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「6本指の犬は神なのか?」


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記事:松岡佐和(ライティング・ゼミ)

ある朝、犬を拾ってしまった。

まだ小さい。
黒ベースに茶色い毛が混じった、長めの毛のちょっとおしゃれな感じの犬。

拾う気なんてなかった。

川沿いの遊歩道の車止めに長いロープで繋がれて、なんとか逃れようと動き回っているうちに絡まってしまったのか、
自分の長いロープにぐるぐる巻きになってしまって、身動きが取れなくなっている子犬・・・。

早朝に遊歩道を散歩していたわたしは数メートル手前でその犬を認め、
「あ、やばい」と立ち止まり、見なかったことにしようとしました。

しかし同時に犬の方もわたしを認め、
「この人は、どうするつもり?」
と、もがいていた動きをピタッと止めて息を殺してこちらを注視。

互いに気配を殺しあい、感じあう真剣勝負の一瞬。

「ッッックション!」
くしゃみをして勝負に負けたのはわたし。

犬はそれを聞いて飛び上がり、大喜びではしゃぎまわりました。

「負けた・・・」

いさぎよく絡まっていたロープを解いたわたしは、彼を抱いて若い同居人のいる狭いアパートに帰りました。

「佐和さん、・・・わー、犬ー!? かーわいーーー!!!」

同居人の若い女の子は予想通りのハイテンションで迎えてくれました。

当時わたしはDV彼氏から逃げて身を隠しながら、電子機器の工場で働いていました。
彼とは沖縄の離島で出会って猛烈なモーションをかけられた末につきあい始め、最初はその日本人離れした手放しの愛情表現に感心していました。

わたしはどちらかというとクールな方で、
表に現れる感情に揺れがなく、
いつも幸福そうに微笑んで、
20代にして悟っているとまで言われていました。

後で思えばそれは自分のネガティブな感情を表現する機会を、自分で封印していただけのことだったのですが、
それが実生活の人間関係で問題になるはずもなく、
表向きには完璧に幸福に、人生は進んでいきました。

しかしわたしがわたしに禁じた影の部分はいつも出てくる機会をうかがっていたのでしょう。

ありとあらゆる下品で悪な要素を誇りを持って自分に許していたそのDV彼氏は
わたしにとっては怖くもあり、非常に魅力的で、うっかり尊敬してしまう存在でした。

少しサイキックでもあった彼は、
あの島で会う女性と結婚するかもしれない、と、島に渡って来る前に周りの人に言っていたそうです。

出会った瞬間から全力でつきまとわれました。

あまりにも正反対のわたしたちは、つきあい始めると恐ろしいほどに密着しました。
まるで陰と陽の化身同士が出会ってしまったかのように。

わたしは男性経験がなく、
年下の彼はすでに数十人かそれ以上。
うち何度かはレイプ同然だったらしく、酷い話を聞かされて、反応に困って顔をしかめたら、一応わたしには嫌われないようにと思うのか、反省しているかのような口調。

それでも妙に割り切りがよいわたしは、大して気にすることもなくつきあっていました。

そもそも一般的なステイタスとは真逆の位置で生きる旅人で詩人の彼には何も期待していませんでした。
彼がどういう人であろうと、わたしには直接の関係はない気がしていました。
人は人、自分は自分。

しかし彼のへんな詩と下手な歌や演奏に、音楽家の父のもとに生まれ、大学で日本画を専門に学んだわたしにはない生命力と生きた魂を感じました。

その点ではわたしは叶わない、と、わたしの魂は彼を尊敬していたのです。

彼はわたしのことを「日の当たる場所にいる人」と呼び、
自分はそうではないと言いました。

確かに話を聞くと、時々のきらめきに彩られた、挫折と苦難の人生のようでした。
彼の人生には常に破壊と暴力と裏切り、そして絶望がありました。

その場所からの底抜けの明るさとユーモア。

彼は全てをわたしにさらけ出して見てもらいたがり、それにより、彼自身にもわからないカタルシスが起こっているようでした。

訳がわからないなりにわたしは全てを見ました。
わたしは何を見てもあまり気にならなかったのです。
人は人、自分は自分。

彼にとってまるでわたしは理想の母か神のようでした。

「佐和ちゃんがお母さんだったらよかったのに」
「自分は佐和ちゃんの子供だったらよかった」
「佐和ちゃんの子供になりたい」
などと、幼少期に両親からの虐待を受けていた彼は言いました。

