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ある夜、朱い鳥居の向こう側で。


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記事:吉兼千陽(ライティング・ゼミ)

 

あれは去年の、梅雨入り直前のことでした。

湿気を含んで重くまとわりつく空気を引きずりながら、わたしは、夜の稲荷山を登っていました。

稲荷山−−そう、伏見稲荷大社です。永遠に続くのではないかと思われる、あの朱い鳥居のトンネル。

 

わたしの通う大学は、伏見稲荷大社の近くにあります。

そのため、とくにお酒が入ると、夜の稲荷登山に繰り出す学生が少なくありません。

わたしはというと、今までは、友人から夜の稲荷山に誘われても断っていました。

だって、夜は絶対に、神さまの領域です。人間の行く場所ではないのです。

 

それでもあの日、わたしはひとりで稲荷山を登っていました。

いっそ、神隠しにあって消えてしまえたらいい。そう思って。

 

昼間は多くの人でごった返す伏見稲荷大社ですが、夜は人もまばらで、とても静かです。

本殿のあたりにはまだ、手をつないで散歩をしているカップルやにぎやかな学生グループもいましたが、奥に行けば行くほど、静寂は深く、濃密に押し寄せてきます。鳥居の朱が、わたしを蝕みます。

 

ああここはもう、人間の世界ではないのかもしれない。

そんなふうに思えてきたその時、唐突に朱いトンネルが終わりました。

 

目の前に、白い光がみえました。薄く照らし出された足元は、無機質なコンクリートの床。左右にはこれまたコンクリートの壁。あれ、ここは建物の中みたいだ。

稲荷にこんなところ、あったっけ?それとも、ほんとに、神隠し?

 

怖さがふつふつと湧いてきました。

でも、ここまできたら、行くしかない。

光に向かって、慎重に歩をすすめました。

 

近づいてみると、白い光は蛍光灯でした。コンクリートの床を、白くつめたく照らしています。

次第に、まわりがにぎやかになってきました。陽気におしゃべりする声、愉快な笑い声、ろれつのまわっていない歌声……。

ついさっきまでコンクリートだったはずの壁は、気づけば暖簾のかかったガラスの扉に変わっていました。中からもれ出すオレンジ色の光が、つめたい廊下をほのかにあたためています。両脇にひしめくのは、どうやら居酒屋のようです。

そうか。ここは飲み屋街か。

ひとつひとつは、カウンター席しかないちいさなお店。そのなかに、お酒のにおいと熱気と、たくさんの人がつめこまれていました。

 

楽しそうだな。

わたしも、お酒が飲みたくなりました。

 

ガラスの扉から中をのぞくと、どこも満席でした。ほとんどが、スーツ姿のサラリーマン。どうやらこちらの世界でも、今日は花金のようです。

うーん、どこか空かないかな。

そのとき、ひとつのお店の扉ががらりと開きました。

「ごちそうさま」という声とともに、ひとりの女の人が出てきました。背すじがすっと伸びた、きれいな人。歳は私より少し上、20代後半くらいでしょうか。

 

やった。空いた。

そう思って、そちらへ向かおうとした、そのとき。

 

こちらへ歩いてくる女の人と目が合いました。彼女はなぜかとても驚いたような顔をしました。

そしてすれ違うとき、寂しそうに、ふっとほほえみました。

 

振り返ると、わたしがたった今歩いてきた廊下の先に、出口がありました。さっきはなかったはずなのに。外は大きな道路らしく、車のヘッドライトが流れていきます。

彼女はその出口から外に出て、すぐに右に曲がって、見えなくなりました。

 

少しの間、狐につままれたような気持ちで、わたしはそこに固まっていました。

なに、今の?

あの人、どこかで会ったこと、あったっけ?

いや、あんなきれいな人、一度会ったら忘れるはずがない。でも。

心がざわざわして、息が苦しくなりました。

 

まあ、いい。ここは異世界なんだ。

早く一杯飲んで落ち着こう。

 

再び歩きだそうとしたとき、足元になにか落ちているのに気がつきました。

拾ってみると、四つ葉のクローバーをはさんだ、手作りらしい栞でした。

あの人が落としたのかな。

 

でも、彼女を追いかけるのはためらわれました。

さっきの彼女の反応を思い出すと、また、呼吸が浅くなるのを感じました。

別に、いいか。貴重品というわけでもないし。

それにわたしは、早くお酒が飲みたいのだ。

 

栞をかばんのポケットにしまって、彼女が出てきた店の暖簾をくぐりました。

 

カウンターの中にいたのは、50代くらいの、渋いおじさんでした。あまりお客さんに興味がなさそうな感じ。それでいて、無愛想ではない。

「いらっしゃい」という声は低く重く、耳の奥に沈んでいきました。

おじさんはおしぼりをわたしの目の前に置くと、わたしの目をまっすぐ見つめて、「お飲み物は」と訊いてきました。とっさに、目の前の黒板の、いちばん上に書かれた日本酒の名前を読み上げました。

 

わたしが座った席は、カウンターの右端から4番目。右隣には、ひとり静かに盃をかたむける若いサラリーマン。左隣は、30代前半くらいの女性二人組でした。

 

