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メディアグランプリ

彼女がトラになった理由(わけ)


とら
記事:Rさま(ライティング・ゼミ)

「別に取って食おうなんて思っちゃいないわけよ」
さして実りが無かった合コンの帰り、フレンチプレスで淹れた思い切り濃いブラックコーヒーを飲みながら友人が呟いた。コーヒーよりももっと苦々しい自嘲の理由を問えば、一応礼義と連絡先を交換したものの、「忙しくて返事はあまり返せないかもです」という後ろ向きな返信が戻ってきたのだという。

 独身30代も半ばにさしかかると、この手の「迫ってもいないのに振られた現象」はよく起こる。付き合えば即結婚を考えざるをえない年齢の圧迫感、それ故に目の前の女性は焦っているという疑心暗鬼に囚われた男性は、まず自己紹介の段階で一歩引く。さらに、少しでもこちらが気に入った素振りを見せようものなら、「僕はまだ結婚とか考えてないですね〜」「もう少し遊んでいたいかな」なんて小出し小出しに牽制弾を放ってくる。こっちだってそんな奴とどうにかなろうなんて考えてもいないけれど、「その人がダメでも、その人の友人につながる可能性があるかも」というベタな恋愛マニュアルのセオリーに則って、連絡先だけは交換する。そこで、友人が言う「事故」が起こる訳だ。これが結構傷つく。
両手を挙げて丸腰で立っているつもりなのに、一定の距離を置いて致命傷にならない程度の攻撃をされているのだ。映画「ブリジット・ジョーンズの日記」で、カップルが集うパーティーの中、一人だけで参加したブリジットが「どうして30過ぎの未婚率が高いのか?」という意地悪な質問を受けて、こう答える。「それは……裸になると全身がウロコで覆われているからよ」

 実際、はたから見ると、我々はとにかく今すぐ結婚したいと手ぐすねを引いている猛獣かなにかだと思われているに違いない。そんな厄介な自意識が芽生えると、恋愛のアプローチは常に自己嫌悪が付きまとうようになる。知り合ってから少しずつ関係性を育むという自然なやりとりの中で起こるささいな行き違いで大いに落ち込み、「結局、私なんかを好きになる人はいないんだ」という諦めで自分の心を防衛して、恋愛のプロセスを強制終了させてしまう。そして、後には男性への不信感と哀しい自嘲癖が残るのだ。

 その度に脳裏に浮かぶのが、昔国語の時間に読んだ山月記の一文「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」である。主人公が山で出会った人食い虎は、詩作の誉れをひたすらに追い求めた挙句に、虎に成り果ててしまった旧友であった。自分を拒否されるのを恐れるあまり、進んで得ようとせず、また凝り固まった理想から妥協することを良しとしない。さらに虎の姿になってもまだ理想を成就した姿を思い描いてしまう。名作を引き合いに出して乱暴な話であるが、今ならこの虎の気持ちが痛いほどわかる。振られて傷付く自分を認めたくない、だから手を出さない。「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」は孤独と焦りを糧に肥え太り、30代独身女性を虎に変えてしまうのだ。獰猛で楯突くものを許さない強大な虎に。

 「山月記」の最後、もう二度と自分に合わぬよう虎になった旧友が主人公に姿を見せる。月に向かって吠える姿は気高く哀しみに満ちている。
我々はどうだろう。物語とは違い、言ってしまえば所詮、愛だの恋だのである。哀しそうな姿はどこか間が抜ける。おまけに合コンの初見で相手を圧倒する位には強く、気を抜いたら取って食われると恐れられている。それならば、虎になって思う様牙を磨いて、爪を研いで、毛皮を整えて、華麗にハンティングを楽しむ人生もいいではないか。責任から逃れる男性を頭から引き裂いて、バリバリと喰ってしまおうではないか。

合コンの帰りの、酔いが絶妙に残った体で友人と肩を組んで月夜に吠えた。
私達は傷付くごとにその牙と爪は強く、毛皮はしなやかになる。
夜道で出会ってしまったら、たちどころに逃げてしまう事をお勧めする。 

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2016-07-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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