泳ぎの得意な彼は清流で岩につかまって、流れに揺られながら水の中に排便する様子までわたしに見せました。
彼は勝手に排便しておいて、水中に揺れる長い便がなかなか切れずに、恥ずかしそうにしていました。
なんでわたし、こんなの見てるんだろう、と、さすがにわたしも訳がわかりませんでしたよ。

あるいはわたしに対して幼児期をやり直して、彼は自分の幼少期を取り戻したかったのかもしれません。

付き合う期間が長くなるにつれ、彼は妄想によって拡大された、嫉妬に苦しむようになっていきました。
そして自己完結していたわたしは自分の存在によって、知らず知らずのうちに彼の魂を疎外していたのだと思います。

あるとき二人が写った写真を見ていると、
わたしは突然意識が拡大し、
過去生で二人が共に生きていたときの、映像を伴った膨大な情報が、一瞬にして脳裏に流れ込んできました。

その人生では彼は帆船に乗る親方で、
わたしはその奥さんでした。

人望厚く仕事熱心な彼は、プライベートでは自分の感情を持て余し、常に奥さんを殴りつけていました。
奥さんであったわたしは無条件にそれに耐え、暴力は人生の終わりまで続きました。

まるで記憶の稲妻に打たれたかのような、突然もたらされた情報にびっくりし、
そのときはまだわたしにメロメロで情熱的な彼でしたが、
「そのうち暴力が始まるのかな」と思いました。

じきに暴力がはじまって、それは日常化し、さらにエスカレートしていきました。
わたしはネガティブな感情を感じることが非常に難しく、
殴られてもあまり何も感じませんでした。
そしてわたしは実際、肉体的に強靭だったのかもしれません。

顔は腫れ上がり、骨も折れ、それでも冷静に全てを受け止めていました。

わたしは若い頃からひんぱんに体外離脱を繰り返していたこともあり、
自分の肉体的な痛みや感覚と自分自身を切り離して考えるクセもありました。

だから起こっていることに感情的に反応する回路が機能していませんでした。

彼は恐ろしがり
「どうして俺をコントロールするんだ!」と、逆上してコントロール不能に陥っていました。

わたしは彼に何も期待していませんでしたから、
彼がどうであろうと別れる理由もなかったのです。
人は人、わたしはわたし。

彼を拾う気なんてなかった。

でも彼はただ、わたしがこの世界に生きていることを心から喜んで、無邪気に腹を見せてきたのです。
負けた、と、感心してしまいました。

「俺と結婚してください」と土下座されました。

そんなことされても困る。

でもわたしは「負けた」と思いました。

完全降伏のものは人道的に保護されなければなりません。

しかしわたしに完全降伏したものの、自分の中の嫉妬心にさいなまれ、
彼は暴力でわたしを傷つけると同時に自分の精神を破壊していきました。

怯えて死にたがる彼。
なすすべもなく見ているわたし。

そのうちわたしの肉体が音を上げだしました。

自分の意思と裏腹に、彼の暴力に対してわたしの肉体は、反射的に叫んだり暴れたりするようになりました。

ああ、いい風に壊れてきた、と思いました。

彼にスクワット3000回を命じられ、数時間かけてやりきってしまうターミネーターのようなわたしの肉体。
その肉体が、永遠に続くいじめに反旗をひるがえすようになってきました。

悟ったような聖人的人格によって封をされていた、わたしの生命が戻ってきた瞬間でした。

暴力と共に国内や海外を移動する日々。

わたしは何度か彼からの逃亡を試みましたが、見えない絆に引き寄せられるかのように、また元の状態に戻りました。

沖縄で面接を受け、バイクと一緒にフェリーに乗って、三重の派遣会社の紹介する工場に二人で働きに行くことになりました。
しかしなかなか始まらない仕事。

そのような潮止まりのような行き場のない空気感の中で、彼が自分を完全に見失う瞬間がやってきました。
それまでは彼の苦悩と共に振るわれていた暴力でしたが、
三重のそのアパートで、これまでになく、彼は朗らかに楽しげに暴力を振るって、明るく暴れました。

