メディアグランプリ

人生を変えた1枚のCD


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記事:スピードウェイさま(ライティング・ゼミ)

出会いは、私が中学1年だった1988年の冬、初めて買ってもらった日本のバンドのCDだった。
それまでアイドル音楽しか聴いたことがなかった私は、その完成された世界観に圧倒され、その音楽を理解することができなかった。イントロが非常に長く、なかなか歌は始まらない。何度も繰り返されるメロディが妙に頭に残り、本物の音楽に触れたような感覚にさえなる。その日から、何度も何度も聴き続け、そのメロディ、そのリズムの虜になっていった。
「この音楽を作ったのは一体誰なのだろう?」

CDジャケットに書かれていた作曲者の名前は、天才的な曲を作り、ファンからは先生という愛称で呼ばれている人物だと後から知った。そしてその人物こそが、そのバンドのリーダーであった。
先生という愛称は、当時やはり天才であった坂本龍一が教授と呼ばれていたことから、対抗して先生と呼ぶようになった、と聞いたことがあるが、本当かどうかはわからない。
そこから先生の音楽を追い続ける私の人生が始まった。
先生のカリスマ性は生徒を魅了し、先生の音楽が人生の支えにもなった。こんなにも音楽とは格好いいもので、気分を盛り上げてくれる楽しいものなのだと知った。
当時から、先生は音楽業界で異才を放っていたと思うが、世間一般的にはまだ認知されていなかったかもしれない。だから、先生のバンドが紅白に出場した時は、自分のことのように喜んだ。まだ紅白が大晦日の一大イベントであった時代だ。
そして、もれなくバンドにはライバルが登場してくる。若い人達は常に新しい音を求めているのだ。
その中でも最大のインパクトがあったのは、B’zだ。
これがまた奇跡的に格好いいのだ。
ノリノリのダンスビートに激しいギターサウンドを融合し、完璧なルックスのボーカル。
ミュージックステーションにでも出れば、次の日の中学のクラスでは、その話題でもちきりだった。
しかし、私を含む先生の忠実な生徒達は、好意的にB’zを受け入れた。
B’zのギター担当である松本さんは、先生のバンドのライブでギターを弾いていたことがあるからだ。
当時あまり知られてはいなかったが、B’zは先生のバンドと関係があったのである。
修学旅行のバスの中で大合唱した「ALONE」は、今でも忘れられない思い出の一曲である。

次のインパクトは、大学に進学した1994年に訪れた。
行動範囲が広がり、やっと先生のバンドのライブに参加できると思ったのもつかの間、突然の終了宣言である。
「終了宣言って何? 解散? 意味わからないんだけど」
そして人生初のライブ体験は、先生のバンドの終了ライブとなってしまった。
東京ドームからの帰り道、何だか泣けてきた。
「明日から何を聴いて生きていけば良いのだろう」
傷心した私は、なかなか立ち直れなかった。
他にも数多くのアーティストに曲を提供しているとはいえ、先生が所属するのはこのバンドだけだったからだ。

しかし、その心配も取り越し苦労に終わる。
先生史上、最大のブーム到来である。先生がプロデュースする女性アーティストは、次々にミリオンを連発し、1995年からは、先生がプロデュースした曲が、4年連続で日本レコード大賞を受賞した。
生徒にとって、これ程嬉しい事はないはずだ。確かに先生プロデュースの新曲がたくさん発売され、毎日が楽しかった。ヒットチャートを見ることが楽しかった。しかし、同時に複雑な気持ちもあった。連日オリコンチャートを賑わし、次々にミリオンセラーを記録している事は、異常な事態であり、長くは続かないはずなのだ。
ブームには必ず終わりが来る。騒いでいた人達が去っていくのはどうでもいい。その反動が恐かった。
売れなくなる日が来たからといって、私には関係がないし、世間がどう言おうと、先生の曲を聴き続けるだけだ。でも周りから、先生の才能は涸れたかのような事を耳にするのは、耐えられなかった。やはり売れなくなるのは、私も寂しい。

そして、いろいろなことが起きた……。
私も天国から地獄へ突き落とされるような気分を味わった。
一時期は精神的に辛くなり、先生の音楽を聴けない日々もあった。
音楽はCDから配信の時代へと移っていった。CDは売れなくなっていた。
先生の音楽を聴き始めてから28年がたった。
私は今でも先生の音楽を聴き続けている。今でも感動するし、勇気づけられるし、格好いいと思う。きっと死ぬまで聴き続けるのだろう。
その名は小室哲哉。
日本が誇るメロディメーカー、音楽プロデューサーであり、伝説のバンドTM NETWORKのリーダーであり天才キーボードディストである。
私は、小室先生に音楽を教えてもらった。小室先生の音楽は、私の人生に彩りを与え、豊かにしてくれた。こんな人は私にとって小室先生1人だけである。

最後に、小室先生の存在を知るきっかけになったCDは、TM NETWORKの「CAROK」である。日本の音楽史に残る名盤であると信じて疑わない。
 

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2016-07-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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