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ピンキーリングを見ると、心の中に寂寞の風が吹く


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記事:西部直樹さま(ライティング・ゼミ)

「ねえ、どうしてなの」
と、彼女はすらりと伸びた右足を自らの左足に絡ませ、少し身を乗り出してきた。
短いスカートから伸び絡む脚を見て、自分の短く太い足では、できないなあ、と嘆息が漏れた。
薄暗い穴蔵のような個室、テーブルの角に腰掛けていた。
「ねえ、いつまで脚を見てないで、答えてよ」
つまらない話をするより、華奢で可憐、少女というには大人びた、女性というにはあどけない彼女を見ている方が、幸せである。

この後やってくるのは、還暦間近の男と、妖艶とはいえそれなりの経験をふんだんに積んだ女性だ。彼らは可憐とか華奢とは、いささかというか、かなりかけ離れている。
残念に思いながら、視線を強いて上方に修正し、僕は話をはじめる。
「うむ、それは、なんというか……」
「それは、なんというか」
「なんというか、曰く言い難い、それほどの理由はないんだけど」
「けど、わざとしていないの」
「わざと、ではない。なんとなくだ。
 何となく、面倒だしな。しなれないから気になるし。
 外したら、なくしそうだし。
 していると、きになるし。
 特に夏場は、正直、ちょっと臭うんだ。
 汗でな」
「そんなことで、してないの。奥さん怒らない?」
「妻もしていない。だから、おあいこだ。
 してなくても何の不自由もないよ、結婚指輪なんて」
「独身のふりをしたくて、じゃないのか。つまらない……」

華奢で可憐な彼女が、大げさな溜息をついた時、個室の外が騒がしくなった。
「お、遅くなってすまん」と、汗を拭きつつ友人が入ってくる。
「レディファーストはいつになったらできのかなぁ」と、ショートパンツの上にレースのスカート、上はチューブトップという装いで妖艶な人妻が入ってきた。
「なんで、くるのかなあ、いいとこだったのに」と、わたしは大げさに嘆く。
「どこがいいとこだったの」
華奢で可憐な彼女は、苦笑いを浮かべる。挨拶をするように、彼女は右手に持ったハイネケンのグラスを掲げる。彼女の右手の小指には小さなリングが光っていた。

二人の飲み物が届いたところで、軽く乾杯をして、久闊を叙する。
とはいえ、友人と妖艶な人妻とは三日まえに会ったばかりだったが。
「それにしても、久しぶりね」と、妖艶な人妻は、華奢で可憐な彼女と手を握り合う。
「もう、長期出張だか、転勤だかわかない感じでしたね。11ヶ月ですから」
彼女は、長期の出張または短期の転勤から帰ってきたところなのだった。
彼女とは、2年ほど前、あるイベントで知り合った。
以前は、4人でよく飲んでいた。

「ねえ、どうしてピンキーリングしてるの?」
華奢で可憐な彼女が、友人の左手の小指をさして訊ねる。
「ふふ、これは、なぜだかわかるかな」友人は、なぜか小鼻を膨らませて問いかける。
「ピンキーリングは、何か願い事がある時にしたりするのよね。だから、何かの願掛け?」と華奢で可憐な彼女は小首を傾げる。うなじが色っぽい。と、向かいの妖艶な人妻から蹴りが入る。
「どこ見てるのよ! ゲスなんだから、まったく」
「何を謎めかしているんだよ、よく見てご覧よ、あれは結婚指輪、太って薬指に入らなくなったから、仕方なく小指にしているだけだよ」
わたしがあっさりと答えを出す
左隣の友人からも蹴りが飛んできた。
「なんで、そうバラすかな、楽しい会話が終わっちゃうじゃないか」
妖艶な人妻がわたしと友人に向かい、手をひらひらと振る。
彼女の左手の小指には、小さなリングが光っている。
「あなたはダイエットしなさいよ」と友人に向かいって言い、わたしに向かって「ゲスな男」と吐き捨てる。

妖艶な人妻の左手を見ながら、わたしが問う。
「そのピンキーリング、素敵じゃないか」
その小さなリングは、小さなヘビが指に絡みつき、中程の小粒なダイヤモンドを飲み込もうと口を開けている意匠だ。
「ふふ、そうなの、素敵なのよ、幸せの直前という感じでね」
「幸せの直前?」華奢で可憐な彼女が、小首を傾げる。わたしは、つい彼女のうなじに目をやる。人妻から蹴りが入る。友人からも小突かれる。
「だから、小首を傾げない。貴女のうなじは反則なんだから。
だから、手に入る直前が一番幸せじゃない。
手には入ったら、それでお終いでさ。
獲物を飲み込んだら、それで終わり。
結婚も結婚式の前日が一番幸せじゃない? 
結婚生活がはじまったら、まあ、それは面倒なこともあるし」

「そうだな、彼女をベッドに誘うまでが一番楽しくて、後は疲れるだけだからな」と友人。
「もう、疲れるの?」と、無邪気を装う華奢で可憐な彼女、彼女は侮れない。
「ヘタレが……」と、妖艶な人妻のひと言。
「いやあ、そのあれだな、なんだ」へどもどする友人。

「僕は、あまりピンキーリングが好きじゃないな」わたしは、ジンジャーハイボールを口にしながら呟く。
華奢で可憐な彼女は、そっと左手で右手を覆う。
「どうして、好きじゃないの。ヘビが嫌いとか?」
「ピンキーリングがみんなヘビ柄じゃないだろ。
 小指のリングを見ると、寂寞の風を感じるんだ」

