【本当にあった 病院ウェディング】 父がくれた最期のプレゼント
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記事:土田 ひとみ(ライティング・ゼミ)
「手術を試みましたが……、がんは取り切れないほど広がっていました」
手術着のまま主治医は言った。
言いたくもないことを、なんとか絞り出して話しているようだった。私たち家族にとっても、聞きたくもない話だ。
でも、ここは、しっかり聞いていなくちゃ。
私は看護師。家族で唯一の医療者だ。
恐らく母は、パニックで主治医の話を覚えていないだろう。兄だって、聞きなれない医療用語を理解するのは大変だろう。
私がしっかりしなくちゃ。私がきちんと聞いておかなくちゃ。
変に専門用語を使いながら、主治医に質問していた気がする。
でも、ごめん。私もあまり内容を覚えていないんだ。
だって、私のお父さんが「末期がん」だなんて、そんなに簡単に受け入れられないよ。
私の父は、病気知らずで61歳まで元気に過ごしていた。昔から短気で頑固者で、病気の方が逃げていくような人物だった。
しかしある日、「胃がんです。家族を呼んでください」とテレビドラマのようなセリフを言われ、すぐに一度目の手術をすることになった。手術でがんは取り除かれ、予防のために抗がん剤を内服した。
看護師である私は、「まあ、よくある事例よね」と安心しきっていた。実際、手術と抗がん剤ですっかり元気になる患者をみてきたからだ。
しかし、一度目の手術から半年後、徐々に父の具合は悪くなっていった。食事もろくに摂れず、やせ細っていった。肥満を気にしていた腹は、すっかりえぐれ、あばら骨が浮き出るほどになった。顔も急激に老化が進んだように、どう見ても90代にしか見えないほどだった。目の前のやつれた患者を、自分の父親と認識するのに時間がかかる日もあったくらいだ。
二度目の手術を試みたけれど、腹を開けてみたら手の施しようがない状態だった。そして「末期がん」と告知された。
病気は全てを奪っていく。平凡だった日常も、自由も、希望も……。
父は昔からひねくれ者で、素直に愛情表現をしない。私も父にそっくりで、素直に「お父さん、大好き!」なんて言ったことはない。
父は私に「こんなわがまま娘、嫁に行くあてもなくて困った!」と言い、私は父に「お父さんに似た、短気で変わり者の人とは絶対に結婚しない!」と言い返した。私たちは、お互い憎まれ口の言い合いっこをするような親子だった。
しかし、言葉とは裏腹の照れた笑顔から愛情が十分に伝わっていたので、私は父に愛されていることを実感しながら大きくなった。
そんなわがまま娘も年頃になり、結婚を前提にお付き合いをする恋人ができた。残念ながら、ちょっぴり短気で、やや変わり者の彼だ。「父にそっくり」とまでは言わないが、「やっぱりお父さんに似た人を選んじゃった感」は否めなかった。
私は関東に住み、彼は関西に住んでいた。いわゆる遠距離恋愛だが、二人はぶつかり合いながらも仲良くやっていた。私は、他人に弱みを見せるのが苦手だったけれど、彼には弱いところも見せられるようになっていた。
父の「末期がん」が告知され数日経ったある日、私は彼に電話をかけた。
あの告知の日から、私はろくに泣かなかったけれど、彼に話した途端、嗚咽がでるほど泣いてしまった。
「お、父さんに……、おや、親孝行、し、したい……」
「お父さんに、は、花嫁、姿を見せたい!」
ぐちゃぐちゃで、言葉になったか分からなかったけれど、必死に伝えた。
彼に電話をする数時間前、私は、父からあるノートを見せてもらったのだ。
そこには、家族を想った詩のようなものが並んでいた。
『わが人生、咲くも散るも道は迷わじ』
『我死すと、妻と子供のことが気がかりなり』
続けて、父の両親に向けての言葉、母への言葉、兄への言葉……、
そして、私に向けての言葉もあった。
『ひとみよ……、お前の花嫁姿……』
たった一行だったけど、父の想いが伝わってきた。
「花嫁姿を見るまで死んでたまるか!」という強い意志と、「花嫁姿を見られないまま終わってしまうのか」という絶望と、両方を感じた。
ノートを見たまま黙っている私に、父は言った。
「点滴、入ったままでも結婚式に出られるかな?」