「あ、終わった」

彼の人格が完全に壊れ、見えない糸で繋がれた絆がもう消えたことに気がついたわたしは、
貴重品や身の回りの物を入れて用意してあったリュックを掴み、アパートから走り出て全力で逃げました。

走っていくと彼は後から追ってきていたので、
後ろから通りがかってわたしを追い抜こうとしていた、任務を終えてスピードを出していたゴミ収集車を止めました。
ドライバーは状況を見てわたしを乗せ、急いでその場から離れてくれました。

バックミラーを見ると、彼は力なくまだゆっくり車を追っていて、その表情には虚脱感と、
架空の誰かに対する恥ずかしそうな表情が浮かんでいました。

それが直接彼を見た最後でした。

親切なドライバーは所持金のないわたしに1000円とテレホンカードをくれました。
わたしは三重の派遣会社に電話して迎えに来てもらい、状況を話して三重から離れた岐阜のアパートに匿ってもらいました。

そしてそこで仕事も斡旋してもらい、しばらく隠れて働きながら暮らしました。

一人になって落ち着くと、PTSDがあらわれて、突然動悸がしたりしたので以前から興味のあったカウンセリングに、これ幸いとクライアントとして通ってみたりもしました。

付き合う前は正反対だった2人でしたが、彼から逃げて一人になったときのわたしは、まるで彼の生き写しのようになっていました。
言葉のイントネーションも、言動も、何もかも。

そうしてわたしは内から湧き出るようにつぎつぎと、即興の絵を描くようになりました。

わたしは彼の魂を盗んだのでしょうか?

派遣会社は最初ワンルームマンションの部屋にわたしを住まわせ、そこはわたし以外の住人は全員単身のブラジル人で、
地球を半周した日本の地で、みな寂しい気持ちを抱えていたこともあり、ブラジル人の中に一人迷い込んだかのようなわたしにとてもよくしてくれました。

ブラジル人に癒された頃、派遣会社から引っ越しの指示が出て、若い日本人の女の子との二人暮らしになりました。
美しくて明るく、ちょっと下品な彼女は田舎のとても貧乏で兄弟姉妹の多い家庭に生まれ育ち、
親の借金の取り立てが始終家に来て、苦労してきたようでした。

自分をあまり大事にしていなかった美しい彼女とわたしは気が合い、
ずっと仲良く暮らしていました。

わたしはPTSDが抜けきらず、いつも精神は痛いほど緊張していて、
眠りの安らぎから逃れるかのように、毎朝4時15分に目が覚めていました。

それから出勤までの長い時間、することもないわたしは毎朝アパートの屋上に上がり、座って日の出を待ちました。
毎朝太陽が昇りきって眩しくて見ていられないほどになると屋上から降り、出勤時間が近づくまで毎日人けのない早朝のアパートの周辺をめくらめっぽうに歩き回りました。

すると遊歩道の車止めに子犬が繋がれて、自分の紐に絡まっているところに出くわしました。

犬の無邪気な喜びに屈服し、
ガックリした気持ちで彼を連れてアパートに戻りました。

ちょうどその2日後にわたしは兵庫の実家に戻ることになっていました。
父がインドでの演奏の依頼を受けたので、
一週間ほどの休みを取って、家族4人でインドに行く予定でした。

その頃までにはDV彼氏とのカタも完全についていて、わたしはもう身を隠してはいませんでした。
居場所を突き止められて金を請求されたため、わたしに義務はないのは知りながら、
(むしろわたしが慰謝料を請求できる立場であることは承知の上で)
彼の状況を鑑みて、手切れ金のつもりで77万送りました。

