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メディアグランプリ

鳴き声をあげて寝る母へ


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記事:築地 海露穂(ライティング・ゼミ)

「おかえり」

インターフォンを鳴らすと母がドアを開けて出迎えてくれた。スーツケースを運び入れながらただいまと言おうとすると、最後までいい終わる前に喉が詰まった。我慢していた涙がどっとあふれてしばらくの間止まらなかった。

去年の三月、私は離婚した。それなりの覚悟
をして結婚したつもりだったのにあっけなく挫折した。実家に帰ると母はひたすら慰めてくれた。散々心配をかけた挙句さっさと出戻る情けない娘に甘かった。ゆっくり元気になりなさいと、いい年をした私を小さい子供のように抱きしめてくれた。

その日の夜、電気が消えて暗くなると母のお休みというやさしい声がした。甘えられる場所に帰ってきてしまった。父は他界しているので母はたった一人で私を嫁がせてくれた。寂しい思いを押し殺して見送ってくれたことはわかっていたのに。私は何をしているのだろう。

目を閉じるとぼんやりした意識の中で色んなひとの顔が浮かんだ。

何度もおめでとうといってくれた友人たち。お母さんを安心させてやりなさいといってくれた母方の祖父。私より先に嫁ぐのねといっていた姉。幸せを願ってくれたことへの感謝の気持ちと申し訳なさで息が苦しくなった。結婚のことを知っているみんなの記憶を消してしまいたい。すべてなかったことにできたら。結婚前に戻れたら。そうして現実逃避しているうちに、泣き疲れていたせいかやがて眠りに落ちた。

ぐごごごご

どのくらい寝たのだろう。

突如大きな音がして目が覚める。

ぐがががが

「……」

暗がりをスマートフォンの画面で照らすと、母が口を開けて寝ている。息をするたびにすさまじい音を発しているのだ。さっきゆっくり寝なさいといってくれた人と同一人物である。見なかったことにしてあげた方がいいなと思い、布団へ戻って目を閉じる。ひたすら心頭滅却を試みるも、結局その晩は眠れなかった。

次の晩も母はまたいびきを発した。カラオケでは声が小さいのに、なぜいびきはこれほど大きいのか。このままでは身がもたないと感じ、仕方なく母に相談することにした。

母は自分がいびきをかいている事実を知り大変驚いていた。信じられないといいながら恥ずかしがる母。どんな音だったのかと聞いてくるので再現する。ぐおーっと私がいうと、きゃーといいながら母が顔を手で覆う。そして嘘でしょ、と照れ笑いしながら尋ねてくる。中々信じてもらえず、いびきを何度も再現する。その度に楽しそうに爆笑する母。申し訳ないがそれどころじゃない。やがてぐったりした私に気が付くと、慌てて対策をすることにしてくれた。

ネットでいろいろ調べて口に貼るテープを購入。商品が届いた晩から、母は口にばんそうこうのようなテープを貼って寝てくれた。テープを貼ると母のいびきは口の隙間からすこし漏れて聞こえる小さな音にまで抑えられた。おかげで私は眠ることができた。

ところがそのテープはすぐに使うのを止めてしまった。効果はある。でもテープをした母が哀れでならなかったのだ。テープを貼った後はおやすみすら言えない。口を開けられず、黙って布団にうずくまる母を見て涙がでそうだった。他人の自由を奪うことがこんなにも切ないことだと思わなかった。

さらに、母も申し訳なさそうにテープを使いたくないといってきた。なにやら鼻の下が伸びた気がするというのだ。開きそうになる口を留めるために鼻の下が一晩中伸びたままになる。このままではカピパラになりそうだと悲しそうにする母。なんと可哀想なのか。もうやめるしかない。

テープをやめるとき母は私のことを気にかけて、いびきをかいていたら起こしてねといってくれた。予想通り母はまた爆音でいびきをかいて寝るようになった。私はやはり眠れなかったが、寝ている母を起こすなんて忍びなくてできなかった。仕方がないので、起きたまま母のいびきを聞いていることにした。

ふがーという音を繰り返した後、すぴーという音を繰り返す。母はオリジナリティあふれるいびきを次々と繰り出してくる。面白いいびきをかくとどんな顔をしてそのいびきを発しているのか気になり、静かにその顔をスマートフォンで照らす。脱力感たっぷりの顔は見ていて飽きない。

そんなことをしていたある晩、寝る前に母が今日はひどく疲れたといった。その晩もいびきをかく。また顔をチェックする。

すると母は、眉間にひどいしわをつくってとても苦しそうにしていた。何かを必死に訴えているような顔。それは、私がもう結婚はしたくないといったときと同じ顔だった。

そのとき、いびきをかく母は鳴いているようだった。母は私の親不孝に耐えて、仕事の辛さに耐えて、いつも何も言わずにやさしくしてくれた。そんな母が苦しそうにいびきをかいて寝る様子は、言葉にしきれない心と身体の疲れを訴えて鳴いているようだった。

これまでどれほど苦労をかけてきただろうか。起きているとき、一体どれほどのことを我慢してくれているのだろうか。私はちゃんと知らない。親でない私にはきっとわかっていないことばかりだ。

もう一度幸せになろう。

鳴りやまないいびきを聞きながらそう思った。結婚はもう、ちょっと、アレだが、仕事だって趣味だっていいじゃないか。何だっていいから真剣にやって人生をやり直そう。今度こそ母がずっと安心できるような幸せを手にしようと思った。

観察しているうちに、母は疲れた日ほどいびきをかくのだとわかった。今日も一日頑張って働いたのだよと家族に訴えるように鳴く。言葉にしない思いを伝えようとするみたいに鳴き声をあげる。いつも色んなものを我慢している母は、夜中に思い切り鳴いているのだ。

私がもう少しマシに生きられるようになったら、この音も小さくなるのだろうか。もっと安心させてあげられたら、母は静かに眠るようになるのだろうか。

真夜中の二時に、母の鳴き声を聞きながらぼんやり思う。

今度は耳栓を試そう。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

 

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2016-08-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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