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幸せな未来を金木犀に託して


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記事:永井里枝(ライティング・ゼミ)

「あれから何回引っ越したかな?」
歩いて5分程度の道すがら、そんなことを考えていた。
もともと飽き症の私は、仕事の都合やら、彼氏の都合なんかで引っ越しを繰り返している。なのに、どういうわけか最近、あの部屋のすぐ近くに舞い戻ってきてしまった。

もう一度、深くため息をつく。
化粧をしてこなかったことを後悔した。いや、これでいい。首を振ってまた歩き出す。
4年間、毎日のように通ったあの部屋が、もうすぐ見えてくる。

大学の2つ後輩だったY君を先に好きになったのは私だったと思う。無口のくせにイタズラ好きで、「変なやつ」と言われながらも周りから愛される存在だった。
研究室という特殊空間の中で、朝から深夜まで毎日顔を合わせるうち、付き合うようになるまでそれほど時間はかからなかった。

後になってから気づいたことなのだが、Y君は私の想像をはるかに超えて優秀な人だった。東大合格者を毎年20名近く輩出する進学校の出身で、学部での成績も常に上位らしい。とにかく、頭の回転が速い。試験勉強も、寝っ転がって教科書をペラペラめくっているだけのように見えたが、それで十分だった。いつも留年と隣り合わせだった私とは大違いだ。
そのうえ、家事に関しても完璧だった。
朝起きてすぐに洗濯機を回し、目玉焼きとウインナーを焼いてトーストにのせる。ざっとシャワーを浴びて着替えたら、食べ終わった食器をすぐに片付け、洗濯物をベランダに干して学校へ向かう。夜中に帰宅しても、買い置きしていた食材から焼きそばやチャーハンなどをパパっと作ってしまう。あまりの手際の良さに、ため息が出ることもあった。

こんな完璧な人と一緒にいてもいいのだろうか?
私ときたらいつもマイペースで、買い物に行っても何か1つは買い忘れるような人間である。
「私と一緒におって楽しいと?」
冗談交じりに、いや、けっこう真剣に聞くことが何度もあった。
その度に「楽しくなかったら一緒におらんやろ」といって笑うだけだった。

そう、Y君はよく笑う人だった。でも、それは私の前でだけだったような気がする。
これはあまり自慢できたことではないのだけれど、人のパーソナルスペースに土足で踏み込んで、心を抱きしめたくなる時がある。まったく、はた迷惑な話だと自分でも思う。だけど時々、それを待っている人もいる。Y君はおそらくその一人だった。

先に卒業を迎え、働き始めた私は、以前よりも時間がとれるようになった。一方でY君は徐々に忙しくなり、私が晩御飯を作って待つような生活だった。
いつしか会話の中には、聞き慣れない後輩の名前が増えた。新しく配属されてきた人たちと面識はあるものの、名前と顔がなかなか一致しなかった。その度「えっと、それは広島出身の人だっけ?」など見当違いなことを聞いてはY君を呆れさせていた。
同じチームになったというAさんの話は、特に多かった。色白で穏やかな顔立ちの、可愛らしい人だった。取り立てて優秀という感じではないがよく気がきくし、何かと手伝ってくれるので助かる、とのことだった。

やがてY君も就活をする時期になった。正直、彼の研究は企業には向かない。私はてっきり博士課程に行くものだと思っていたので、説明会から帰ったスーツ姿のY君に尋ねた。
「就職、するの?」
「んー。どうしたい?」
どうしたい? って聞かれても……
自分の事なのに、と思ったがその直後、私の事を気にしているのだとわかった。
つまり、私が早く結婚したいなら来年就職する、そうでなければ博士課程に進む、そう言いたいようだった。
「博士行きたいなら、行っていいんだよ」
迷うことなく私は答えた。しようと思えばいつでも結婚できる。当時、私は本気でそう思っていた。
「うん、そうする」
Y君にも迷いはなかったと思う。ようやく軌道に乗ってきた研究で大きな予算がとれそうなところまできていた。このまま博士に進学するべきだと2人とも思っていた。

