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ごもっとも。


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記事:諸星 久美さま(ライティング・ゼミ)

私は髭が好きだ。
好きな男が、髭を生やしているからなのか。
伸ばすことのできない憧れからなのか。
本能が呼ぶのか。
いつから好きになったのかも分からなければ、明確な理由も分からない。
とにかく私は、男の髭に、心や身体が反応するのだ。

ことに、好きな男の髭は、イマジネーションを広げる。
無論、セックスへのだ。
目が留まり、そこに潜む男の色を凝視する時、触れてみたいと思い、触れて欲しいと思う。
唇を重ね、混ざり合った互いの唾液や、私の愛液が、その髭に付着することを想う。
そして、私と離れた先で、その付着した残り香が男の鼻先をくすぐり、男が私を思い出すアイテムに変わるかもしれない、という想像は、いつも切なく胸を震わせるのだ。

震える胸を抱いたまま、濡れた赤い唇と、黒い髭のコントラストを見つめる。
その色は恍惚を生み、体の芯に熱を灯す。
体温の上がった体を、自身の両手でキュウと包み、目の前の瞳を見つめる。
そこに、濡れた唇と同じように艶めく瞳がある時、感情もまた、熱を持つ。
渇いた唇や澱んだ瞳が、感情を揺らすことはない。
潤い。
それこそが心を掴み、動かすのだということを、いつも体が教えてくれる。

ここにきて、ああ、そうか、と思う。
私は、瞳に潤いのある男の髭が好きなのだ、と。
潤いとは、私だけを映しだす時に生まれる、熱を含む光。
言葉にしなくても、「君が欲しい」ということが伝わる、眼差しだ。

見つめ合い、言葉を交わす。
時折、視線を落として、唇を見つめる。
唇の動きも含めて、言葉に耳を傾けているというのに、
「聞いてるの?」
と男が尋ねてくる。
「ちゃんと、聞いてるよ」
私は、唇を見つめたまま言葉を返す。

人の話を聞く時は目を見ること。

そんな、誰かのチープな忠告などぶっとんでしまうほどの濃度で、君の言葉は、ちゃんと私の中に落ちているのに……。
そんな思いを含みながら、
「ちゃんと、聞いてるよ」
と、答えるのだ。

実際は、そんなことを考えているせいで、少しだけ、男の言葉を見失うこともあるのだけれど。
そんな時は、失った言葉を取り戻すために、私は、より口元を見なければいけなくなる。

小さく開いたり、少しだけ歯を覗かせたり、不意に閉じたりする唇から、目が離せなくなる。
口髭の下で動く濡れた唇が女性器を連想させ、卑猥だなと、笑みがこぼれる。
そして、その場所に指を滑らせてみたくなる。
そこにある熱を想像して、その熱が運ぶ、快楽の先を見てみたくなるのだ。

私は、指先で髭に触れてみる。
会話の最中だというのに、男はそれを受け入れる。
受け入れたまま、言葉を紡ぎ続ける。
その様子に、また、少しだけ笑う。
次いで、小さな隙間から指を滑らせてみる。
右手の薬指が、男の舌に触れる。
温かくて、ほう、とため息がもれる。
男の唾液を絡めとるように、ゆっくりと動いてみる。
薬指を入れたまま、別の指で髭に触れてみると、髭はいつも、想像していたよりも硬くなくて、なんとなく拍子抜けする。

会話を遮断された男が、ギリギリと、私の薬指を噛み遊ぶ。
痛くて逃げ出したいのに、私はその痛みを享受して、体温をあげる。
言葉を紡ぐことを諦めた男の、瞳の色が変わる刹那、私はオーガズムの断片に触れる。
私の変化を見逃さない男の瞳に、新たな熱が生まれる瞬間を、私はぼんやりとした思考の中で、慈しむ。

するりと口内の熱から抜け出し、自由になった指先を男の首の後ろに回して、引き寄せる。
ぐんと近くなった瞳の中に、私だけを、映し込む。
何度瞬きを繰りかえしても、私は、男の瞳の中に存在する。
もう、これだけで充分だ、と、感嘆の吐息が零れ落ちる。
そう思うのに、今度は男が私の唇をふさいでくるから、私は、瞳にじわりと膨らむ熱い滴を、瞼でふさがなければならなくなる。

