メディアグランプリ

しゃべりベタな私は今日も1人でバーへ行く



記事:高野萌美(ライティング・ゼミ)

22時。夕食を済ませ、家事を一通り済ませた私はある小さな決意をしていた。

「今日はバーに行くぞ」

バーに行く。きっとこんなことにいちいち決意を固めるヤツなんて、私くらいしかいないだろう。でも私にとってはそれくらいの気持ちにならないと行動に起こせなかった。それだけこの行為に自分を賭けていたのだ。

24歳の秋、私は失恋した。
知り合って3カ月。会うたびに私の身の回りに起こった出来事を話しているうちに相手のことが気になりだして、勇気を出して告白したらあっさりとフラれたのだ。

「だって高野さん、俺の事あまり知らないでしょ? それで好きになるの?」

そうだよ。あなたは自分の事をあまり話してくれなかった。でも、私の話を聞いてくれる時のあなたのリラックスした表情が好きで、私がある気づきを話したときに目をカッと光らせて「そうそう! それ自分で気づいたの!?」と興奮しながら一緒に喜んでくれたことがうれしくって。だから私も、あなたの話を聞いて一緒に喜びあえる存在になりたいと思ったの。……それだけで好きになったらダメだったのかな。

告白する前から恋愛相談をしていた友人に「フラれた」とLINEを送ると、バーに行こうと誘われた。私はそこで彼との出会いから告白、別れまでをひとしきりしゃべり倒した。その時間なんと4時間。間髪入れずにしゃべり倒すもんだから、友人はひたすら相槌を打つしかない。本当に友人には感謝してもしきれない。

今までためていた感情を吐くだけ吐いて、ちょっとだけ泣いて、気持ちが落ち着いてきたとき、私は今いるバーの居心地の良さに気づいた。
個人経営の小さなバーで、マスターは30代の男性。誘ってくれた友人と一緒になって話を聞いてくれて、ちょっとだけ励ましてくれる。
なんだよ、マスターも聞き上手かよ。バーってもっと大人の社交場的な感じで、暗黙のルールがあって、こんなフラれたくらいで感情揺さぶられまくりの子供な私が立ち入っちゃいけない場所だと思っていたけど、なんだろう、居心地がいい……。

そこから私は、バーに行くことが趣味になった。ただだらだらと時間をつぶすのは性に合わなかったので、1つだけ目的を持って行くことにした。

その目的とは、しゃべりベタな自分を克服すること。

私はしゃべることにコンプレックスを持っていた。人に自分の意見を伝えることが苦手で、いざ話そうとするととことんつっかえてしまう。自分の話し方が下手だという自覚があるから、ちゃんと相手に伝わっているか不安になり、一部始終を細かく説明するように話してしまう。だから気づけば話が長くなり、相手が興味なさそうな表情をしているのを見てようやくやらかしたと反省してしまう。

だから、そんな私の話を興味深く聞いてくれた彼を好きになったんだろうな。
だけど、私がしゃべりベタで相手の話を引き出すスキルがなかったから、彼も「俺の事知らないのに」って思ったのかもしれない。

私の話をずっと聞いてくれた友人のように、居心地の良い場所を提供してくれたマスターのように、私も相手が安心してくれるような会話がしたい。

行くのは多くても月に2回。お酒が強くないので、1回の入店でお酒は2杯まで。そして、ほんの少しだけでもいいから必ずバーテンダーかお客さんと会話をすること。
お店の忙しさを見て、お客さんが1人でゆっくり過ごしたいのかおしゃべりを楽しみたいのかを見極めて、大丈夫だと思ったら声をかける。そして、話すときは相手の話をまず理解してから話し始める。自分がしゃべるときは長々と話さないように!

しゃべりベタな私は気を抜くとすぐに自分の話ばかりしてしまうから、バーに行く前はいつも心に掲げたマイルールを思い出し、復唱しながら家を出るようにしている。
私にとってバーとは、道場なのだ。そしてバーに行く行為は、フラれてボロボロだったあの頃の自分と向き合い、倒していく修練のようなもの。
バーに行き、勇気を出して知らない人に話しかけ、しゃべりのスキルを磨いていく。ここで人と話すことに慣れていけば、仕事や恋愛という公式試合で勝てる日が来るかもしれない。

ああ、また今日もしゃべりすぎたかな。ちゃんと相手の話を聞けていたかな。
いつか試合で勝てるように、私は今日もバーへ行く。

 

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2016-07-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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