メディアグランプリ

ライティング・ゼミを受講して得られるものは、ライティングスキルではない。


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記事:たか(ライティングゼミ)

 

ライティング・ゼミは嘘つきである。

僕は当初、このゼミを「コピーライター養成講座」のような類のものと思っていた。

 

全然違った。

 

なぜ、僕はここまで傷ついて、怒り心頭なのか。

なぜ、僕は週に二回、日曜日の夜に、スキンヘッドで黒い服をまとったおじさんに会いに行っているのか。

 

こんなことになるなら、無駄に受信料を払い続けているNHKで「真田丸」でも見ていればよかった。

 

 

 

事の発端は、今年の4月の頭に遡る。

 

半年間の留学から帰国した僕は、留学中は封印していたFacebookを久々に開いた。

社会人に無事になられた友達のフィードをスクロールしていると、ある記事が目に入った。

 

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ2.0《日曜コース》」

 

天狼院書店。名前は以前から知っていた。

僕の大学時代のサークルの同期、川代紗生が大学時代に働いていたところだ。

ちょっとばかり興味があったので、過去に一回だけ店舗を訪れたことがあったけど、

川代もおらず、滞在時間10分ほどで退店してしまった。

 

それ以降も、川代が投稿する記事をさらっと読むくらいで、特に天狼院に対して深い興味を持つことはなかった。

 

ところが、何がどうしてなのかはわからないが、気付いたらFacebookのリンクから天狼院のウェブサイトに飛び、舐めるようにして告知文を見ていた。留学後の幸先が不安だったから? もともと文章を書くことに興味があったから? 大学時代、インターン先のメディアに文章を寄稿していたから? 自分なら上手く文章が書ける自信があったから?

 

それとも。

 

人生を変えたかったから?

 

今となっては、正確な理由はわからないない。が、ゼミの申し込み画面の前で、小一時間ほど静止していたのは事実だ。僕が告知案内を見た時は、ちょうどキックオフの会が終わって3日ほど経った頃で、参加するにはまだ十分な日にち的余裕があった。正直、稼ぎの面で1ヶ月に1万円づつ引かれるのはちょっと厳しいとは感じていた。ただ、ここでもし参加ボタンを押さなかったら、なんとなく一生後悔する気がしたのだ。ここで、ボタンを押す人生と押さない人生だったら、押す人生を選ぼうと思った。

 

僕は、参加ボタンを押し、ゼミ生へとなった。

 

意気揚々と文章を書いてやろうと望んだものの、やる気は一瞬にして削がれる。

 

書けない。

 

自分は書けると思っていた。中学高校の「言語技術」の授業の成績はいつも10だったし、大学受験の得意科目も国語だった。本も、まぁまぁ読んできたつもりだった。

 

冒頭で紹介した、スキンヘッドのおじさんというのは、天狼院書店の三浦店主のことだ。(おじさんと申し上げるのは、ひょっとしたら失礼かもしれない……)僕らゼミ生は彼からライティングスキルを享受している。

 

第一回目の講義で、ライティングスキルの秘伝のコツについては教わった。あまりにも単純すぎて、拍子抜けもいいとこだと思い、これなら余裕で書けると思ったのだが、なかなかそうはいかない。とりあえず、川代の文章を始め天狼院のwebサイトに掲載されている文章を読みまくった。

 

別段、理解が追いつかないことを書いているわけでもない。どちらかというと日常のありふれた経験を文章にしているだけだ。そう考えてると色々と変なイベントに参加してきた自分は、ネタの宝庫ではないかと思えるのだが、それでも書けない。

 

そこで何を血迷ったのか、文章が上手い人間、文章が書ける人間は、まぁまぁではなく、死ぬほど本を読んでいる人間である、という発想に至った。昔から、頭がいい人間は本を読む人間だと聞かされてきた。僕の父はそれはもう、一生敵わないと思えるほど頭がいいのだが、思い返せば確かに父はいつも本を読んでいた。

 

きっと、本を読めば、語彙の引き出しとか、表現方法とか、読まないとわからない感覚がつかめるんだ。いわば、ダイアモンドを生成するようなものだ。などと勝手に納得した自分は、3日で1冊は本を読むことを目標に、その日から本を買いあさり始めた。amazon、ブックオフ、新刊書点、大型書店などに、行く日々が増えた。

 

全く、天狼院のゼミに入ったおかげで、本への出費が半端無い。

どうしてくれるんですか。

全然稼ぎが無いんですよこっちは!