私は、「大丈夫だよ! 私の友達は看護師いっぱいだから、安心だぞ~!」と、ちょっとおちゃらけて答えた。
父は、私の花嫁姿を見ることに希望を持っている。
だから、私は恋人に伝えた。
父が生きている間に、花嫁姿を見せたいという無謀な願いを。
私たちは、結婚を前提に付き合っていたものの、それはあくまで自分たちだけの問題であって、お互いの両親に正式に挨拶をしていたわけではなかった。
その時点で父の余命は3カ月。意識がはっきりとしている期間は、もっと短いだろうと言われていた。
私は関東に住み、彼とその両親は関西、私の両親は東北、と物理的にも遠く、時間も限られており、どうしてよいのか全く分からなかった。
しかも、互いの両親は「結婚は一生ものなのだから、焦ってするものではない」と言う。花嫁姿が見たいと言っていた私の父ですら、「偽物の花嫁姿は見たくない」と、父親らしくかつ、わがままに言っていた。
解決策が見つからない。
しかし、私と恋人は「何としてでも父の夢を叶える」という、無謀なミッションに挑む決意をした。
ああでもない、こうでもない、と何度も電話で話をした。泣き叫ぶように喧嘩をする日もあった。そのままダメになってしまってもいいくらい、激しくぶつかり合った。
それでも二人は「何としてでも父の夢を叶える」という目標は見失わず、なんとか乗り越えた。
宣告された時間が残り1カ月となった頃、私たちのミッションはいよいよクライマックスを迎えようとしていた。
私たちはこの2カ月間、限られた時間の間に、互いの両親に挨拶をした。真剣に交際していることを、熱意だけで伝えた。そして、父に花嫁姿を見せるためのプランを立てたのだ。
父は、私たちの結婚式に出席することへの希望を持っている。その希望を失わずに、花嫁姿を見せる方法。しかも、偽物の花嫁ではない、本物の花嫁姿だ。
その難しい要望に応えられるプランを、ようやく見つけたのだ。
それは、フォトスタジオでウェディングフォトを撮り、そのスタジオに入院中の父を連れてくる。そして「結婚の許しを下さい」と、父に誓うというプラン。私たちはそれを「婚約式」と呼んだ。
この婚約式のプランを練るために、娘としての私と、看護師としての私が同時に、最大限に働いた。「父はどうしたら心から喜ぶのか」「点滴をした末期がんの患者が、どうしたら安全に安楽に婚約式に出席できるのか」問題点をひとつひとつつぶしていくように、地道に、綿密に計画を立てた。
そして、ようやくその日を迎えた。
前日のうちに、恋人とは関東で待ち合わせをした。そして当日、東京駅始発の山形新幹線に乗り込んだ。
日々の疲労が溜まっていたためか、私は新幹線に乗るとすぐに眠り込んだ。眠った私を乗せたまま新幹線は、関東平野を抜け、東北地方に入った。
そのとき、突然アナウンスが流れた。
正確に言うと流れていたらしい。すっかり熟睡していた私は、恋人に勢いよく起こされた。
「今、アナウンス流れてな、この新幹線、山形には行かへんって」
え?
理解できず、同じセリフをもう一度恋人に言ってもらった。
どうやら、地震の影響で山形行きの線路が使えなくなり、急遽、行き先を宮城県の仙台駅に変更するとの内容だったらしい。私たちが目指しているのは、山形県の新庄駅のはずなのに。
パニックになった私は、とりあえず、母に連絡をした。
「あのね、新幹線、新庄には行かないんだって。仙台に急遽、変更になったの!」たどたとしくも興奮気味に伝えると、母は弱々しい声で、思いもよらないことを口にした。
「実は、お父さんが今朝から40℃近い熱を出してて……。外出は無理だろうって……」
え?
私はフォトスタジオにも連絡した。
「あの、地震の影響で新幹線の行き先が変更になってしまって……。何時に到着できるか、全くよめないんです。それから、父の具合もよくないみたいで……」
そう伝えると、さらに絶望的な返事が返ってきた。
夕方から出張が入っているため、時間が大幅に遅れる場合は撮影できないというのだ。
え??
なにこれ。
なんで。
なんで、なんで、なんで!
何カ月も前から準備してきたのに!
問題がないか、何回も繰り返しシミュレーションして、計画立てて来たのに!
なんで! なんで!
病気のせいで、お父さんとの時間は、もうないのに!
最後の希望までも奪う気か!
