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メディアグランプリ

天狼院ライティング・ゼミはマインドフルネスなのかもしれない。


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記事:との まきこ(ライティング・ゼミ)

 

ライティング・ゼミが始まってから、2週間近くたった。

ゼミ生には、「天狼院メディアグランプリ」に掲載するための記事を、毎週1本提出するという課題が与えられている。

同じように、「ふるさとグランプリ」というものへの記事も提出しないといけないのだが、書くのが遅く、ネタを見つけるのもヘタな私は、こちらはしばらく書かないことにした。その代わりといってはアレだが、メディアグランプリのための記事は、ほぼ毎日書くことにしている。

 

まずは、自分に近いテーマで書き始めるとよいといわれたので、自分に関すること、または自分に近い関係にあるものごとに関するネタで書くこととなる。

 

毎日毎日誰かと会うわけでもないし、ましてや仕事にすら行かない無職、かつひとり暮らしの私に、書くことなんてそんなにあるわけがない。

日記もブログも、何度トライしても三日坊主に終わったのは、別に続ける根性がないということではなく(いや、それもあるかもしれないが)、単にネタがないということが原因だったんじゃないかと改めて思う。

今のところ毎日続いていることといえば、ペット専門のSNSサイトに、我が家の猫の写真を投稿することくらいだ。へたにFacebookに投稿するより、よっぽど「いいね!」が多い。犬猫専門SNSの世界では、猫の挙動そのものがネタとして成立するからなのだろう。

 

さて、書くことがないといいつつも、毎日書くと決めたからには、ネタを探さなければならない。

ゼミはまだ始まったばかりとはいえ、毎日のことだ。一日一個としても、十数個のネタを見つけなくてはいけない。他人ではなくて、まずは自分周りのネタを。しかも毎日。

となると、なんでもネタにしなければいけないということだ。

いつもならスルーしてしまうようなこともネタにできないかと、地を這うようにネタ探しをすることになった。

 

他人や世の中のことなら、私でもそれなりにすらすらっと書ける。しかし、学者でも評論家でもない人の書いた上から目線の文章を読んで、だれが楽しいだろうか?

半年に1回ぐらい更新する私の休眠ブログも、だいたい世間の問題を否定的に書いて、最後になってちょっとエラそうな自分に気づき、「自戒を込めて」なんて締めくくってごまかしていた。今、自分で読んでも……ああ、つまらなすぎて、穴があったら入りたくなる。

 

作家やエッセイストなどのプロが書くエッセイがおもしろいのは、自分だったらやりすごしてしまうようなことを、言語化していることだ。時に面白おかしく。

だから、「そうそう、まさに!」とか「よくぞ書いてくれた!」と、著者との距離が一気に縮む。

それに、そういう人たちは、決して上から目線ではない。自分のヘンな癖や失敗や情けない部分を、こちらが心配になってしまうくらいに容赦なくそして素直に書く。だから読者は共感するのだ。

 

そこで、今までなんとも思ってなかったことに意識を向けてみることにした。日々の生活のあらゆる場面で、自分の感情がどう動いたのかを客観的に見てみる。どんなに些細なことでも。

専用のノートを用意し、気づいたことはすべてそこに書くようにした。「うれしい」「悲しい」「イラッとした」「なんか違和感がある」等々の感情と、そのときに起きたできごとをセットで書いた。

そうすると、ネタだけはたくさんできた。そのネタで書いて、メディアグランプリに掲載されるかは別にして。とはいえ、ライティング・ゼミで習ったことの復習と、ネタ探しの練習のためには、とりあえず書いてみるのはよいと思っている。

 

そうして、自分の感情に注意を向けて、だんだんとネタがストックされていくとともに、今まで気づかないままだった感情がおもてに出てくるようになった。

人には言えないような自分の短所とかブラックな部分とか、親に対する感情とか……。

提出するのもはばかられるようなネタもあった。内容が「閲覧注意」すぎるし、あまりにも個人的な内容で、私を知らない人がそれを読む動機がどこにもなさそうな記事。そういうものはパソコンの「提出しないフォルダ」に放り込んだ。

それでも、書いたことで自分の感情に対して客観的になった。

 

相手によく思われたいから我慢して、感情を抑圧して、でも抑圧しきれずに最後には爆発するということが、今まで少なからずあった。こんな状態では、相手によく思われたいどころか逆の結果を招く。そんなことを反省して、今度は、自分が何を感じているのかを見ないようにしてきた。こうして、鈍感な私ができあがったのだった。

 

ところが、この2週間ほどで違和感をちゃんと自覚できるようになったし、必要に応じてその違和感を相手に健全なかたちで伝えられるようになってきた。

「これってマインドフルネスかも?」と思った。

マインドフルネスとは、「意図的に、その瞬間に、判断をせずに、注意を払うこと」(『マインドフルネスを始めたいあなたへ』星和書店、2012年より)のこと。ストレスを減少させるほか、集中力を強化できるといわれている。

すぐにイライラする癖をどうにかしたいという動機で、私はけっこう長いことマインドフルネスを実践しようとしてきたが、これがなかなか難しい。気がつくと、ネガティブな感情と一体化していて、イライラ、プンスカすることがなかなか減らなかった。

 

メディアグランプリのネタ探しに必死になっている間に、「意図的に、その瞬間に、判断をせずに、注意を払うこと」ができるようになっていたのだ。感情を見ないようにしてきた結果、ものすごく鈍感になっていた私が、「意図的に、注意を払う」ようになるとは。

 

飲食店などで店の人がものすごく感じ悪いとき。今まで私はイラッとした感情と一体化していた。感情を見ないから、「なんなのこの店!」というひとりごとすら出てこなかった。ただ、ひたすらイライラしていた。

今は、同じ状況になっても、やっぱりものすごくムカつく。でも、次の瞬間「あ、このムカつきはネタになるかも」と思って、クールダウンするのだ。

 

自分はなぜ感じの悪い店員にイラつくのかとかという自分側のことも、なぜこの人はこんなに感じが悪いのかという相手側のことも、もしかしたら感じが悪いのは私の感じが悪いからなのか等々、なにか書くためのネタになるのではないか、なんてことを思うようになった。掲載オーケーが出るかどうかはわからないが。

 

書くために、自分の感情に気づいて、それを遠くから眺めることで自分が楽に生きるようになる。そして、記事のネタにもなる。

ライティング・ゼミの募集記事に「人生を変える」と書いてあったのを、私はこじつけもいいところだと思っていた。でも、こうやっていろいろなかたちで人生を変えてしまうのかもしれない。

天狼院のステマでもなんでもないが、私にとっては、一石二鳥のライティング・ゼミなのであった。

 

 
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

 

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2016-10-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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