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7月15日、野球少年の夏は呆気なく終わった


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記事:永尾 文さま(ライティング・ゼミ)

ウ、ウ――――、ウウ――――。
夏の終わりはサイレンが告げる。試合の途中まで降っていた小雨は止み、空には綿をちぎって放り投げたような雲が浮かんでいた。
揺れる陽炎越しに、泥まみれのユニフォームがこちらに走ってくるのが見える。スタンドからは自然とねぎらいの拍手が沸き起こった。
一列にならんだ坊主頭、この無個性な頭のうちのどれかが、私の弟。
7月15日、全国高校野球選手権大会地区予選、敗退。
弟の夏は、梅雨明けを待たずして終わった。

『ひろくんの試合、見に来んね』
この試合に勝ったらベスト8なんよ、最後の試合かもしれんから、と母からメールが入ったのはつい数日前のこと。母らしくない急な誘いだ。
『そっか、行けたら行くね』
と、そっけなく返す。
行けたら行く、と答えるといつもはすぐにわかった、と引き下がるのにこの日の母は何度も念を押してきた。
『ひろくんが、お姉ちゃんに見にきてほしいって言っとるから』
『絶対に帰っておいで』
多くの野球少年にとって、高校三年生の夏は特別だ。
野球人生の集大成といっていい。全国高校野球選手権大会、いわゆる「甲子園」に挑戦できる最後の夏。少年野球から中学、高校と野球を続けてきたらしい弟にとっても、おそらく。
しかしながら、弟が少年野球を始めたことも、急に声が低くなったことも、高校3年生になったことも、私にはほとんど他人事だった。
冷たいと思われるかもしれないけれど、私が家を出たとき、7つ年の離れた彼はまだ11歳。野球なんかよりもテレビゲームが好きな現代っ子だった。背丈は私の腰の辺りまでしかなく、同級生の少年たちと遊んでいるのを見ると、弟だけ他の子より随分小さかったけれど、性格は年の割に理屈っぽく大人びていた。
だから、大学入学を機に私が家を出ることになって母も父さえも瞳を潤ませていたのに、最後の瞬間まで弟だけがクールだった。
「どうせ、すぐまた帰ってくるんでしょ。お姉ちゃん、寂しがりだから」
弟の予想に反して、私はあまり家に帰らなかった。帰りたくなかった。早く家を出て、家族のもとを離れたかったのだ。忙しいと理由をつけては、盆や正月に少し顔を見せるだけで、逃げるように家を出た。
両親は何も言わず、そさくさと出ていく私を悲しそうに見送ってくれた。傍らに立つ弟はクールに、しかし言い訳は許さないといった顔で私を見つめた。
「お姉ちゃん、次はいつ帰ってくるの?」
「んー、そうね。嫌になったらすぐ逃げて帰ってくるかも」
私の目とそっくりだと言われる彼の一重まぶたを直視できず、臆病な軽口でごまかした。
『お姉ちゃんに見にきてほしいって』
野球を始めたと聞いてから、弟の試合を見に行ったことは一度もない。両親はいつも揃って応援に行っていたようだけれど、私はその輪に入らなかった。
次勝てば、ベスト8、ねぇ……。弟が進学した高校は私も10年前に通っていた地元の進学校だ。在学中はおろか後にも先にも野球が強いイメージはなく、甲子園に進むなど万が一にも有り得ない。きっと次が最後の試合になるだろう。
弟の野球人生の幕引きになるかもしれない。
『わかったよ。試合の日、帰るから』
心を決めてメールをすると、母は即座にレスを返してきた。
『ありがとう』
と。