春が嫌いになったのは、それから2年後のことだ。
年度末には大きな学会が重なり、1週間ほど福岡を離れるのが恒例になっていた。久しぶりに帰ってくるY君にご飯を作って待つことにした私は、ついうっかり昼寝をしてしまっていた。そこへ、両手に荷物とお土産を抱えたY君が帰ってきた。
「あーごめん、すぐご飯作るね」
眠い目をこすりながらキッチンへ立つ。
「カレーにしようかなと思うんだけど、いい? あの、いつものやつ」
返事が無い。Y君は両手に荷物を抱えたまま、玄関に立ち尽くしていた。
「どうしたの? ああ、疲れたよね、ごめんごめん。荷物、ほら」
受け取ろうと手を差し出したが、動く気配はなかった。
手からはぎ取るように荷物を受け取り、靴を脱がせて部屋へ入れると、Y君は買ってきたお土産をテーブルの上に並べ始めた。そして言った。
「俺、おかしくなっちゃったのかな?」
笑っているように見えたが、すぐに違うとわかった。
Y君の大きな瞳から溢れた涙が、白いシャツに大きなシミを作っていた。

その日、私たちは夕食もとらず、手をつないで眠った。

正直なところ、あんなに「朝が来ないでほしい」と思ったことはない。
目が覚めて、同じような状況だったらどうしよう。
いや、きっと長旅で疲れているだけだ。2~3日ちゃんと休めば大丈夫だろう。
そう祈りながら眠りについた。

しかし、翌朝も状況は変わっていなかった。
いや、悪い方に向かっているようにも、思えた。
「休んだ方がいい」という私に対し、「仕方ないんだよ!」と声を荒げた。
今まで1度もそんなことはなかった。小さな喧嘩をすることはあったが、喧嘩というのも憚られるような穏やかなものだった。
何か私に怒っているんじゃないか、とも考えたが、なにしろ直前の1週間は会っていない。お互いマメな方ではないので、メールもそれほどしていない。原因になるようなことは何一つ思い当たらなかった。

そのうちに、重い空気に耐え切れなくなった私は、夜中ひとりで散歩に出るようになった。
公園の横を通り、少し遠回りをしてコンビニへ入る。特に必要なものはない。店内を2周ほどゆっくりとまわり、アイスを1本買って帰る。やはり夕食にはあまり手をつけていないようだ。
「ブラックモンブラン、入れとくよ」
買ってきたアイスを冷凍庫に入れ、「先に寝るね」とベッドに入る。
しばらくしてキッチンからガサゴソと音がする。聞こえないふりをして、私はもう一度泣いた。

公園の桜は、しっかりとその花を見る前に散ってしまった。
いつのまにか緑色の葉が生い茂り、夏の匂いを感じるようになっていた。
Y君は相変わらずだったが、もう私は泣くことはなくなっていた。いや、正確には泣けなくなっていた。泣きたいと思っても涙は出ず、「おーおー」と情けない呻き声が漏れるだけだった。
体中の水分が目から出つくしてしまったかのようだった。
「涙って、枯れるんだな」
おかしくもないのに、少し笑った。

一度だけ「私、来ない方がいい?」と尋ねたことがある。体調の事は心配だが、会わない方が負担にならないのならそれでいいと思った。
「なんで?」
と怒ったようにY君は言った。それ以上は何も言えなかった。きっと、泣く場所が必要なんだ。私がそうなれるなら、一緒にいるべきなのかもしれない。いつまで続くか分からないこの暗闇を、一緒に歩いていこうと決めた。

おそらく、私は気づいていたんだと思う。
気づいていたのに、気づかないフリをしていたのだ。
気づかずに生活していれば、いつのまにかY君も元のようになり、平穏な生活に戻れると信じていた。実際、少しずつではあったが、笑顔を見ることも増えてきた。研究と生活とのバランスは崩れたままだったが、研究室にいる時には周囲に心配をかけることなく、ちゃんとやれているようだった。
私も深刻に考えすぎないようにと、自分の事に目を向け始めた時期だった。
彼が、Aさんの家に行っていることを知った。

わかりやすく言えば単なる浮気なのだと思う。でも、私にはそう簡単に怒ることはできなかった。Aさんが彼に好意を抱いていることも、彼がAさんに特別な信頼を寄せていることも多分わかっていた。その信頼が別の感情に昇華したとしても、何ら不思議はない。もう大学を離れてしまった私には、Y君を四六時中悩ます研究について、何の相談に乗ることもできない。私には叶わないところで、Y君を支えていたのだ。Aさんに対しても、怒る気持ちになれなかった。