お前にはもう、今後いっさい用はない、と決意のほどを示したく、
スキンヘッドにした姿をプリクラで撮って彼に送りました。

それを見た彼は
「佐和ちゃん、似合うよ〜♪」
と嬉しそうでした。

彼には「逃げてくれてありがとう」と礼を言われました。
わたしは過去生とは違う選択をすることができ、人生ゲームのこのステージをクリアーしたことを知りました。

岐阜のアパートから兵庫の実家へは電車で戻るので、電車に乗る前に2時間ほど子犬を散歩させたら彼は疲れ果て、昏睡するように熟睡しました。
死んだように眠るその子犬を入れた段ボール箱とともに電車を乗り継いで、わたしは兵庫へ移動しました。

そして実家に子犬を置いてインドへ行き、
インドから戻っても犬はそのまま実家に置いて、わたしだけ岐阜での仕事に戻りました。

子犬を拾って彼を調べた時、うしろ足を見てギョッとしました。

子犬のうしろ足の親指のところには、小さな指が二つ付いていたからです。
指は指としての機能は果たしておらず、まるで今にも取れてしまいそうに邪魔な感じでプラプラしていました。
かわいい子犬だけど、奇形だから捨てられたのかな、と思いました。

子犬は実家で可愛がられ、成長するにつれ気の強さを表して、実家の先住者である雑種のハスキー犬を制してボスとなりました。

その後10年ほどで先住者のハスキーの雑種犬は死に、岐阜で拾われた可愛くて賢い6本指の犬は外飼いから内飼いに昇格しました。

その間にわたしはインドの霊感アーユルヴェーダドクターに、自分の身に危険が迫る時期を告げられてビビっていました。
非常に恐れてそのタイミングを迎えたのですが何も起こりませんでした。

しかしまさにそのタイミングに、6本指の犬は近所の犬に襲われて、腹を31針縫う大怪我をしました。

それを聞いてすぐにわたしは、彼がわたしの身代わりになった、と感じました。
わたしに恩があるもんなあ、と。

PTSDで脳が萎縮して人格異常になったのでしょうか、わたしは。

実家にいても、母や実家の家族に嫌われて悲しいときもありました。

そんなときも6本指の犬は変わらず全面的にわたしに親しく甘えてきました。
他の人間みんなとの間に壁があったときも、彼との間に壁はできませんでした。

今思うとDV彼氏との関係はだいたいにおいて悲惨でしたけれど、
人間というよりも少し珍獣めいた彼はわたしの魂からの動きや生き生きした感情を切望していました。

わたしの魂や感覚感情は幼少期から完全に封印され、それゆえにいつも安定して悟っていると言われたわたしでしたので、
魂むき出しのような彼にとってわたしは人間離れして神聖で優しくもある一方で、
人とは思えないほど無慈悲で冷淡で恐ろしい、魂を蝕む存在でした。

しかしわたしの心身は彼との付き合いの中で徐々に壊れ、今まで出したことのない感情が反射的に出るようになりました。

わたし自身はネガティブな感情表現をしてしまったとき、それを罪と感じ、強い罪悪感と恐れを感じましたが、
彼はそのことによってむしろ安心し、わたしのネガティブな感情表現をいとおしみ、むしろ喜んで柔らかく受け入れました。

罪にまみれた彼にとって、ようやく自分のフィールドでの共通言語を見出したような気持ちだったのかもしれません。

それは陽のあたる世界で公明正大に生きていたわたしには、生まれてこのかた体験したことのない関係性で、
そのようにやわらかくネガティブ表現を受け止められる体験は、
自分の根幹部分が世界にふわあと広がっていくような、これまで体験したことのない種類の安心感をもたらしました。

そのような種類の優しさは、彼がわたしに与えてくれた贈り物の一つです。

わたしはそれまで家庭では、ネガティブな要素を持っていない光の存在であることことが求められ、
幼いわたしは、家庭で生き残るために無言のその要望に自ら応えつづけ、自分の影の部分を強固に抑圧していたのでしょう。

わたしの影はその封印の扉を壊して開放してくれる暴力を、求めていたようです。

あるときどこかで6本指の犬は、南国の島々においては神様のようにみなされるという情報を目にしました。
今となってはその出典がどこだったのかなんてわかりません。

しかし実家で受け入れられ、非常に大事にされた、この捨てられていた6本指の犬は、場所が場所なら神様だったのか?