ピッチャー、ボールを投げる。
バッター、バットを振る。
当たった瞬間、澄んだ音がした。ツーアウト満塁のチャンスでこの当たりはもしかしたら――。
ボールが弧を描いて行く。落下点に泥だらけのユニフォームが走っていく。
ボールよ、落ちろ。地面に落ちろ。
都合のいい私の願いは聞き届けてはもらえなかった。はじめからそこが定位置だと決まっていたかのように、ボールは音もなくミットにおさまる。ヘルメットを脱いだ私の弟はバットで一度、地面を叩いた。
ウ、ウゥ――。
サイレンが鳴る。試合終了だ。
私が見に行った最初で最後の弟の試合は、呆気なく負けた。小雨のちらつくグラウンドは足場も悪く、両チームともエラーが多かった。茶色く色づいたボールがコロコロと転がっていくのは、見ていてなんとももどかしいものだ。加え、弟のチームは投手が不調のようで、なんども四球を出した。全体的にテンポの悪い試合運びの中で、なんとなく流れを掴めないまま点差をつけられて終わった。
「ひろくん、まさかラストバッターになるとはねぇ」
「最後、完全に腰引けとったもんなぁ」
「でも結構いい当たりやったやん」
「そうだな。いい音したから、ちょっと期待した」
隣に並んだ父と母は興奮ぎみに感想を述べ合っている。
私は少なからず、驚いた。私の記憶の中の両親は、いつも口論していて、仲のいい夫婦ではなかったからだ。
私たちは、決して『仲のいい家族』ではなかった。だから、私は居心地の悪いあの家から逃げた。
それが、弟の試合を二人揃って見に行き、二人揃って応援している。まるで仲のいい夫婦のように。
「どうだった? ひろくんの試合」
「あやは見たことなかったもんなぁ。ひろが野球を始めたときもう大学生だったから」
白い汗をぬぐいながら父が言う。
「ひろが野球を始めたきっかけ、あやだって知っとった?」
知らない。そんなこと聞いたことない。ぶんぶんと、首を振ると父は私の肩にぎこちなく触れた。
「ひろがご飯を一人で食べ始めた頃、あやは向かいに座っとったろ? あやが右手で箸を持つのを鏡で見て、ひろは左利きになったんだよな」
「そうそう。せっかくサウスポーになったんだから野球でもやらせればって昔言ってたわよね。それで、ひろくん野球やりたいって言い始めたのよ」
そんなの知らない。覚えていない。
他人事のように、思っていたから。自分の家から、逃げていたから。
子供部屋に並んだ二つの学習机。一つは「大学合格!」と掲げられた私の机。もう一つは、私が家を出た後で「野球選手になる!」と掲げられた弟の机。年の離れた私たちは同じ子供部屋で同時に勉強することはなかったし、私が高校生になってからは夜遅くまで勉強していたせいで弟は両親の寝室で一緒に寝ていた。
弟は年の割に大人びていて、わがままを言う子ではなかった。自分の部屋を追いやられても文句は言わなかった。
そんな弟の、おそらく最初で最後のわがまま。
『お姉ちゃんに試合を見にきてほしい。お父さんとお母さんと、お姉ちゃんの3人で』

最後に、この試合で引退になる3年生の、壮行会なるものがあるらしい。球場の外でPTAが垣根を作っている。
1年生、2年生が3年生の列に並び、握手を交わしていく。一人が終わるとまた次の列へ。在校生の次は保護者の番だ。3年生の父母が自分の息子の列に並ぶ。弟の列に父が並び、母が並び、そして私も後に続いた。
「ひろ、3年間よくがんばったな」
父が力強く握手を交わす。
「ひろくん、お疲れさま」
母が優しく手を握る。
その手が離れた瞬間、それまでにこにこしていた弟が、私に目を留め、一瞬にして表情を変えた。
くしゃくしゃになった顔に、涙が溢れだす。力の抜けた彼の手を強引にとって、ぎゅっと握った。汗でしっとりした手は、私のものより一回り以上大きかった。いつの間にこんなに大きくなっていたんだろう。背丈も私より10センチ以上高い。
「ほんとに、来てくれたんや」
「うん。見てたよ。最後のフルスイングもちゃんと見たよ」
ひくひくと上ずる声を抑えながら、弟は涙を拭った。大人びた弟はすぐ怒ったり泣いたりする感情的な私と違い、小さい頃からあまり泣かなかった。だから、こんな泣き顔を見るのはほとんど初めて。
弟の涙に思わず目が潤んだから、お疲れ様、と早口で言って離れた。彼の目にはまだ涙が浮かんでいたけれど、照れくさそうに笑って手を振ってくれた。少し離れた場所で私を待つ父と母も、心なしか目が赤い。私たち4人はお揃いの目で見つめあった。まるで『仲のいい家族』のように。

 

現在、高校を卒業した弟は、大学に入って野球をすっぱりやめた。代わりに、スポーツトレーナーを目指し、猛勉強中だ。
『野球選手になる!』と子供部屋に掲げられた目標はそのままにしてあるけれど、私はそれは彼の本当の夢ではなかったのかもしれないと思っている。
幼いながらも賢く健気だった弟は、不仲だった家族を一つにしたかったんじゃないかなぁ。
『お父さんとお母さんと、お姉ちゃんが揃って応援に来る日』を夢見て、目標を掲げたのだとしたら、彼の夏が呆気なく終わったあの日に、弟の夢は叶ったのだろうと思う。
そうであってほしい。

今度、家族4人で旅行にいくことになっている。実に15年ぶりの家族旅行だ。
彼の夏が終わった日、私たち家族は確かに、”始まった”のだ――。

***
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2016-09-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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