口の中で暴れる熱。
それを追いかける私の唇を小さく刺す、濡れた髭。
その痛みさえ、快楽に変わっていく予感を、疼く体が知らせる。
塞いだ口元から声が漏れる。
封じ込めていた涙が、頬を伝う。
その一筋が唇に到達し、不意に男の唇が離れる。
男は少しだけ首を傾げ、ゆっくりと相好を崩す。
私は瞬きを一つして、その一瞬を、記憶の中にしまい込む。
いつでも取りだせるくらいに、浅い場所に。

男の声がしばらく耳に届いていないことに気づいて、私は、その声が欲しくなる。
髭が好き、と言い、潤いのある瞳も好きと言いながら、その声こそが好きなのだな、と気づく。
声が聞きたくて、何でもないことを問うてみる。
男の声が耳に近く届き、敏感になった子膜の振動が、背中を走る。
それを知っていて尚、男は耳元で私に言葉を紡ぐ。
意地悪だな、と、私は唇を噛みながら、男の喉仏に触れてみる。
凹凸のラインを指でなぞり、ゆっくりとその場所に唇を合わせる。
次いで、少しだけ耳たぶを噛んでみる。
頬に、男の髭が当たる。
その感触を、ずっと覚えていたいと思う。
いつか、忘れてしまう日がくるのだろうか、と想い、胸が痛む。
あと幾度、こんな時間を重ねられるだろう、という感傷が、疼く胸に広がる。
胸の疼きが瞳に伝染して、男の姿を滲ませる。
ちゃんと見ていたいのに……と、私は私を叱咤する。
ぼんやりと霞む視界の先で、男が笑う。
その笑みを前に、私だけが心を溢れさせているみたいで、悔しくなる。
けれど、それでいいとも思う。
繋がる前から、満ち足りたままの心で私は……、

   *

「ね~ママ~、音読聞いて~」
イヤフォン越しに聞こえる次男の声に、パチンと世界が切り替わる。
「え~、今~?」
私は、キーボードに手を置いたまま、あからさまに、めんどくさくて仕方ないという声色で返事をする。
「いま~」
そう言って、次男は、宿題の音読チェック表を、パサリとパソコンの脇に置く。
その流れで、開いたままの画面をのぞき込み、
「何書いてるの?」
と尋ねてくる。
私は瞬時にデータを保存して画面を閉じ、イヤフォンを耳から外すと、
「パパとのこと」
と答える。
「パパとの何?」
「私が、パパをどう想っているかについて」
「読んでいいの?」
「今はまだだめ。でも時期がきて、君が望むなら読んでもいいよ」
「ふ~ん」

会話の意図が分からないのか、次男は曖昧に相槌を打つと、国語の教科書を広げて音読を始めた。
適当に読んでいる様子に笑いながら、いつか彼がこの記事を読むことがあるのだろうか、と思いを巡らせる。
そして、親の交わり事についてなど、子どもにとっては、触れたくないものだろうな、という考えにたどり着く。

「もう一回読むね。やまなし、みやざわけんじさく……」
ソファーに背を持たせたまま音読をする次男の姿に、私は音読チェック表の、「良い姿勢で読めた」という欄に、大きな三角を書き込む。
次男の声に耳を傾けているうちに、画面の中に吐きだしていた言葉たちが、私の内から消えていく。

「はい、終わり」
教科書を閉じた次男に、チェック済みの表を返しながら、
「ねえ、もしママが急に死んじゃったらさ、この記事、パパに読んでって言ってくれない?」
と聞いてみる。
「急に死ぬの?」
次男のくりくりした瞳がまっすぐに向けられ、私は少しだけ怯み、
「もし、そういうことがあったらってことだよ」
とおどけてみせる。
次男は、束の間思案する様子を見せると、
「生きてるうちに、自分で言うのがいいんじゃない?」
と、言葉を返した。

ごもっとも。

そう思いながら、私は高い笑い声をあげ、
「確かに、そうだね」
と、頷いて見せた。
 

***
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2016-07-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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