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メディアグランプリ

鏡よ鏡、あの子は今、笑っていますか?〜1996年の魔女裁判〜



記事:大石 香(ライティング・ゼミ)

「そうですか……お忙しいところ確認していただいてありがとうございました」

人生3番目ぐらいの大きなため息をついて終話ボタンを押した。

電話した先は、つい先ほどまで仕事をしていたカフェ。
娘のお迎えの時間ギリギリまで作業していて、あわてて支度をして飛び出してきてしまった拍子に、Wi-Fi端末を忘れてしまったのだ。

娘を幼稚園に迎えに行く途中で気づいて電話したのだが
すでに誰かに持ち去られたようだ。

たった10分の間に私のWi-Fi端末を持ち去った犯人への怒りと、
急いでいるからといって確認を怠った自分が悪いのだから……
という気持ちがぶつかりあって吐き気がする。

パソコンがネットに繋がらなければメールも送れない。
Wi-Fi端末が出てくるか、新しいものが届くまで
わざわざフリーWi-Fiのある場所に毎日通わなければならない。
2歳の娘と一緒にカフェで仕事なんて絶対できない。
あの講座の動画、やっと見る時間作れたのに……
あぁ、もうっ!
いつも大事なところで「何かやる」
自分のそそっかしさを呪いたい。
警察に盗難届を出すか、紛失届を出すか。
スマホのブラウザアプリを開いて検索ワードを打ち込むうちに、
あの日の「魔女裁判」のことを思い出した。
そうだ。
私は魔女だった。
かえるを王子様に変えたり
飛ばない豚を飛ばすことはできないけれど

私は魔女裁判にかけられたのだ。

それは小学生のころ。

ある日の昼休みが終わったころ、クラスメイトのうわばきが盗まれた。
5時間目と6時間目の授業は中止され、クラス全員でその子のうわばきの捜索が開始された。

どこを探しても出てこないので、探しているふりをして遊んでいる子もいたけれど
私はどうしても見つけてあげたくて、みんなが目をつけない学校をぐるりと囲んでいる
長い長い用水路をひとりで丹念に捜索していた。

その用水路はザリガニがたくさん獲れるので
昼休みによく男子がザリガニを獲って遊んでいる場所だった。

腰をかがめて覗きこんだり、棒で底をつついてみたりして
必死になって探したのだが、見つからない。
やっとうわばきが見つかったのは、
6時間目が終わりに近づいたとき。
私が捜索していた用水路から出てきたらしい。
聞けば、私がすでに捜索した場所から出てきたということだった。

「そこ探したんだけど、気付かなかった。
とにかく、見つかって本当によかった!」
と、ほっとした気持ちで教室に戻った。
しかし、そこからが地獄の始まりだった。
なんだかみんな、私のほうを見てヒソヒソ話をしている。
「えっ……?」
ドキッとしたが、気付かないふりをして席についた。

「私、何かしたっけ?」

この前の日直の仕事、何かやり忘れたかな?
めだかの水槽の水換えもちゃんとやったし……

わからない。
みんなに恨まれるようなことはしていないはず。

そのほかにも思い当たることがないか考えながらランドセルに教科書を詰めて帰り支度をしていると、
後ろのほうからとんでもない一言が耳に飛び込んできた。

「一生懸命探すふりして、自分で用水路にとして上から泥かけて隠してたんだよ。
私たちが通りかかったときさって隠れたもん!」

腰をかがめて捜索していた私の姿を
「私たちが通りかかったら、あの子隠れた」
と勘違いしたクラスメイトが、私がうわばきを盗んだ犯人だとみんなに言いふらしていたのだ。

「一生懸命探すふりをして、自分で用水路にとして上から泥かけて隠した」
という尾ひれまで付けて……。

怖くて後ろを振り返れなかった。
自分が疑いをかけられているのに、振り返って反論する勇気が出なかった。
帰りの会が終わるまで、ずっと下を向いていた。
放課後、先生に呼ばれて事件のことを問いつめられた。
もちろん私は犯人ではないので一生懸命潔白を証明しようとしたのだが
ひとりで探していたので証人が誰もおらず、疑いを晴らすことはできなかった。

違うのに……
一生懸命探していただけなのに……

先生にまで信じてもらえないなんて……
もう学校に行きたくないと思ったが、
私が学校を休めば犯人だと認めるようなものだ。

犯人じゃないんだから堂々としていよう。
とは決めたものの、毎日ヒソヒソ話の標的にされるのは、正直辛かった。

鬱々とした気持ちで学校に通っていたある日、
私のうわばきに、小さく折りたたまれた手紙が入っていた。

「うわばきをぬすんだのは◯◯ちゃんだよ。
あなたが用水ろをさがしているのをみて、あとからうわばきを落としたんだよ。
でもわたしは、◯◯ちゃんとおともだちだから、先生やみんなには言えません。
ごめんね」

差出人の名前はなかったが、字を見てすぐにわかった。
真実を知って救われた気持ちになった反面、急に怖くなってしまった。
真犯人と、手紙の差出人は大丈夫だろうか……。
道徳の教科書的には、
先生に伝えて、ごめんなさいの話し合いをするのが正解なのだろう。
しかし、
絶賛魔女裁判中の私はそこで初めて罪を犯した。
魔法を使ったのだ。「自分が犯人になる魔法」を。
子どもながらに、罪を隠し続ける辛さと
犯人である自分の大好きな友達をかばい続ける苦しさを瞬時にわかってしまったのだろう。

「どうせいつか、みんなわすれるよ。
わたしはひとりでもだいじょうぶ。

てがみをくれたあなたと、しんはんにん。
ふたりがわらっているほうが、うれしいよ」

届くことのない返事を書いて
放課後、うわばきが見つかった用水路にそっと落とした。

あれから20年。
あのふたりは今も心から笑っているだろうか?

この事件のことはきっともう忘れているだろう。

20年もこの事件の犯人でいられた私の魔法は完璧だ。
でももし、この事件を覚えているかつてのクラスメイトがいたとしても
私は犯人を明かさないだろうし、明かすつもりもない。
でももし、私がもう一度魔法を使えるとしたら
みんなが本当に幸せになる魔法を使いたい。

笑顔の裏で、辛い思いをする人がいなくなりますように。
今辛い思いをしている人が救われますように。

文章を書いて読んでもらうことで
その魔法を使うことができるようにもっと腕を磨こう。

そんなことを思いながら
ホームボタンを押して、スマホをバッグにしまった。

もう忘れ物をしないように気をつけよう。

 

***
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2016-07-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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