メディアグランプリ

思い出の中の祖母は、ヘビをも恐れない怖いもの知らずだった


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記事:土田 ひとみ(ライティング・ゼミ)

「ばんちゃん! ヘビ! ヘビでたーーー!」
山形の田舎で暮らす祖母の家の周囲では、しょっちゅうヘビがでる。それから、タヌキもクマもでる。私も山形の田舎育ちではあるが、祖母の家は特に田舎だ。
そんな特別な田舎は、私にとって恐ろしいものばかりだった。
しかし、祖母にとってヘビは、『こずかい』に過ぎない。
祖母は、ヘビが出たと聞きつけると、どこからか木の枝を拾ってくる。先がY字になっているタイプのそれだ。
「ヘビ、どごさいだ?」
祖母は草むらに入っていく。ずんずん入っていく。
そして、Y字になった武器でヘビを捕らえる。
「うえぇぇーー」
私は、その後を観察し続けられなかったけれど、どうやらマムシを捕まえて売るらしい。誰が買ってくれるのかよく分からないけれど、いい『こずかい』になるらしい。だから、祖母はマムシが出ると捕まえにいく。

「ばんちゃんすごい! ヘビを捕まえられるなんて、ばんちゃんは怖いものなしだ!」
(私の田舎では、「おばあちゃん」のことを「ばんちゃん」と呼ぶ)

思い出の中の祖母は、本当に怖いものなしだった。
度胸があるし、社交性もある。誰とでもすぐに友達になるし、行動力も半端ない。
80歳が過ぎた頃、祖母は一人で新幹線に乗り、山形から神奈川の親戚の家まで行ったことがある。あんな年寄りを一人で新幹線に乗せて大丈夫なのだろうか、と家の者たちはひどく心配した。しかし、祖母は問題なく親戚の家にたどり着いただけでなく、友達も作って帰ってきたのだ。
たまたま新幹線の隣の席だった方に話しかけ、住所や電話番号の交換までしたという。恐ろしい社交性の持ち主だ。

以前、入院したときだってそうだ。
年をとってからの病気は大変だろうと、労いの気持ちいっぱいで見舞いにいった。
しかし、祖母は6人部屋の全員と友達になったらしく、家族背景から病状、今抱えている悩み事など、全てを把握していた。まるで刑事だ。本当に祖母は社交的な人である。

入院をしたことがあるといっても、体は丈夫な方だった。
大きな病気をしても、必ず完治して元気に退院してきたし、あのときだって祖母の不死身を実感した。

あの日、私は急な知らせを受けてひどく焦った。
「祖母が車にはねられて、救急病院に運ばれた」と言う知らせが入ったからだ。
私は、血の気が引くのを感じた。
急いで身支度をし、母と共に救急病院にかけつけた。救急病院は、私の家から10分くらいのところにあった。
いくら「怖いものなしのばんちゃん」でも車にはねられて無事なわけがない。
まだ外来が空いている時間だったため、整形外科や脳外科など、思い当たる窓口に行った。しかし、祖母の姿は見当たらない。
「もう入院したのかな。それとも緊急手術!?」
気持ちがどんどん焦ってくる。
祖母がどこにいるかは分からないし、詳しい情報もない。
どうしてよいのか分からずに、急患室の受付に尋ねた。
「すみません! うちの祖母、80……何歳だったかな。あの、車にはねられて、救急車で運ばれたと思うんです。
外来にはいないので入院していると思います。 部屋はどこでしょうか?」
窓口の方は親切だった。落ち着いた口調で、祖母の名前を言うよう指示してくれた。名前を伝えると、「お待ちくださいね」と優しく言い、名簿のようなものを見ながら一生懸命探してくれている様子だった。
しかし、様子がおかしい。
書類を見ながら首を傾げている。
そして奥の方に移動し、他のスタッフに何か訪ねはじめた。
「え……。どうしたのだろう。やっぱり緊急手術しているのかな。そうとう重症なのかな。」
私はどんどん不安になった。
窓口の奥にいる他のスタッフが、「ここに名前があるじゃない」というような仕草をし、先程とは違う書類を指差していた。
受付の方が、申し訳なさそうに窓口に帰ってきた。
「お待たせいたしました。
おばあ様は……、先程帰られました」

「帰られた?」

私は看護師だ。
患者様が亡くなり、自宅に帰ることを「帰られた」と表現することを知っている。

「えっ!?」

思わず大声が出る。

しかし受付の方は、ぽかんとした顔で
「はい。帰られましたよ?」と、また言う。

「ん?」

どうやら祖母は、幽霊の状態ではなく、足が生えたまま自宅に帰ったようだった。
しかし、高齢者が交通事故で運ばれて入院もせずに帰るとは、いったいどういうことだ。
詳しい状況は分からないけれど、私は急いで祖母の家に向かった。

祖母の家の前にはパトカーが止まっていた。
「パトカー!?」
私はドキドキしながら、家に近づくと、祖母はピンピンした様子で警察に事故の状況を話していた。
「このとき、こう歩いていたら……」と、身振り手振りをしながら、事故の様子をこと細やかに語っているところだった。

祖母は、右腕を痛めたものの大事には至らず、帰宅可能との診断を受けたのだ。
「車にはねられて、これだけで済んだなんて……。ばんちゃんは不死身だ! 怖いものなしだ!」

そんな祖母は、本当に怖いもの知らずで、弱点などないと思っていた。

しかし、よく思い出せば時々弱音を漏らしていた気がする。

私は仏壇の掃除をしながら、祖母の思い出を引っ張り出すかのように思い出していた。
そうだ。
確か、祖母は時々言っていた。
「ばんちゃん、いつ死ぬかわかならない……」そんな泣き言を。
そして
「ばんちゃんが死んでも、忘れないでいてけろな」と涙を浮かべて話していた。
祖母が弱気になったとき、いつも不安に思っていたことは「死んだあと忘れられること」だった。
誰かが亡くなったときや、体の調子がすぐれないとき、そして嬉しすぎることがあったとき、時々こうやって泣き言を言っていたのだ。
「そうか。ばんちゃんは、死んだあと忘れられることが一番怖かったんだな」
私は仏壇掃除の手を止め、ポツリとつぶやいてみる。

そうそくに火を灯し、線香に細い煙をあげる。
私は仏壇に向かって正座をし、いつもよりきちんと姿勢を正した。
手のひらを強く押し付け、正確に「合掌」したとき、電話が鳴った。
私は慌ててろうそくの火を消し、電話に出る。

「元気しったがや? 顔見せないさげ、ばんちゃん寂しいべやー!」
祖母からの電話だった。

そう。
「怖いもの知らずのばんちゃん」は92歳の今も元気いっぱい。
時々弱音は吐くけれども。

祖母との電話を終え、改めて仏壇に向かって合掌する。
「お父さん。あなたのお母さまは今日も元気ですよ」と、心の中でつぶやく。

私は、仏壇掃除の道具を片付け、身支度をはじめた。
「久しぶりに、ばんちゃんに会いに行こうかな」

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

 

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2016-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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