メディアグランプリ

『○』のせいで、東京のど真ん中で涙せんが崩壊した件


記事:矢奈川あやこ(ライティング・ゼミ)

すすり泣きがカフェに響く。犯人のわたしは、数分前までむしろ笑いをかみころしていた。となりのリーマンが何ごとかと視線をむけているようだが、そんなのは無視だ。

――だれがおしえたのか、文章のおわりには丸をつけるものだとを聞いて、文字のおわりに同じ大きさの丸が書いてあります。<引用元:高橋玄洋 いい生き方、いい文章>

高橋玄洋の本を読んでいたわけではない。これが140ページ目に引用されている本を読んでいた。文章の手ほどきをうけていない女性が書いたつたない手紙とそれに感銘した文豪たちの賛辞文がならぶ。句点の『。』を大きく『○』と書くその手紙は、野口英世の母シカが英世に宛てたもの。

べつに井上ひさしら文豪たちのベタ褒め文に泣いたわけじゃない。でも、高橋の引用文あたりで涙はほほをつたい、すすり泣きはさらなるピークに向かった。

 

わたしが野口シカの手紙にはじめてふれたのは、小学生のとき。野口英世記念館に親戚と連れだっていったときだ。母だったか、祖母だったか伯母さんだったかが、手紙の大きな丸の存在に気づき、3人ともが心を動かされていた。

「まる、最後の丸がね、こう大きいの。一生懸命、書かれたのね」
母が感動したとすすめてきたのをよく覚えている。そして、手紙を見たわたしがどう思ったかもよく覚えている。
「シカさんはちゃんと習ってないのに。がんばって書いて、息子だけにみせたかったのに。見せ物みたいになってて、ひどい。そういうのキライ」
小学生のわたしは不快をおぼえたのだ。しかし、母親を経験している3人はいたく感動している。おかげでなんだかモヤッとした。

正直、今思えば、めんどうな小学生だ。ただ、今もその手の感覚はあるので苦笑いするしかない。一応、ハタチのころシカの手紙を読んで号泣したという、いい人自慢が人生に加わっているが。まあ、あの手紙に感動しない人のほうが、たぶん、少ないけど。

 

わたしが読んでいた本は、ちくま文庫「文章読本さん江」。著者は斎藤美奈子。彼女のリズムのよい文体がわたしは好きだ。そしてなにより、文芸界の名だたる先輩方ご自慢の「文章読本」をバッサリ評する痛快さが気持ちいい。

――文章読本には一つの共通した雰囲気がある。どれもこれも『ご機嫌だ』ということである。(P20)

何人の大御所たちがメッタぎりにされたことか。おじ様たちがひそやかにちりばめた自慢が白日のもとにさらされ「困った中年」とバッサリやられる。8年にもおよぶ取材にもとづく「文章読本」への愛は半端ない。せめて3年前に書き上げていてくれていたら、困った中年の仲間にならずにすんだのに、なんて山崎浩一が自虐的に書評をよせているのもニヤリとしてしまう。

わたしはこの本の中で、シカの手紙をふただび目にした。

 

――つまり、差別のうらがえし。シカがこのこと知ったら恥と感じるはずだ。彼女だって、もっとちゃんとした手紙を書きたかったんだと思うよ。本当は。(P144)

文芸家たちがこぞって『野口シカの手紙』をベタ褒めするのを斎藤美奈子が勇気をもって皮肉くる。これは小学生のとき野口英世記念館でいいたかったヤツだ。ウン十年かけて、あのときのモヤッと感が言葉になった。だから、さらに泣いてしまった。鼻をすする音がオシャレなカフェにこだまする。まあ、わたしの涙せんはもともと相当ゆるいから、やっすい涙だけれど。きっと、こころを動かしたのは、自己陶酔型のノスタルジーとカタルシスってやつだ。だからきっと、この本のここで涙するのはわたしだけだ。

わたしの母親も伯母も死んだばあちゃんも文芸ウンチクなんか、ちっともしらない素人なわけで。できるかぎりちゃんとしたかった母親の矜持をあの大きな丸に感じて、純粋に共感したわけで。それは多分、小学生のわたしも理解はしていた。だから、だれに怒っていいのかわからなかったし、自分の感じ方がまちがっているのかなって気にもなっていた。

――彼女の貧しい出自、べつにいえば「階級」に規定された文章、野良着しか持たない彼女がいっぱいめかしこんだ「礼の形」だったのだ(P332)

斎藤がシカの手紙を評した一節。しばらく作文教育論がつづいたあとのまとめの章だったから、ぬかっていた。ハタチのころとはちがう、あらたな敬愛が手紙へとうまれたんだとおもう。最後の最後でまた、ぼろぼろ泣いた。まあ、自己陶酔型カタルシスですよ。はい。でも、シカの一生懸命さが、納得のいくかたちでほめられていてうれしかったんだ。

 

この感動スぺクタル巨編「文章読本さん江」は、文壇に感じる素人のモヤッと感をすこしスッキリさせてくれる。彼女の批評は、徹底して公平で大岡越前的だから気分爽快だ。そして戒めをくれる。おかげで、自慢がだだもれてる自分の文章に身を悶えさせる日々がつづく。ほとんど、あとから気づくからタチが悪い。まあ、斎藤のまとめの言葉には、だいぶん勇気づけられるけど。赤面しながら覚えていくしかない。

――文は服だっていったじゃん。服だもん。必要ならばTPOごとに着替えりゃいいのだ。で、服だもん。いつどこでどんなものを着るかは、本来、人に指図されるようなものではないのである。(本文・最終行)

この本を読み終えたあと、わたしは母親にすぐ電話しようかとおもった。でも「え、そんなことあったけ?」とお気軽にいわれそうだから、やめておいた。ま、いつか温泉にはいりながらの話のネタにとっておこう。

【参照引用】
文章読本さん江(ちくま文庫)
著:斎藤美奈子

 

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2016-07-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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