メディアグランプリ

彼女は、もうすぐ50歳だけど、いまだに火と水の違いも分からない


記事:西部直樹(ライティング・ゼミ)

う~む、「う」は、どこにあるのだ。
おっと、ここか。
次は、「り」だ、「り」はどこだ。りーりーりり、と。
そして、「あ」は、会った。ふふ、すぐに見つけてやった。
あとは、「げ」だ。濁音はどうするんだ。

「西部君、いつまでかかっているの!」
経理のまりこ先輩に叱られてしまった。
いや、そのキーがどこにあるのか、探していただけで……

新入社員の仕事にひとつに、伝票の入力というのがあった。
売上伝票や、経費伝票などなど
1980年代初頭に、新入社員となった私は、それまでパソコンのキーボードなどほとんど触ったことなかった。
まして、高級な最新の経理システムなど、どうすればいいのか。
しかも、キーボードはローマ字入力ではなく、カナ入力だった。
一文字一文字入れていくのだ。
どこにどの文字があるのかを探していくだけで、日が暮れてしまう。
悪戦苦闘の連続であった。
それを見かねた先輩が伝票の入力はしてくれるようになった。
あまりに遅くて、仕事が滞ってしまうのに業を煮やしたのだろう。

その先輩女性のキーボード入力は、神業のように早かった。
画面と伝票を見るだけで、キーボードを見ることなく、打ち込んでいくのだ。

以来、その会社を辞めるまで、コンピューターのキーボードに触ることはなかった。
だから、カナキーボードを覚えることもなかった。

が、次に転職したとある作家の事務所は、ワープロ(懐かしい)で仕事をしなくてはならず、しかもキーボードは、親指シフトだった。
最初、覚えるのは難しかったが、覚えてしまえば、カナ入力より格段に速く、のちに修得したローマ字入力の倍以上のスピードで入力できた。
親指シフトキーボードでブラインドタッチができるようになったのだ。
親指シフトのキー配列は、30年ほどたった今でも覚えている。右手は「はときいん」だ。
体に染みこんだものは、なかなか忘れない。

が、色々とあってその作家の事務所を辞め、次に入った会社は、親指シフトの会社とはライバル関係に近い会社だった。だから、当然のようにキーボードは普通のQWERTY配列のキーボードだった。親指シフトは使えない。使わせてもらえなかった。
それで、仕方なくローマ字入力を覚え、なんとかブラインドタッチができるようになった。

できてしまえば、どこに何のキーがあるのかを探ることもない。キーボードを見ながら打つ方がかえって遅くなるくらいだ。

自転車に乗るのと同じように、最初は難しく感じるけれども、なれてしまえば体が覚えているので、意識することなく使えるようになるのだ。

経験を積むということは、このように無意識に、意識的にすることなく、自転車に乗るみたいに、迷わず家に帰り着くように、できることが増えていくということなんだな。

過日、SNSでとある人が「今日は祝日だったのか、知らなかった」と呟いていた。
曜日に関係なく働いていたり、週単位の決まり事のない仕事をしていたりすると、曜日の感覚がなくなってくる。ましてや、イレギュラーに入る祝日など、覚えていない、というのは分かるような気がする。
自営の私は、出勤がないし、曜日に関係なく仕事はあるし、曜日の感覚はなくなりそうなのだが、これがなくならない。

仕事柄か、というとそうでもない。仕事は年単位で進んでいく。半年先、1年先のスケジュールが入ってしまう。だから、いつ、どこで仕事があるのかは、頭の中に入っている。でも、入っているのは日付だから、曜日までは気が回っていない。

朝起きるというか、夜寝る前に、明日は何曜日だから、あれだな。ともう起きたときの段取りを組んでから寝るようになっている。

自営なので、曜日毎の会議があるわけではない。
取引先との会食があるわけでもない。

あるのは、
ゴミの日だ。

我が家の地域のゴミの収集は、月・水・金が燃やせるゴミ、土曜日が資源ゴミ、隔週の木曜日が燃やせないゴミ(乾電池とか、資源ゴミにならないものたち)となっている。

日曜日の夜は、翌朝の段取りを考える。明日は燃えるゴミの日、月曜日はゴミが多くなる傾向にあるから、上の階から順番に集めて、ゴミ袋は1枚多めに使うかな。とか。
仕事で早く出なければならないから、夜のうちに集めておいてしまう、とか。
燃やせないゴミは、あれとあれを出してしまおうとか。

そして、月・水・金の朝は、起きるやいなやゴミを集め、袋を綴じ、家の前のゴミ集積所に持っていくのである。
もう、ルーティンなので、考えるようなこともない。体が勝手に動く。
居間の大きなゴミ箱を空にして、その他小さなゴミ箱の袋を替え、二階のゴミで一袋、一階で一袋と、ゴミの少ない時はひとつにまとめ、まとめ終わったら息子に、「学校に行く前に出しておきなさい」と父の威厳を持って命じるのである。

なぜ、私がこのように家庭内ゴミ収集の段取りまで考え、実行し、息子に命じるまでをやっているのか。
それは、妻がどうにもゴミに収集日を覚えるのが苦手だからだ。

なぜかは、分からないが、
今日はゴミの日だよ、というと毎回驚く。
え、そうなの、ゴミの日を気にしたことないから、という。

私が出張に行ったときは、明日は、燃えるゴミの日だから、忘れずに出してね。と念を押し、さらに当日の朝には、LINEで
「今日は、燃えるゴミの日、出してね」とメールをする。
そして、妻からは
「え、その日に言わないでよ」と返ってきたりする。
いや、前日にも言っておいたから。とは思うのだが……。

どうにもゴミの日を忘れるのである。
いまだに、火曜日に、
「今日はゴミを出す日だっけ?」といいだしたりする始末。
火曜日はゴミの収集はなく、水曜日が燃えるゴミの日なのに、
いまだに、火と水の違いも分からないのである。

しかたないので、私が我が家のゴミ収集係になり、このようなことから、曜日が体に染みこんでしまったのである。

だが、妻は、何年も前のことを鮮明に覚えていたりするのである。
ゴミの収集日を覚えられないことはないはずなのに……。

明日は、燃えるゴミの日だ。朝は……、何か、うまく妻にしてやられたような気もしないでもないが、まいいか。

 

***
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2016-07-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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