私と恋人は、宮城県の仙台駅のホームに強制的に降ろされていた。そこは、父が待つ故郷からは遠く離れていた。
私は、ホームで泣き崩れた。
このまま悲劇のヒロインで終わっても、誰も文句を言えない状況だった。
だって、周りが全部「失敗」に向けて動くんだもん。
しゃがみこんで泣いている私に、恋人は立ったまま言った。
「ひとみはどうしたいん? お義父さんに何が何でも花嫁姿を見せるって覚悟はあるん?」
「……ある」
私は、ピタッと泣き止んで、でも視線は低いまま答えた。
「ほな、今日しかないで。お義父さんの状況を考えると、もうこの先チャンスがあるかどうか分からへんで」
恋人がそう言ってから、30秒ほど私は黙っていた。
そしてゆっくりと立ち上がり、決意した。
「絶対に今日、お父さんに花嫁姿を見せる! お父さんの夢を叶える!」
覚悟を決めてからの行動は早かった。
すぐに母やフォトスタジオと連絡を取り合い、解決策をなんとか見つけようとした。
「今日じゃなきゃダメなんです。お願いします!」
そこには、熱意だけしかなかった。
父も何とか娘の花嫁姿を見たかったのだろう。
熱でうなされながら、担当の看護師に話したそうだ。
「……花嫁さんが乗れる車はあるだろうか?」やつれた患者がそう言うと、看護師は熱で朦朧としているのだろうと思ったのか、優しく頷くだけだった。しかし、付き添っていた母が泣きながら事情を話すと、すぐに動いてくれた。
フォトスタジオの方でも、病院に連絡を入れてくれ、スケジュールも最大限協力してもらえることになった。
そして私たちも、駅員さんに喰らい付くように、確実に、最速で、父の待つ新庄駅に向かえるルートを聞き出した。
そして、奇跡は起きた。
病院内で、婚約式を行うことになったのだ。
病院は、私たちのために大部屋一つを空けてくれたのだ。
私も看護師だから分かる。忙しい業務の中、急遽、大部屋を空けるなんてことはまず無理だ。よっぽど大変な思いをして動いてくれたのだろう。しかも、ベッドや点滴台など、いかにも病院らしいものを全てなくしてくれたのだ。それは、まさにウェディングにふさわしい、清潔感のある綺麗な空間になっていた。
父も、痛み止めと解熱剤を調節してもらい、なんとか車いすで移動できるほどになっていた。
綿密な計画はほとんど崩れたが、これでいよいよ開始できる。
最後の仕上げに、私と恋人はカーテンの陰でこっそりとウェディング衣装に身を包んだ。
私たちが計画した婚約式は、『病院ウェディング』に形を変え、執り行われたのだ。
「どうぞ!」
母に車いすを押され、父はゆっくりと入ってきた。
「ご対面!」
カーテンがシャッと開かれた。
そして、父親は、花嫁姿の娘と対面した。
「綺麗だ……」そうつぶやくと、しわしわの顔をさらにしわくちゃにして涙をぬぐった。
娘も同じように、泣き崩れた。
ようやく、ようやく、お父さんの夢を叶えられた。
もうダメかと思った。
でも叶えた。
私は花嫁らしく恋人の脇に立ち、父と向かい合わせになった。
そして、かしこまって「お父さんと似たこの人と結婚したいです」と伝えた。
父は、「夫婦は、何事も協力して助け合っていくことが大切だ」とか、「俺に似て気が強いから、我慢することも必要だぞ」とか、いかにも結婚式で父親が言うようなセリフを言った。
他にもたくさんの言葉をくれたけれど、涙と病でかすれた声で、あまり聞き取れなかった。
ただ、父の目は、会場にいる誰よりも生命力に溢れていて、力強かった。
駆けつけてくれた親戚や、病院のスタッフたちも一緒に喜んでくれた。写真を撮ったり、笑いあったり、泣いて見せたり……、その空間は感動に溢れていた。
そして病院ウェディングが終わりに近づいた頃、私たちはしゃがんで車いすの父と視線を合わせた。
父は恋人と握手をし、「娘を頼んだよ、信じているからな」と言った。
そして
「生きていてよかった。こんな感動することがあるなんて……」と、私の顔を見て言ってくれた。
父のその何とも言えない笑顔を見て、私は気が付いた。
今まで病院は、健康とか自由とか幸福感を奪うところだと思っていた。
しかし、「死」と真剣に向き合う場所だからこそ、「生きていてよかった」と思うほどの感動も生まれるんじゃないか、と。
実際、『病院ウェディング』に感動した父は、「本物の結婚式も行くぞ!」と意気込み、希望を持つことができた。最期の最期まで。
それから一カ月後、父は他界した。
親孝行のために、と試みた『病院ウェディング』だったが、私は逆に父からかけがえのないプレゼントを受け取った。
それは、この『病院ウェディング』のような感動の体験を、多くの人に提供する看護師になるぞ、という勇気。
新しいことを成し遂げようとすると、必ず逆風が吹き荒れる。それも、この『病院ウェディング』で経験済みだ。
新しいことへの挑戦。これからの道のりは、ものすごく険しいかもしれない。
でも、やってみるよ。
お父さんがくれた最期のプレゼントを無駄にはしない。
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
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