メディアグランプリ

恋人に浮気された友人Aが素晴らしくうらやましい


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遠山 涼さま(ライティング・ゼミ)

私の友人Aは無口だ。
自分から話題を出したり、話し始めることは少ない。
そんなAと居酒屋で呑んでいるときに、Aがめずらしく自分から切り出した。

「実はこの前、浮気されちゃって…」

すこし照れるように微笑みながらAは言った。
どうしてちょっと笑いながら、そんな話を始めるんだ?と、私はふしぎに思った。

「浮気って?何があったの?」
「久々に会った昔の恋人と、ホテル行ったみたい」

私はショックだった。
Aは無口だが、とにかくまじめで、やさしいやつだ。
誰の悪口も言わないし、人が見ていないところでこそ誠実な行動をとるようなやつ。
人として素晴らしい魅力を持ったAと恋仲にありながら、浮気をしてしまうなんて、とんでもなくヒドいヤツがいるもんだなと、私は思った。

とはいえ、私はAと恋人との関係をあまり知らない。
ずいぶん長く、おそらく3年以上は付き合っているということぐらいしか知らない。
Aは無口だったので、恋人の話を積極的に話はしなかった。
もしかすると、Aと恋人との関係は、最近あまりうまくいってなかったのだろうか?

「で、どうしたの? 別れたのか?」
「いや、許した」

そう答えるAが、私には情けなく、可哀そうに思えた。

Aの外見はお世辞にもいいとは言えない。
また、人として素晴らしい性格を持っているのに、異性を惹きつけるような色気が絶望的に足りないようだった。
今の恋人と別れてしまったら、もうAは一生ひとりなんじゃないかとすら少し思えるほどだ。
私の頭の中には、浮気した恋人に必死にしがみつき、すがりつくAの姿が浮かんだ。

私は続けて訊いた。
「よく許せたね。ふつうはそういう時って別れちゃうんじゃないの?」
「別に嫌いになった訳じゃないし」
「でも、浮気って一回許したら、ほぼ必ず繰り返すって聞いたことあるよ?」
「そうかもしれないけど、仕方ないじゃん。好きなんだから」

私の中の、悪い虫が動き出す。
今までの人生の中で『最近浮気されたばかりの人』に初めて出会った私は、Aがいまどんな心境なのか、どんどん興味がわいてきた。Aが恋人に女々しくしがみついているだけの単なる弱っちいやつなのか、それともある種の悟りを開いた崇高な人間なのか、それを見極めてやりたい。そんな好奇心がみるみる膨らんでいった。
私はすっかり、スキャンダルが発覚した芸能人に詰め寄る芸能リポーターのようになって、質問をAにぶつけていった。

「Aは怒らなかったの?」
「いや、死ぬほどムカついたよ」
「復讐してやろうとかは?」
「思ったし、実際、相手も突き止めたから復讐しようと思えば際限なく復讐できるよ」

Aはふだん大人しいが、頭の中で考えていることは、実はけっこう過激なやつなのだ。
さらっと出てきた「復讐」という言葉にも、嗜虐性がたっぷりこもっているように私には思えた。

「結局、本当はぜんぜん許せてないんじゃないの?」
「うん。まあ、たしかにまだ許せてはない。でも、全部忘れることに決めた」

口で言うのは容易いが、実際のところはどうなんだ???
私はAに詰め寄るインタビュアーでありながら、勝手に有罪無罪を判定する裁判官のようにもなっていた。
私の顔には、もしかすると笑顔がこぼれてしまっていたかもしれない。

思えば、Aとは長い付き合いである。
どういうきっかけで仲良くなったのかは覚えていないが、ずっと友人だ。
苦しいことも楽しいことも、割とAとは多く共有してきた。

だから私は、自分からはあまり話さないAがどうしたらぺらぺらと話してくれるか、その方法をよく心得ていた。
顔にこぼした笑顔をしまって、私は真剣な面持ちでその方法を実践した。
Aは私の質問攻めと口車にうまくはまり、ぺらぺらと話した。

「たしかに、また浮気されるかもしれないよ。何回も何回も繰り返すかもしれないのはたしかにそうだけど、でもさ、いつか浮気しなくなるかもしれないじゃん。結婚して、子供が出来て、それでも浮気とか不倫とか繰り返すようなやつだったとしても、さすがにおじいちゃんとおばあちゃん同士になったら、もう浮気なんてしなくなるでしょ? 最終的にそうなるなら、それまで待っても別にいいじゃん、と思って」

このあたりからようやく、Aに対する印象が変わってきた。
さっきまで私は、Aのことをただ女々しくてかっこ悪い奴だと思っていた。
しかしそれが、何故かAがうらやましく見えてきたのだ。

Aは、その恋人のことを計り知れないほど力強く愛しているようだった。
浮気されたくらいじゃ揺るがない相当タフな愛情がAの中にある。
それでいてごく自然に恋人への愛を語るAを見て、私はそれに気付かされた。

そしてそれが、私にはうらやましく思えた。
Aがするのと同じくらいに誰かを愛することが、私にもいつかできるのだろうか?
そもそも、そこまで愛そうと思えるような恋人に、私は果たして出会うことができるのだろうか?

「A、お前すごいな。普通はなかなか許せないよ。少なくとも別れちゃうでしょ」
「いやいや、別に許せた訳じゃないよ。復讐しようと思えばいつでもギリギリまで追い込めるし、まだそうしたいっていう気持ちが完全に消えたわけじゃないし」

Aのように、本当に相手を愛している人ほど、相手の浮気は許しがたいのだと思う。
浮気をして、もし簡単に許されたとしたら、それは愛されていない証拠だと思った方がいい。

「でも、これから先はいい方に進んでいくかもしれないでしょ。そういう可能性に賭けようと思ったんだよね。ムカつく!とか、復讐しなくちゃ気が済まない!とか、そういう気持ちも早く完全に忘れられるように、頑張ろうと思ってさ」

恋人の浮気を許そうとしているAの態度は、それでもある人から見ればやっぱりひどく情けなく、弱っちく見えるかもしれない。
実際、そういう風に考える人の方が多いだろう。
当然Aだって、そういう風に思われることを自覚できないくらい馬鹿ではない。

だからこそAはすごいんだよなあ、と私は思う。

浮気されたこともすべて忘れて、とてつもなく愛している恋人と、どれくらい先か分からなくても、いつか何事もなかったかのように笑えれば、その時はAの勝ちなのだ。

Aがますますうらやましくなってきた。
恋人に浮気された人間をうらやましく思うなんて、少しおかしくも思えるが、本当は全然おかしいことじゃない。

Aは愛に生きているのだ。傍から見れば恥ずかしいくらいに。そういう恥ずかしさをA自身も自覚しているんだけど、それも何もかも全部背負って、Aはわずかな可能性に賭けて戦い続けることを決めたんだろう。一生かかるかもしれない戦いだ。それでもAは挑み続ける。挑み続けながら、その恋人と生きていくんだろう。

それは素晴らしいことだと思うのだが、おかしいだろうか?

 

 

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2016-09-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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