 

しかも、最初は好きな作家から読んでいたのだけど、だんだん好きな作家が影響された作家にも興味が出てきて、外国の文学や純文学も読まないといけない気分になって、気付いたら太宰と、川端とか、梶井とか、とりあえず知ってる純文学者に手を出すようになって。止まらないじゃないですか! いくら本買っても足りないですよ! 内容は普通に面白いし! しかも、本読む時間とお金を確保しようとしたら、飲みなんて昔ほど行けなくなったし、楽しみだった一人酒も、酔っ払うとちゃんと文章が読めなくなると思ってやめたし! 生活リズムが変わっちゃいましたよ!

 

それだけじゃない。本を読んで知識が増えると、別の本を読みながら、「ここで言ってることは、あの本のあの箇所と似ているかもしれない。あ、こっちは違うかもしれない!」と、さらに本を読むことが楽しくなってくる。

 

いいことしかないかよ!

 

まぁ、こんな愚痴を言ってもしょうがないわけで、僕は本を大量に読むことにしたわけだ。すると、それが功を奏したのかわからないが、だんだんと人様に読む価値を提供できるだけの、文章が書けるようになってきた。三浦さんからも、文章を評価していただくことが増えてきた。こうなると、すぐに調子にのるのが悪い癖で、このまま毎週面白い記事量産してやるぜ、と思っていた。

 

人生、そんな甘くなかった。

 

何週間か書いていると、ついにアイツがやってきた。「いやー、遅れて、ごめんごめん」なんて、居酒屋の席に入ってくるような感じでやってきた。願わくば登場して欲しくなかった彼だが、案の定僕の元にもやってきた。にんまりとした表情を顔に貼り付け、僕の隣にピタリとくっつく。

 

そう、ネタ切れだ。

 

ライティング・ゼミでは、ゼミ生は週に一度、自分の書いた記事を専用のFacebookページに投稿することが求められている。もちろん強制ではない。可能ならば、毎日書いて厳選したものを、ということだったが、そこまではさすがにできなかった。ただ、絶対に毎週投稿してやると、心に誓っていた。どんなにネタが思いつかなくても、どんなに自分の文章の出来が悪くても、とにかく書いて出していた。それに、1週でも書くことから逃げてしまうと、また次の週も、ということになるのが怖かった。

 

僕は、昔から逃げ癖というものがあった。嫌なこと、つらいことからは逃げる。逃げた先でまた何かあると逃げる。そうして追いつめられたところで奇跡的に真価を発揮するか、逃げれないからしょうがなく頑張るかのどちらかだった。

 

中学生の時、最初に入ったテニス部では、筋トレが辛くてすぐ逃げた。

高校の履修選択の時は、化学と物理が一向に理解できなくて、嫌いで逃げた。

現役の大学受験の時は、受かった大学に行きたくなさすぎて、自分の努力が足りないせいなのに、逃げて無理やり浪人させてもらった。

大学では、学祭の実行委員に足を突っ込むも、配属されたチームが装飾チームという看板やらなんやらを作るチームで、朝、早起きを求められて、嫌になって逃げた。

就活では、自分の興味のある分野以外は見ても時間の無駄だわぁ、と言い訳をして逃げた。

 

他にも書き出したら細かい逃げの歴史がごまんと出てくる。

だから、今回もネタ切れを言い訳にして逃げたら、絶対にまた逃げ癖が発動すると思って、どんなに時間がなくても、ネタが思いつかなくても、無理やりでも筆を進めた。

 

ネタ切れと戦う中、2つの打開策が見えてきた。

 

1つは、人工衛星作戦だ。これは、あらゆることにアンテナを張り、電波を捉えるという作戦だ。「今でしょ」でおなじみの林先生も、すべてのことに対して疑問を持ち、その疑問の中で出てくることにまた疑問を持つ、というサイクルを永遠と続けることで、人生に飽きることが無い、とおっしゃていた。それに倣って、僕も電車の中の女子高生の会話から、スタバで目の間に座ったお客さんが読んでる本や、小説で心惹かれたフレーズまで、興味と「なぜ」という気持ちを持つようにした。

