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何の音かではなく誰の音か? それが問題だ!


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記事:中村美香さま(ライティング・ゼミ)

「あっ、今、掃除機をかけているな」
軽量鉄骨のアパートの2階の音は、テレビを消していると昼間でも1階によく聞こえる。

現在、我が家の2階に住んでいる家族は、ほんのひと月ほど前に引っ越してきた。家族全員そろって菓子折りを持って挨拶に来てくれたので、小中学生の男の子が3人と両親の5人家族とわかった。
「子どもが多いのでご迷惑をおかけすると思いますが、なるべく静かにするように気をつけますので……」
「いえいえ、お互いさまですから大丈夫ですよ」
謙虚に挨拶されると、こちらもそんな言葉が自然に出る。

気をつけて過ごすと言っても、どうしても「生活音」はするものだ。掃除機をかけているんだろうなとか小走りをしているんだろうなとか、別に詮索しているわけではないけれど、だいだいわかる。挨拶を受けた時に言った「お互いさま」は本音で、我が家の息子も大人しめながら、小走りはするし、布団にダイブもする。2階ほどではないが、1階からの振動もそこそこ伝わるだろう。

実は、以前、同じような構成の家族が、我が家の2階に住んでいた。その家族が引っ越してきた時の挨拶には、親しか来なかった。気になったのはその言葉だ。
「まぁ、子どもが多いからうるさいと思います。よろしく」
「はぁ……こちらこそよろしくおねがいします」
なんだろう? このもやもやは……。間違ったことは言われてないけれど、なんだか気分が悪い。

それから事あるごとに、2階の音が気になっていた。子どもは全員学校に行っているはずなのに、この小走りは奥さんだろうか? 子どもに注意しないまでも、自分は気をつけてほしいなぁ……とか、えっ? 今の音は何? 相撲でもやっているのかしら? もう22時だというのになぁ、勘弁してほしい……。

現在の家族と、前の家族、「生活音」では同じくらいなのに、印象が違うとこちらの音の受け止め方が全く違うことに気づいた。

ああ、我が家も印象が悪かったのだろうか……。

過去の加害者の立場の記憶が蘇る……。

今から3年半ほど前まで、我が家は木造アパートの2階に住んでいた。結婚してすぐに住み始め、約8年ほど住んでいた。階下の住人も当初から変わっていなかったが、それは、息子が幼稚園に入園する直前に起こった。

ある日、旦那が会社から帰ってくると、階下の住人である70歳くらいの男性が、
「あのさ、子どもがいるから仕方ないとしても、うるさすぎるんだよ。もっと静かにしろよ」
と言ってきたらしい。ドキッとした。自分が直接言われなかったことで余計に想像が膨らんだ。どれほどの剣幕だったのか? どんなニュアンスだったのか? 伝え聞いた言葉を文字通り受け取ると相当怒っているんだろうと怖くなった。

1階に住んでみると、小走りの音も、気になり始めるとうるさく感じることは想像できるけれど、大人しめの3歳の息子で、高いところから飛び降りるわけでもなかったから、当時はそれほど迷惑をかけている意識はなかった。それを静かにするように言われて正直参った。

どうしていいかわからず、まずは静かに歩くことを心がけた。それまで、気にしないで過ごしていたので、静かに歩こうとすると、妙に床の軋みも気になりだした。息子がちょっとでも、走ったり、ジャンプすると「ドンドンしない!」と言うようにした。けれど、ちょっとこの音はまずいかな? と思った瞬間に、なんて言っているのかわからないけれど、怒鳴り声が聞こえてきて、おそらく、階下の男性が文句を言っているんだろうとわかった。

どうにか対策はないかとインターネットで検索してみると、騒音問題で悩んでいる人がたくさんいることを知った。悩んでいるのは被害者ばかりでなく、図らずも加害者になってしまった人の声も多かった。

防音のマットを購入して敷いたり、わざと大きな声で「ドンドンしないよ!」と息子を注意し「気にしていますアピール!」もしてみた。外で会ったら、できるだけ笑顔で挨拶するなど自分なりに気を使ったが、思いは通じなかったようで冷たい対応が続いた。

もう限界……。

ただでさえ、体を動かすことが好きではない息子が、「ドンドンしないよ!」と言い続けることによって、より大人しくなってしまうのではないか? という恐れも手伝って、この状況から逃げたい思いが強くなった。

苦情を言われてから、約一年間、試行錯誤したが、引っ越すことに決めた。

やっと慣れた幼稚園を離れることは嫌だったので、どうにか通える距離で物件を探した。

引っ越す時に、自分なりの美学で、アパートの全員に挨拶に行った。階下の家にも、菓子折りを持って挨拶に行った。

「この度引っ越すことになりまして、これまでうるさくて大変ご迷惑をおかけしました」
最初は強面だった男性も、驚いた表情に変わり、
「あっそう」
と言った。
「近いのでまたどこかでお会いするかもしれませんが、その際にはどうぞよろしくお願いします」
引っ越し先が近くのため気になったのかこんなことを聞いてきた。
「家買ったの?」
「いえ、賃貸ですが、今度は、1階にしてみました」
そう言うと、男性の表情が変わった。
「そう、ちょっと言いすぎちゃって悪かったね、ごめんね。元気でね」
「いえ、本当にすみませんでした。お元気で」

1階にしてみました……なんて言うつもりはなかったけれど、つい言ってしまった言葉。図らずも加害者になってしまった我が家。それでも、どうにか迷惑をかけないように縮こまって気を使って暮らしていた一年間が、男性の「ごめんね」で少し救われる思いがした。

我が家の「音」は男性にとっては許容できない「騒音」だった。もしかすると、息子が産まれたときに、挨拶に行っておけばよかったのかもしれないし、苦情を言われる前に、「ご迷惑をおかけしています」という態度をしっかりと表現していたら「生活音」が「騒音」に変化するのを防げていたかもしれない。息子のことを「近所のかわいい子ども」と思ってもらえるくらいの関係が築けていれば、ひょっとして状況は変わっていただろうか? 現に、その男性の家に時々遊びに来る孫はかなり騒がしくしていたが、彼の怒鳴り声を聞いたことはなかった。身内の足音や声はむしろ楽しい「音」なのだろう。何の音かでなく誰の音か? やはりそれが問題のようだ!

苦情を言われてからの一年間は辛かったし、引っ越しをするまでになったけれど、そのおかげで、会うはずのなかった今の近所の人との素敵な出会いもあったので悪いことばかりではない。

これからも生きている限り、音はたててしまうから、「騒音問題」に加害者であれ被害者であれなってしまう可能性は常にある。自分の「生活音」を「騒音」にしないように、コミュニケーションを取りつつ、相手の「生活音」を「騒音」と受け取らないおおらかさをできる限り持ち合わせたいと思う。

 

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2016-07-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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