悔する点がある。

どうして何だろうなー。
いや、しょうがないよ。
わかってる。こればっかりはしょうがない。

言ってもどうしようもならないとわかっていて、あえて言います。

僕は、自分の苗字が嫌いです。

自分の苗字が嫌いだから、あえて今回はゼミネームではなく、本名でいきます。

僕の名前、読めますか?

本名は稲生雅裕と申します。
この、苗字。

いなお?いないき?

残念。
正解は「いのう」です。

僕は24年間生きてきて、同じ漢字かつ、同じ読み方の人間を親族以外に見たことがありません。
漫画でも。小説でも。ドラマでも。

まず、そもそも語感が気に食わない。
なんか、ぬぼーっとした印象を感じませんか。
てか、稲に生きるってなんやねん。
せめて、母がたの苗字の「松本」なら、救われてたのに。

川代も以前、自分の苗字についての記事を書いていたけれど、僕からしてみれば「川代」なんて普通に羨ましいですからね!?
「カワシロ」ってなんか、クールでキレがある感じの名前じゃないですか。
「カワシロッ」みたいな。伝わってるかわからないけれど。

まぁ、100歩譲って、語感は許そう。
問題は読み方だ。

最古の記憶では、小学生の頃に通っていたスイミングスクールで、先生に名前を呼び間違えられたことが、最初に名前を呼び間違えられた経験だ。

「えーっと……いなおくん?」

「あ、いのうです……」

幼稚園の頃は名札がひらがなだったから、友達も難なく僕のことを呼べていたのだけれど、スイミングスクールの出席表は母親が書いたもので、ルビ無しだった。

苗字の読み間違えの悲劇はまだまだ続く。

中学に上がると、ほとんどの中学がそうだと思うけど、科目ごとに担当の先生が分かれる。これが何を意味するかお分かりだろうか。そう、毎年、毎年、その年最初の授業で、「名前の読み方わかりません事件」が発生する。ア行の苗字なので、だいたい出席番号は4、5番目が定石だった僕は、年度始めの出席確認が鬱でしょうがなかった。こんな具合に。

「アオキー、アサカワー、イケジマー、えーっと、、、、い、いな……」

「あ、いのうって読みます……」

「いのうか、わかった。イノウエー、ウスイー」

もうね。慣れましたけどね。でも、僕の前で若干止まると友達がみんな笑いだすんですよ。
ひどい時には「いなおであってまーす!」とか茶々を入れる奴なんかいて。

高校の時はこれくらいで済んだ。
大学に入ると今度は逆に自分で名乗る機会が増えてくる。対面で名乗るときはまだマシで、最悪なのは電話だ。居酒屋、美容院、スタジオなど、予約をしないといけない場面。

「あ、七時から、10人で予約させていただきたいんですけど」

「かしこまりました〜。お名前頂戴してもよろしいですか?」

「いのうです」

「いとうさまですね?」

「いえ、いのうです」

「いのうえさまですね?」

「稲に生まれると書いて、いのうです」

何回このやりとりをしたかわからない。最近では美容院とか、ちゃんと名乗らない場合を除いて、「佐藤です」とか「伊藤です」とか適当に言うか、一緒にいる友達の名前で予約するようにしている。

読み方の悲劇の次は、あだ名だ。

小学生くらいになると、だいたいみんなあだ名がつく。
それは、苗字を半分にしたものや、語尾に「っち」や「っちゃん」などをつけたもの、下の名前で呼ぶもの。例えば、ヤマグチ君なら「やま」、エザキ君なら「えざ」。カトウ君は「かっちゃん」で、カモシダ君は「カモピー」。「ユウ君」に「ツバサ君」に「シュウヘイ君」。
稲生君なら「イノッチ」じゃないの? と思うが、僕が「イノッチ」と呼ばれ始めたのは、大学生になってからだ。なぜか、小学生のころはずーっと、「稲生君」だった。下の名前も「マサヒロ」だから、なかなか呼びづらい。

だから、中学に入ってあだ名がついた時、僕はひどく感動した。
そのあだ名こそが、ライティング・ゼミで使っている「たか」という名前だ。

我が中高演劇部の風習で、必ずみんなあだ名で呼び合う、というものがあった。
そこで、つけてもらったのが「たか」というあだ名だった。
その由来は、伊能忠敬からきている。

当時、「たけぞー」と呼ばれている先輩がいた。そのあだ名の由来は苗字が宮本だから、宮本武蔵から名前を拝借して、「たけぞー」。
それと同じパターンで、伊能忠敬の「たか」を拝借して、僕は「たか」と呼ばれるようになった。
と言っても、あだ名で呼ばれるのは部内だけで、高校が終わるまで、クラスメイトからは「いのー」と呼び捨てにされていたのだけど。

自分の苗字に対する恨み、つらみを書いてきたけど、人生で一回だけ、本当にこの苗字で良かった、と思うときがある。

自分の苗字のおかげで親友ができたのだ。

大学2年の時のこと。
当時バイトをしていたカフェのメンバーで、早稲田生がよく集まる居酒屋に行った時。
たまたま、隣のテーブルに座っているグループが、とある早稲田のサークルの一つで、店長が幹事長と知り合いで、一緒に飲むことになった。まだ、ラインがそこまで普及しておらず、自己紹介も兼ねてアドレス交換をしていた時のことだ。

稲生という苗字が奇跡を起こす。

「え、名前なんて言うの?」

「いなお、っていうの。よろしくね!」

「え!!? いなお?!? 漢字は?」

「稲に生まれるだけど」

「ふぁっ!? 嘘でしょ!!? 俺も稲に生まれるって書く!!!! 読み方はいのうだけど!」
「嘘!? やばい!??」

という感じで、たまたま隣のテーブルに座っている子の名前が同句異音で「いなお」という名前だったのだ。向こうも、同じ漢字を苗字に持つ人に家族以外にあったことがないらしく、まるで生き別れた兄弟に出会ったかのような気持ちだった。それ以来、彼女とは大の仲良しで、親友の一人だ。もし、僕が他のもっと、メジャーな名字だったら、絶対に味わうことのなかった感動だろう。ありがとう「稲生」!

子供は生まれてくる親と苗字は選べない。
難しすぎる名字もどうかと思うけど、最近では自分の苗字も悪くないなと思っている。
未だに「稲に生まれると書いていのうです」、「へ〜、珍しい苗字ですね」というやり取りは終わらないけれど。

ただ、僕が仮に婿養子に入って、この苗字を捨てたとしても、
それはそれでまた別の問題が浮上する。

僕が今の彼女の婿養子に入ると、こうなる。

ラディアン雅裕

なぜなら、僕の彼女はスウェーデン人だから。

 

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2016-06-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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