メディアグランプリ

なぜ二代目は微妙なのか、種明かしをしよう



記事:ちまころ(ライティング・ゼミ)

『カリスマの子供は微妙』。
わざわざ口には出さないが、誰もがうっすら感じとっている法則だ。特に親の事業を引き継いだ子供がこの罠に嵌りやすい。『あのカリスマの子供なら』という期待は『頑張ったけど、やっぱりお父さんには勝てなかったね』へと変わる。挙句の果てには孫が父を越える成長を果たし、隔世遺伝の踏み台になるケースまである。とかく、偉大な人物の子供は大成し辛い。同性の子供であるならなおさらだ。例えば政治家。世間をにぎわせる大物政治家は大抵『●●の孫』。芸能界では『●●の子供』が必死で戦っているが、彼らの活躍に対して思うところがある視聴者は多いだろう。『あの人の子供の割に、微妙だよね』『親の七光りがなければデビューできなかったよね』……のど元まででかかるツッコミを、ビールと一緒に飲み干すこともあるだろう。

だから、この場でその謎を解こうと思う。
偉大なる人物の子供が、カリスマの子供が、なぜああも微妙になってしまうのか。
当然ながら、彼らには才能がなかったわけではない。十分な環境が与えられなかったわけでも、努力しなかったわけでもない。彼らは最大限の努力をし、誠意を尽くし、心を砕く。期待にこたえようと、父を母を越え、彼らに認められる存在に、世間に認められる存在になろうと必死でもがく。それでも『微妙』という結末を迎える。いや、彼らが頑張れば頑張るほど、彼らは先駆者を越えられなくなっていく。
なぜなら。
彼らは、飛べないノミだからだ。

私は、カリスマの子としてこの世に生を受けた。父がとある業界でのカリスマ講師なのだ。
業界そのものは特殊だし、極端に裕福というわけでもないし、テレビにも出ないので一般的な知名度はほぼないものの、特定の業界において父の名を知らぬものはいないと言われる程度にはカリスマだ。私の中で、父のイメージはビシッとオーダーメイドスーツで決めて何百人もの聴衆を前に朗々と語る姿で固まっている。そろそろ古希になろうというのに、美容院が青ざめるほどのふさふさの黒髪。もともと美形ということもあり、正直カッコイイ。身長こそ高くはないが細身なので見栄えもする。専門用語が乱れ飛ぶ内容をやさしく、わかりやすく、面白く噛み砕いて語る手腕は『そりゃ人気も出るわ』とため息をつきたくなるほど。おまけに物腰が柔らかく誰にでもフレンドリーに接すると来ている。
さらには、家でも家族に対して心配りが万全で優しい。母を支え、いつまでも結婚しない妙齢の娘二人のわがままに笑顔で答え、常に新しい電子機器を買っては嬉々としていじり、なぜか加齢臭がほどんどしない。一言でまとめれば『私、お父さんと結婚する』が通用しそうなレベルの人物なのである。改めて、とんでもないなあの人、と思う。

さて。
そんなカリスマの元に生まれた子がどうなるかというと……

とんでもなく、セルフイメージが低くなる。『私は父を越えられない』という、絶対の法則が刻まれてしまうのである。

これが『カリスマの子は微妙』の正体だ。
能力がないわけでも、努力が足りないわけでも、やる気がないわけでもない。
ただ、彼らの自己認識の中に『私は父を越えられない』という刷り込みが起こり、その通りになるだけなのだ。

この構図は『飛べないノミ』の実験に良く似ている。
ノミは自分の身長の200倍以上を飛ぶ能力を持っているが、フタをしたビンの中に入れておくと、やがてフタの高さまでしか飛べなくなる。『自分の限界はここまでだ』という刷り込みができてしまうのである。
カリスマの子にも同じことが起こる。『自分の限界=親』となり、それを超えるという発想そのものが生まれなくなってしまうのだ。恐ろしいことに、家族仲がよければよいほど、後継者として手厚く育てられれば育てられるほど、この刷り込みは大きくなる。親と同じ道を行こうとすればするほど、親というフタは強固に子を阻む。

そう。
偉大な先駆者の子供が微妙なのは、彼らが親を愛し、親の期待に応えようとするからなのだ。
実際、親と袂を分かった子供がまったく別の世界で大成するケースは多い。親から離れれば親というフタを外せるため、本来の力を発揮できるようになる。
親を尊敬し、親の期待に応えようとけなげに頑張った子供は、親という限界を超えられずに終わる……皮肉な話だ。私の場合は父の知名度が局所的だからまだいいが、これがお茶の間をにぎわせるタレントだった日にはどうなるかなんて、考えたくもない。

私自身、この構造に気付いたのはつい最近だった。立派な父を持ち、何一つ不自由なく暮らし、恵まれた人生を歩みながら、どうしても自信が持てない理由を探し続けた果てにたどり着いた、『偉大なる父』という罠。何十年もかけて背中を見つめ続け、至らぬ自分を無意識に卑下し続けた思い込み。正直、女に生まれてよかったと思う。男だったら正気を保てなかっただろう。
これは、誰が悪いわけでもない。ビン入りのノミになっている、ただそれだけの話だ。あれだけ小さくて脳があるのかないのか分からないレベルの生き物ですら、限界を刷り込まれれば飛べなくなる。人間が影響を受けないわけがない。
逆を言えば、飛べないノミである事実が分かれば、先に進めるのだ。

飛べないノミが飛べるようになる方法。それは、飛べるノミと共に生きることだ。父を越えることを頑張るのではなく、父ではないものを追いかけることだ。
ところで、いい出会い、ないですかね?

 

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2016-07-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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