大事にされ具合からすると徳高く、来世があるなら次は人間だろうと思わせるような、彼はとても賢い犬でした。
捨てられて拾われた、自分の身をわきまえているかのように、
間抜けさのある先住犬のハスキーの雑種とは違って、
彼は他の犬には厳しく、人には従順で、軽薄さは見受けられませんでした。

犬の老化は人よりもずいぶん早く、
6本指の可愛い子犬はすぐに近所でも人気の青年犬となり、
先住犬のハスキーの雑種が死んだ時には残された彼も老犬となっていました。

犬を散歩する実家の家族も同じ年月だけ緩やかに年を重ね、
父も眼や心臓の手術を繰り返し、
弟たちは結婚したり子供が生まれたり離婚したり。

拾われてから17年経った今では6本指の子犬は介護される介護犬になりました。

歯も抜け目も見えず、腰も抜けて、ボケて夜中に叫びながら徘徊する6本指の犬。
用を足すにも介護が必要です。

実家の家族は犬に優しく、

マッサージや温灸をしてやり、高い肉や新鮮な魚を食わせ、
老いた犬が歩きやすいように実家の床には全面コルクボードが敷き詰められました。

今42歳のわたしですが、これまでの42年間、ずっと実家にはエアコンがありませんでした。
自然派の実家ではどんなに暑くても扇風機かうちわ。
それが6本指の犬の負担を減らすために、今年から実家にはエアコンが導入されました。犬のために。

悪の要素を身につけたわたしは、実家からは「出て行け」と言われ、
一抹の寂しさを感じながらも、わたしって完全に自由だと気がついて、
知り合いもいない長野の山奥に、一人で家を借りて住んでみました。

わたしが拾って実家に置いていった6本指の犬は
いつも完全に大事にされていて、
いまや様々な理由で体のあちこちから異臭が漂って、
いろんな色のいろんな汁が垂れていても、みんなに大事にされています。

わたしは小学生の息子も実家に置いてきました。
思えば色々なものを置いてきました。

息子は動物が好きで、実家でちょっと臭いけれど犬のいる暮らしも味わえて、
のら猫も外から入ってきては6本指の犬のご飯を食べています。

他の犬には厳しかった6本指の犬は猫にはなぜか優しくて、
争うことなく猫たちと共存しています。

6本指の犬はどこかの国では神様なのかもしれません。

わたしが拾ってナナと名付けた6本指の犬は、わたしが実家を去ってからも、
ずっとみんなの人生に寄り添ってきました。

市から表彰されるほど老いた彼に、残された時間はもうそんなに長くはないかもしれないけれど、
いつ死んでもきっと誰も後悔はしないでしょう。

ただいるだけで、すべての人から最良の部分と思いやりを引き出した彼。
彼は以前のわたしとは違って抑圧のない、純粋な光そのものだったと思います。

17歳のナナ。

彼を思うときわたしはいつも、
わたしのくしゃみで緊張から解き放たれ、大喜びしていたあの日の子犬が浮かびます。

最初の飼い主から捨てられて、幼いときに母親からも離された、ひとりぼっちの子犬ナナ。
しょんぼりとして肩を落とし、行き場のない表情をしていたナナ。

ナナと同じように世界から切り離されて、ひとりぼっちだったあの頃のわたし。

彼なんて拾うつもりはなかった。
どうせわたしは世話をしない。
面倒なのはまっぴらゴメン。

だけど彼らはかまわずに、閉じたわたしの人生に、喜びとともに入りこんできました。
わたしがこの世界に生きて存在していることが、彼らに喜びをもたらした。

6本指の犬は神なのか?

彼は完全な悪なのか?

彼らが肉体を去ったとき、わたしが肉体の縛りから自由になったとき、
答えは精妙なささやきとして、直接、わたしの魂が知ることができると思います。
 
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

 

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2016-08-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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