「寂寞の風?」と、華奢で可憐な彼女がまた小首を傾げる。
私は彼女の方を見ないようにしながら、話を続ける。
「誰もいない、寂しい、そんなときに吹く風だな。荒寥とした砂漠の夕暮れに行くところもなく佇んでいる、そんな風景が浮かんでくる。そんな風だ。
若い頃、付き合っていた女性がピンキーリングをしていたんだ。
それでね」

「それで、女性が指輪をするのは、珍しいことじゃないじゃない」と、妖艶な人妻は、チューブトップの胸元をなおしながら聞いてくる。彼女の豊かな胸元から視線を無理矢理に外して、話を続けた。
「その彼女と知り合ったのは、まあ、その当時やっていた趣味のサークルでね。
僕が主宰していて、彼女は上京してすぐに入ってきた新人で、まあ、色々と東京のこととか話をしているうちに、東京を案内することになって、案内という名目で何度かデートのようなことをしたんだ。
彼女は純朴というか、かわいくてね。
案内という名目がなくても、会うようになっていった。なし崩しに付き合うようになった感じかな」

「いい感じじゃない。それで、リングはどうなるんだ」と、友人は急かす。
「もう、じっくり聞きましょうよ、それで、それで」華奢で可憐な彼女は、身を乗り出してくる。

「まあ、つきあいはじめたよ。久しぶりにできた彼女だし、かわいいし、純朴だし。
その頃もお金がなかったから、もっぱらデートはお互いのアパートだった。
彼女は女性専用アパートだったけど、こっそり忍び込んだりして、それがまた楽しかったな。
ただ、しばらくすると、ちょっと彼女の様子が変わってきたんだ。
毎日のように会っていたのに、それが3日に1回くらいになり、彼女は引っ越しをして、僕のアパートとはかなり離れてしまったり。まあ、たまたまと彼女はいうんだけどね。

それで、僕は不安になって、彼女にリングを贈ったんだ。ピンキーリングをね。願い事をして、それをすると叶うとかいうようなのを。
僕としては装飾品は、身に付けたときに、その人との繋がりを感じることになる。ああ、彼女は僕の贈り物を身に付けている、気持ちがあるのだな、ってね
そして、彼女が幸せになるように、と願いも込めていた」

「私は綺麗だったら、誰からのでも付けるけどね」と、バランタインのグラスを傾けながら妖艶な人妻。

「まあ、若かったからな。
彼女も喜んで右手の小指に付けていたよ。
でも、ある日、彼女の左手にもピンキーリングがあったんだ。
どうしたのって聞いたら、彼女は、しまったぁ、みたいな顔を一瞬したんだよ。
それで、「右手だけだと寂しいから、自分も買ったのよ」なんて言うんだ。
でもなあ、ちょっとね。
ある日、彼女に連絡しないで彼女のアパートに行ったんだ。すると、彼女はいたんだけど……」

「だけど、どうしたの?」華奢で可憐な彼女は、さらに身を乗り出す。
「まあ、よくある話?」妖艶な人妻は、バランタインのお代わりを頼む。
「それで、どうした」と、友人はコーラを飲みながら聞いてくる。

「そしたら、彼女のアパートには同じ趣味のサークルの奴がいたんだ。僕とも仲のよかった奴がね。
まあ、お互い気まずいわけだ。
とってつけたように天気の話なんかしたりして。
気まずい雰囲気に負けたのか、彼女は僕たち二人を前にして、
「ごめん、決められないの」って言うんだ。
どっちにかなんて、決められないってな。
純朴な彼女だから、絞りきれなかったのかも知れない」

「それでも純朴なの?」妖艶な人妻が何杯目かのバランタインを飲み干す。

「まあ、若かったからな。
彼女もはじめて彼氏にしたいと思ったのが二人もいて、どうしていいのかわからなかったのかも知れない。好意的に解釈するとな。
まあ、彼女がそう言うのだから、仕方ないと、三人でデートしたりして。ゆるりと付き合っていたんだけど、分かるんだよ。何となくというか、はっきりと。
彼女の視線が、彼女の態度が、どうも自分に向いていない、少しだけよそよそしいってな。

ある日、彼女が僕のアパートに来たんだ。一人で。
玄関先で、それまで右手にしていたピンキーリングを外して僕に渡すんだ。
「ごめんなさい」っていってな。
それだけ言って、彼女は帰っていったよ。

渡されたピンキーリングを見ていると、
胸に穴が空いたような気になったな。
その穴を風が吹き抜けていくんだ。
人気のない、荒寥とした砂漠に吹く寂しい風がな。

でも、まあ、最後に、僕のピンキーリングの願いは叶ったよ。
彼女に幸せになって欲しいというのは。

彼女は幸せになった。

ただ、彼女を幸せにしたのは、僕じゃなかったけれどね」

わたしの長い話はおわった。

三人は、それぞれのグラスを僕のグラスにあわせてきた。

「彼女の幸せに!」と、華奢で可憐な彼女。何杯目かのハイネケンのグラスを持つ右手の小指からは、なぜかリングが消えていた。
「ちょっとかっこつけ過ぎじゃない」と、妖艶な人妻。もう何杯目か分からないバランタインだ。
「ご愁傷様でした」と、友人。グラスの中身はジンジャエールだ。

わたしは、話ながら、心の中に少しだけ寂寞の風が吹くのを感じていた。
しかし、話し終えると、すぐに風は止み、暖かい何かに満たされるのを感じたのだった。

 

***
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2016-07-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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