少しして、お酒とお通しがわたしの目の前に置かれました。これを口にしたらブタになっちゃったりしないよな? 一瞬どきりとしたものの、すぐに心の中で笑い飛ばしました。もうどうなってもいいやと思って、消えてなくなってしまってもいいやって思って、ここに来たんじゃないか。

 

涼やかに透きとおった液体を口に運びます。きりっとしたそれは喉元をするっと流れ落ちていって……。

ああ、うまい。もう酒さえあればぜんぶどうでもいいや。ああ、しみる。重かったからだがふわっと軽くなりました。こっそり自分の手を観察していたけれど、指がひづめに変わりそうな気配はありませんでした。

 

ふうっと息をついて改めてまわりを見まわしてみると、その店は本当にせまくて、席は10席ほどしかありませんでした。お客さんは左隣の女性ふたりとわたしを除き、みんなスーツ姿の男性。

 

ふうん。異世界のくせに、ふつうだな。

そんな感想を抱きつつ、お酒をちびちびと飲んでいると、右隣のサラリーマンがじっとこちらを見ていることに気がつきました。切れ長の目。

 

わたしと目が合うと、その人はちらりと笑って言いました。

「日本酒、お好きなんですか?」

 

なんだか、この人も寂しそうな笑い方をする。

 

「はい、まあ、好きです」

「学生さん?」

「はい」

「どこの大学ですか?」

 

大学名を言うと、その人はうれしそうに笑いました。

「僕の後輩ですね」

 

それからしばらく、大学の話で盛り上がりました。

その人が同じ学科の出身だったので、驚きました。

異世界のはずなのに、なんだかとても、現実的だ。

 

知らない、異世界の住人のはずのその人に、わたしは妙な親しみを感じはじめていました。今はたのしそうに思い出話をするその人が、はじめに見せた寂しそうな笑顔。あの笑顔がまぶたの裏にはりついてしまって、少しずつわたしの心をしめつけていきました。

 

ふと話が途切れたとき、わたしは彼に訊ねました。

「よく、ひとりで飲みに来られるんですか?」

彼はまた寂しそうに笑いました。

「いや、ひとりでは飲みません。今日もふたりで来ていたんですけどね」

 

あ、さっきの。

 

「喧嘩してしまったんです。おたがい、ちょっと疲れていて」

 

彼女の寂しそうなほほえみを思い出しました。

 

「さっきまでここにいた方ですよね。きれいな方ですね」

 

彼はわたしの顔をちらりと見て、ふっと口元をゆるめました。

 

「あなたは学生の頃の彼女にとても似ているんです。だからさっき、じろじろ見てしまって。すみません」

 

「いやいや、似てるなんて。彼女さんに失礼ですよ」

 

手をひらひらと振りながら、わたしはお酒を少し口に含んで、舌の上を転がしてから、ゆっくりと飲み込みました。

どうしてこんなに、どきどきしているんだろう。

 

「そうだ。これ、さっき拾ったんですけど、彼女さんのものではないですか?」

 

わたしは四つ葉のクローバーの栞をとりだして、彼に差し出しました。

彼はそれを受けとってまじまじと見つめると、また寂しそうに笑いました。

 

「こんなの、まだ持ってたんだ」

 

それはふたりがまだ学生だったころ、彼が彼女にプレゼントしたものでした。

 

「僕、四つ葉のクローバーを探すのが得意なんですよ」

 

「わたしの先輩にもそういう人、いますよ。男の人で。すぐ見つけちゃうんです」

 

そういえばこの人は、あの先輩にどこか似ている。

切れ長の目、ちょっと薄い眉。

 

わたしの心は、ますますきゅっと小さくなりました。

まぶたの裏にはりついた寂しそうな笑顔が、わたしの目を熱くにじませました。

 

 

 

 

「わたし、もうどうなってもいいやと思って、ここに来たんです」

 

彼は一瞬とまどいのような表情を浮かべたけれど、すぐにまっすぐにわたしを見つめてきました。

 

「何もかもうまくいかなくて。わたし、最近失敗ばっかりで。かわいくもないし、美人でもない。もう、なにもかも嫌なんです。どうしてかわからないけど、とにかく。自分のことが嫌い。許せないんです、自分という存在が」

 

いつのまにかわたしは泣いていました。彼はずっと、わたしの目を見つめていました。恥ずかしくて情けなくて、なんで初対面のしかも異世界のこの人にこんな話をしているんだろうと思いながら、どうしても止められませんでした。

 

じっと聴いていた彼が、ふと口を開きました。

 

「好きな人が、いるの?」

 

なんでこの人は、そんなことを訊くのだろう。

 

「だれかを好きっていう気持ちが、わかりません。人のこと、ほんとに好きになったこと、なくて。でも、もしいたとしても、こんなわたしのことを好きになってくれる人なんていません。だから」

 

だから、好きになったって無駄なんだ。

 

彼はなぜか、たのしそうにふふっと笑いました。

 