かといって、私への気持ちが消えたわけではなかったと思う。Y君には、笑う場所も、泣く場所も必要だった。ただそれが、あの日、入れ替わっただけなんだと思う。

久しぶりに散歩に出ると、公園には金木犀が咲いていた。
この角を曲がってまっすぐ行くと、Aさんの家があるんだっけ。

ぼーっと立ち尽くしていると、向こうからAさんが歩いてくるような気がする。
「ごめんなさい」
「ううん、私がごめんなさい」
顔を上げることができない。
「仕方ないんだ……」
後ろからY君の声がしたような気がして振り返ると、誰もいなかった。

ふと、我に返った私は、コンビニにも寄らず家に帰った。

それから別れを決断するまでに、数か月かかった。
もし、出会う順番が逆だったとしたら、私はY君のことをきちんと支えてあげられただろうか? そう考えた時に、どうしてもAさんに勝てない気がしたのだ。
いっそ、性悪女だったら憎むこともできたのに。
でも、それでいい。もう私といても笑えないのなら、一緒に笑える人と生きていってほしい。
素直にそう思った。

別れることを決めた、と伝えた日、私はあらためて尋ねてみた。
「私のどこが好きやったと?」
今まで、一度もきちんと答えてもらったことはなかった。
「気持ち、ぜんぶ素直にぶつけてくるとこ。俺、そういうのできなくて……。だから、本当ごめん、ごめんね」
Y君は泣いていた。私も、久しぶりに泣けた。

それから半年以上、私の記憶はボッカリと抜け落ちている。
出口を失った感情が、頭の中で助けを求めていたのだろう。
そうだ、あの日私は全ての感情を飲み込んで部屋を出た。もっと伝えればよかった。でも土足で踏み込むような伝え方しか、私はできない。それじゃダメだ、それじゃ伝えきれない。私が伝えたかったのは、そんな単純なものじゃないんだ。
ありがとうとか、ごめんねとか、ずっとずっと言えなかった愛してるって言葉も、サヨナラだって、ちゃんと心と同じ大きさで伝えなきゃ。

あれから、もう3年近くが経つ。
2月にリリースしたばかりのCDと、Y君が好きだったカレーを持って、あの部屋の目の前までやってきた。音楽活動をきちんと始めたのは、Y君と別れたしばらく後だ。こんなに時間をかけるつもりはなかったのだけど、あの時の想いを形にするまでには、いくつもの山を越えなくてはならなかった。ようやくCDが完成したことを報告すると、Y君は春から他県の企業に勤めることになったと返事が来た。
「まだ、あの部屋に住んでるから……」という言葉に、「会いたい」と思わなかったわけではない。ただ、会ったらまた言えないかもしれない、サヨナラを。

だから、化粧をしないで家を出た。
万が一にも、インターホンを押さないために。
実際、Y君はそんなに気にしていないのかもしれない。
ずっと前に別れた女がCD持ってくる。ただそれだけのことだ。
でも私は、会ってしまったらサヨナラが言えずに、またきっと泣くだろう。
ここに来るまでの間だって、涙を堪えるのに必死だった。
結局1回しか行けなかった水族館のことや、バレンタインに作ってくれたケーキのことや、夜中まで残って発表用のポスター印刷をしたことや、私の誕生日なのに飲み過ぎたY君を担いで帰ったことなどが、走馬灯のようによみがえった。

成仏するんだな、やっと。
Y君と付き合っていた4年間に、きちんと終止符が打てた気がした。

「CD、ポストにいれといたから。荷物増やしちゃってごめんね」
家に帰ってから、メッセージを入れた。
「帰っちゃったの? 中にいたのに」
メッセージを開いて、そのままケータイを置いた。
「カレー、ありがとう。これ、なかなか売ってなくてさ」
続けてメッセージが入る。
「たまたま見かけたから。トマト缶で作ると美味しいよ」
「うん、ありがとう」
そこまで読んで大きく背伸びをした。

やっぱり、別れを選んだことは、間違いじゃなかったと思う。
ただ、むせかえるような金木犀の香りを嗅ぐ度に、つい考えてしまうのだ。
Y君と幸せになる、そんな未来も私にはあったんじゃないかと。
いつもの公園に小さなオレンジ色の花が咲くのは、まだ少し先だ。
もしそこで、あの日の私を見つけたら、そっと耳打ちしておこう。
なにも知らないままでいて、と。

 

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