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メディアグランプリ

ホワイトデーにスポーツバックの中に包みが入っていたから……



記事:中村美香(ライティング・ゼミ)

今、私は、ママ友には“みかちゃん”と呼ばれている。子どもができたら、“○○ちゃんママ”って呼ばれるって思っていたので、とても嬉しい。名前を呼んでもらえると20歳くらい若返った気がする。

ところが、名前を呼ばれるのが嫌だった時期がある。高校生、短大生、そして社会人になってもしばらくの間は、
「なんて呼べばいい?」
と聞かれて、苗字かあるいはあだ名を作って呼んでもらうようにしていた。

中学3年生の3月14日から名前を呼ばれるのが嫌になったんだ。

中学3年生の時に、私には片思いをしている同級生がいた。彼は、スポーツもできるイケメンだった。当然、モテる。私にとっては別世界の人と思っていたけれど、初夏、修学旅行の時に、たまたま食事の席が近くて、ごはんつぶを片づけるために
「ちり紙ちょうだい」
とふいに言われた笑顔にキュンとしてしまい、恋に落ちてしまったんだ。

私は、多分、周りから見れば、真面目なだけという印象だったと思う。ところが、恋に関しては、好きになってしまうと、その思いをどうしても伝えたくなってしまうところがあった。この時も、夏休みに入り、ひと月半、その彼に会えなくなってしまうことがなんだかとても寂しくて、告白することにしたんだ。後先考えず、ただ、思いを伝えるために、ダイアルを回した。
「好きなんだけど……私のことどう思ってる?」
と言ったんだ。すると、
「えっ……なんとも思っていない」
って言われて玉砕。電話を切って、大泣きして、私の片思いは終わった……はずだった。

電話をかけるという思い切ったことをしておきながら、偶然、街で彼を見かけるとコソコソと隠れた。夏休み中は、彼を忘れるために時間を使ったはずだけど、2学期に学校で再会すると、気まずさだけ増して、好きという気持ちは残ったままだった。夏休み前に、こうした状況を想像しなかった自分を恨めしく思った。

テストの日には、出席番号順に机を並べるので、彼と隣になった。夏休み前は嬉しかったのに、今は気まずいだけ。彼は気にしていないのか、面白がっているのか
「消しゴム貸して」
とか話しかけてきたから、嫌われているわけではないとホッとした。だけど……「なんとも思っていない」のセリフが頭の中をリフレインしていた。

そして、秋が過ぎて、冬がやってきた。

もうこのまま卒業とともにお別れするんだろうと思っていた。けれど、周りの友だちがバレンタインデーに好きな子にチョコレートをあげる話を聞いていたら、チョコレートを渡したいという気持ちがむくむくと出てきてしまったんだ。そうなるともう気持ちは止められない! 彼の好きなギターとテニスラケットの形のチョコレートを用意し、雑誌の占いコーナーで知ったラッキーカラーの金色の包装紙に赤いリボンをかけて、帰りを急ぐ彼を追いかけて
「受け取ってください」
と言って渡した。

受け取ってもらうだけでよかった。本当にそれで終わりにするはずだった。けれど、
「チョコレートのこと、喜んでいたみたいよ。お返ししようかなって言ってたって!」
そんなことを友だちが言うもんだから、ちょっとだけ期待してしまったんだ。

そして、3月14日。噂は噂、お返しなんかくれるわけないよ! という思いと、だけど、ひょっとして……そんな淡い期待も入り混じりながら一日を過ごした。特に、何もなく、帰ろうとしたとき、スポーツバックの中に小さな包みが入っていることに気づいた。え? まさか? それをその場で手にすることはいけない気がして、いそいそと家に帰り、そっとその袋を開けてみた。

すると、キャンディーが3つとカセットテープが1本入っていた。手紙らしきものはない。まさか、このカセットテープにメッセージが入っているんじゃ……。ドキドキしながら、デッキにカセットテープをセットし、再生ボタンを押した。少しの静寂があり、始まったのは……TMネットワークの曲だった。なんでTMネットワークなの? この曲に意味があるのかな? あるいは、最後にメッセージが入っているのかな? ドキドキしながら両面聞き入った。しかし、最後まで聞いてもメッセージは入っていなかった。なんだろう? 全く意図が分からなかった。彼ではないのかな? だけど、彼以外にチョコレートは渡していないし、TMネットワークのカセットテープを受け取る相手も全く想像できない。とりあえず……電話してみよう、彼の家に!

あの夏休みの前の告白以来の2回目の電話。緊張したけれど、「お礼を言うだけ」って自分に言い聞かせて、ダイアルを回した。彼が出た。
「あの……お返しありがとう」
そう言うと彼は沈黙した。
「スポーツバックにキャンディーとカセットテープ入れてくれた?」
そう聞くと
「ううん。お返しなんてしてないけれど……」
ガーン、漫画みたいに頭に石を落とされた感じがした。
「そうか! ごめんね。ごめんね。じゃあね」
そう言って電話を切った。そしてまた大泣きした。

誰だよ! 誰が入れたんだよ! よりによってホワイトデーになんか入れるなよ。間違えたじゃないか! やり場のない怒りと恥ずかしさと悲しみに包まれた。さっきまでの幸福感が嘘のように消えた。

犯人がわかったのは翌日だった。友だちに
「みかちゃん! スポーツバックにカセットテープ入ってなかった?」
と聞かれた。
「もう一人のみかちゃんに借りたカセットテープを返したくて『みかちゃんのスポーツバックに入れておいて』って友だちに頼んだんだけど、間違えたみたい」
えー? そんなぁ! それで私がどれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってるの? と言ってやりたかったけれど、恥ずかしくて、それは、言えなかったんだ。
「入っていたよ。おかしいなって思ったよ」
と言って渡すことしかできなかった。大して謝ってももらえず、私の片思いは終わった。本当に終わった。

それがきっかけで、名前で呼ばれるのが嫌になった。同じ名前に敏感になったんだ。

こうして書いてみて、あの頃の私は、自分の気持ちだけで突っ走っていたんだなって気づいた。幼い恋心は、スポーツバックを間違ってしまっても謝らない友だちと同じくらい、身勝手なものだったのかな。だけど、だんだんと相手と向き合った恋ができるようになったのは、そういった苦さの積み重ねのおかげかもしれない。
 

***
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2016-07-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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