「ますます彼女に似てるなあ。彼女もあなたくらいの頃、同じように悩んでいました。失敗して、すごく落ち込んで、自信なくして。僕はまあ、そこにつけこんだということになるのかな」

 

言い方はわるいけど、と言って、彼はまたふふっと笑いました。

 

「彼女さんは美人だから、まだいいじゃないですか。わたしなんて」

 

「きみはきれいだよ」

 

うわぁ、この人こんなキザなこと、言うんだ。

 

「だって、僕の彼女にそっくりだもん」

 

 

 

 

「彼女さんのこと、とっても好きなんですね」

 

「まあね」

 

彼はいまさらのように、照れ笑いをうかべました。

 

「きみが一生懸命やっているのは、必ずだれかが見てるから。たとえば俺みたいなのとか」

 

「下心満載で、ってことですか」

 

わたしはいつのまにか笑っていました。

 

「そうそう。そしてきみが落ち込んでるところにつけこんで、近づくんだ」

 

あの先輩になら、近づかれてもいいなぁ。四つ葉のクローバーの栞、渡されたりして。

……あれ、わたし、何考えてるんだろ。

 

気づくと隣の彼からは、さっきまでの寂しそうな気配はなくなっていました。

切れ長の目に、力強さを感じるくらい。

 

「付き合いたてのころを思い出したよ。このあと、電話して仲直りする」

 

彼は明るく笑いました。

 

「きみも、もっと自分のこと、好きになっていいと思うよ」

 

彼はくいっとお酒を飲み干すと、じゃあね、と言って、わたしのぶんまでお金を払って、お店を出ていきました。

 

 

 

 

わたしはまたひとりで、お酒をちびちび飲みながら考えを巡らせました。

 

もしかして。もしかしてわたしがあんなにも落ち込んでいたのは、先輩のことが好きだったからなのか。

先輩に振り向いてほしくて、でもとくに美人でもなくて、失敗ばかりのどうしようもない女のことを好きになってくれるわけないから、だからわたしは……。

 

 

 

 

会いたいな。

 

先輩に、会いたい。

 

四つ葉のクローバーがもらえなくても、こっちを向いてくれなくてもいい、あの笑顔がみたい。切れ長の目、薄い眉。一見いかつい感じなのに、笑うととてもかわいい。ああやっぱり、あの人は先輩に似ていた。

 

そうだ。

 

帰らなきゃ。

 

 

 

 

 

 

お店を出て途方にくれました。

ここは、どこ?

異世界から現実に戻るにはどうしたらいいんだっけ?

ありとあらゆる物語を記憶の底からひっぱり出してみたけれど、いい方法は思いつきませんでした。

 

まあ、いい。とにかく来た道を帰ろう。

そう思って、さっき女の人が出ていった出口へ向かいました。

外へ出ようとして、右側に、小さな祠があることに気が付きました。

扉の前に、狐の置物がふたつ、向かい合わせに置いてあります。

お稲荷さんだ。

わたしは足を止めて、祠に向かって手を合わせました。

 

それからすうっとひとつ息を吸って、外の世界へ、足を踏み出しました。

 

 

 

 

 

 

あれから、一年半近く経ちました。

 

わたしは今日もまた、伏見稲荷大社を訪れました。

昼間の稲荷は、夜とはうって変わって、観光客の明るい笑い声で満ちています。

朱い鳥居も、太陽の光を浴びてぼんやりまどろんでいるようです。

 

わたしは人気の少ないベンチに腰を下ろして、さわやかな秋の空気を思いっきり吸いこみました。

おにぎりを頬張りながら、文庫本のページをめくります。

 

あの夜、どうやって帰ったのか、ぼんやりとした記憶しかありません。覚えているのは、帰り道、見上げた夜空に月がぽっかり浮かんでいて、京都タワーが月を刺してしまいそうなくらい、するどく、夜空にそびえていたことだけ。その光景があまりにもきれいで、しばし見とれてしまったことだけは、よく覚えています。

 

あの出来事がなんだったのかわたしに説明することはできないけれど、ひとつ言えるとしたら、あれは京都という街の混沌が成せるわざだったのではないでしょうか。

 

京都にはたくさんのうずまきみたいなブラックホールみたいな澱みがたくさんあって、わたしはたまたまそこに入り込んでしまったのではないか。

そう、思うことにしています。

きっと、伏見稲荷もそのひとつなのでしょう。

 

もしかしたら、いまあなたがすれ違った人は未来のあなたかもしれないし、昨日居酒屋で隣に座っていた人は、未来のあなたの、恋人かもしれない。

 

京都はそういう街だと思うのです。

 

わたしだって、今生きているのがもとの世界なのか、それともあの夜入りこんでしまった世界なのか、よくわかりません。

 

でも、どっちでもいいのです。

だってあの夜のおかげで、わたしは少しだけ、わたしという人間を受け入れることができたのだから。

 

 

 

 

さあ、今日もしゃきっと、がんばろう。

読みかけの文庫本に四つ葉のクローバーの栞をはさんで、わたしは立ち上がりました。

見上げると、真っ青な秋の空がすべてを包みこんで、やさしくほほえんでいました。

 

 

***
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2016-10-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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