 

するとどうだろう。世界が一気に広がって見えた。今まで、どうでもいいわーと思っていたことも、目の前で発生していることの根拠や理由が知りたくなって、退屈と感じることがなくなった。つまり、ゼミに入ったおかげで余計忙しくなったのだ! 脳がいつでもフル回転なのだ! どうしてくれるんですか! できることなら、余計な体力とか使わず、悠々自適に生きていけたらと思っていたのに。しかも、人生あんま楽しいことないなあ、と考えていたのに、一気に楽しくなったじゃないですか! 毎日脳が疲労困憊ですよ!! そのおかげで雑談力、対話力が上がった気もするし、自分から発信することや、いろいろなアイデアを組み合わせる力が上がった気がしている。 ありがとうございます!!

 

 

テンションを戻そう。

 

 

ネタ切れに対する対処法の2つ目は、自分を見ているもう一人の自分を作ることだ。自分のことを書けば、意外とネタはなんとかなる。いやいや、何を当たり前のことを、と思われるかもしれないが、自分のことを書くというのは、自分のいい部分にも悪い部分にも向き合わなければならない。

 

この悪い部分に目を向けるというのは、本当に苦しい。

 

そもそも、自分の弱みなんて恋人でもない限り見せないし、自分のダサい歴史とか、消し去りたい過去とか、そんなのわざわざ向き合いたくない。先ほどの、自分には逃げ癖がある、という話もどちらかというと人にしたくない。面接なんかで言ったら落とされるかもしれない。自分が、当事者でなく、傍観者で楽に生きていたかったという気持ちも、自意識過剰で人から、世間からの見た目、評価ばかり気にしていたことも、わかっていたけれど、表に出したいものではない。

 

できることなら、美しくいたいじゃないですか。醜い自分が好きな人とかいるわけないじゃないですか。嫉妬とか、侮蔑とか、そういう感情にあまり縁がなく生きてきた人にとっては、自分と向き合ってネタ出ししても、そこまで苦痛ではないかもしれないけれど、僕には苦痛の極みだ。臥薪嘗胆で生きなければいけないと言っても過言ではない。隠していた自分を引っ張り出して、それを文章にするためにわざわざ考えて、人前に晒すとか、ドMの極地でしかない。

 

それでも、今まで14記事ほど書いてきて、自分の嫌いな内面について書いた記事はいくつかある。認めたくない自分を、認めて、記事に書く。精神の自傷行為にも等しいこの行為は、今まで楽しければOK、楽であればOKと生きがちな自分を大いに反省する機会になった。

 

天狼院に通うようになって、ライティング・ゼミを受講することになって、自分がこれからどう変わらないといけないのかを考えることになるなんて思いもしなかった。弱い自分を引っ張り出して、うわべを着飾っている自分を殺して。弱い自分を1から鍛え直さないといけないと、気づくなんて。

 

 

「人生を変える」とはよく言ったものだ。

 

 

それは決して大言壮語ではなかった。

正確に言えば、僕はまだ変われてはいないのかもしれない。まだスタートラインに立つ直前の準備運動の段階かもしれない。ただ、少なくともそちら側のフィールドに立てた。もし、日曜の夜に「真田丸」を見ていたら、「堺雅人演技うまいわー」で、3か月が終わっていたかもしれない。

 

読書数が増えて、自分の中の知識と言葉が広がった。

身近なことにより興味を持つようになって、自分の世界が広がった。

弱い自分と向き合うことで、本当にこれから自分がどうしていくべきかを知ることができた。

 

今までの弱い自分にも怒り心頭だし、何でもっと早く天狼院と出会わなかったという点でも怒り心頭である。

 

冒頭で、ライティング・ゼミは嘘つきである、と述べたが、それは半分ホントで半分ウソだ。

ライティング・ゼミを受講し得られるものは、ライティング・スキル”だけ”ではない。

むしろ、それは副産物であるとさえ言える。

ライティング・ゼミで得られる本当の力は、自分を見つめ受け入れる力と世界をよく見る力だ。その力こそが、人生を変える。

 

嘘だと思ったら、ライティング・ゼミ、受講してみてはいかがですか?

 

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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2016-07-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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