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私を奴隷にしていた「あの子」を殺そうとした日々のこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:永井里枝(ライティング・ゼミ)

今日しかない。
ずっと温めてきた計画を実行するには、静かすぎる夜だった。
準備していた果物ナイフをそっと取り出す。
もう戻れない。
戻ろうなんて思わない。
今から私は、あの子を殺す。
やっと迎えた瞬間に、胸の高鳴りで耳が潰れそうだった。
誰にも気づかれていない。
逆手で持ち、大きく振り上げたナイフの刃先に映った私の目は、きっと笑っていただろう。
思い切って腕を振り下ろしたその時、メールの着信音が響いた。

私が「あの子」の奴隷になったのは、物心ついてすぐのことだったと思う。
周りからチヤホヤされることを、当たり前だと思っている。「世界は自分を中心に回っている」と疑いなく言えそうな彼女を、ある種の尊敬の眼差しで見ていたかもしれない。
そんな彼女は、大人の前と子供同士の時とでは、まるで態度を変えるとんでもない性格の子供だった。「いい子」と言われることに快感を覚える一方で、その言葉に自分の存在意義を見出しているような節があった。

やがて小学生になり、普通に生活しているだけでは「いい子」と呼ばれることはなくなったのだろう。周りと自分とを比較し、いかに自分が優れた人間であるかを主張するようになった。彼女の存在意義を保つため、私はそれをひたすら肯定し続けなければならなかった。
彼女の奴隷になったことを自覚したのは、この頃だったかもしれない。どうしても逃れ難い関係である彼女と生きて行くには、仕方のないことだと割り切るしかなかった。

残念なことに、彼女には友達と呼べる人がほとんどいなかった。自分の素晴らしさばかり主張しているような人間だから、当たり前だ。そのうちに、「友達がいない」のではなく「友達を作らない」のだと言い始めた。誰も自分のレベルについてこれない。誰も自分のことを理解できやしない。そう言って現実の世界から逃げるように、彼女は本を読むことに没頭した。

本の世界では、誰も彼女を否定することはなかった。
難しい哲学書の中で、彼女は自由になれたのかもしれない。
分厚い本を自慢げに電車の中で広げる姿を横目で見ながら、私は同情すら覚えていた。
「誰かこの子を抱きしめてあげて」と叫びだしそうな日もあった。
でも、それができるのは私ではなかった。私はただ、彼女の中にある承認欲求を少しだけ慰めることしかできなかった。

彼女の中で、あの子自身は完璧そのものだった。
誰からも愛され、認められ、尊敬される自分
それを演出するのに必死だった。
でも、実際はそうではなかった。
決して容姿は美しくなかったし、成績だってトップではなかった。
きっと、親からは愛されて育ったのだと思う。しかし彼女にとっては、それは十分ではなかったのだろう。もしくはもっと違う方法を望んでいたのかもしれない。
だからこそ、彼女の欲求を満たす存在として私が必要だったのだと思う。

実際のところ、それでいいと思っていた。
私がいることで彼女が生きていけるのなら、奴隷のままでもいいと思っていた。
だけど、私は彼女を殺そうと思った。
憎かったわけではない。恨んでいたわけでもない。可哀想だったからだ。
もう、見ていられなかったのだ。
膨れ上がった承認欲求を満たすことだけにとらわれて、現実世界から逸脱し始めていた。かろうじて繋ぎとめていた私という存在も、まるで目に入っていないようだった。
今まで奴隷として、求められることは何でもやってきたのに、自分の足で立てなくなった彼女はもう、私に何かを求めることもなくなってしまった。

殺してあげよう。

彼女を解放してあげるには、それしかないと思った。
生きている限り、彼女は自分自身の欲求に支配され続けるのだ。

そう決めてから実行に移すまで、とても長い時間がかかってしまった。
まず、どうやって彼女を殺すかという問題はとても難しかった。私は決して彼女を苦しめたいわけではない。できるだけ痛みなく、確実に殺してあげなければならない。当たり前のことだが、誰にもバレずに実行しなければならない。結局、多少の痛みは我慢してもらい、心臓をひと突きすることにした。

次に、場所を決めなければならなかった。人目につかず、それでいてきちんと発見される場所でなければならない。そして、彼女の最期にふさわしいところ。やはり彼女の自室なのではないかと思った。
もちろん家には家族もいるだろう。しかし、実行してしまえばその後のことは正直どうでもいい。私は彼女の奴隷として、死という形を持ってその生を完結させてあげるのだ。そこまでが私の使命であり、私の存在意義なのだ。

ナイフを買いに行った日、自分の手の内にある命の重さを感じた。
ああこれで、ようやく「あの子」も自由になれる。そう思った。

チャンスは突然訪れた。
新月の夜だったと思う。
準備していたナイフを、鞘からそっと引き抜くと、両手でぎゅっと握りしめた。
呼吸が浅くなる。
これで全部、終わるんだ。
今までありがとう、すぐに楽にしてあげるからね。
両耳に心臓を押し当てられたような爆音が、頭の中にこだまする。
そのまま、どれくらいの時間が経過しただろう。
ぼんやりとしていた視界の中に、はっきりと目標の位置を定めた。
次の瞬間、私は自分の心臓めがけて、一気にナイフを振り下ろした。

私が殺そうとしていた「あの子」は、私自身だった。
誰よりも私のことを愛し、そして哀れんでいた。
でも、私はまだ生きている。
あの時、メールの着信音が鳴ったのはほとんど奇跡としか言いようがなかった。
その音に驚いてナイフを落とし、心臓に刺さることなく胸をかすめただけだった。
左胸には5センチほどの切り傷ができただけで、失いかけた命を再び自分の中に呼び戻した。
メールをくれたのは、どうしようもないチャラチャラした男友達だった。まさか自分のメールが、私の命を救ったなんて、彼は今も知らないけれど、紛れもなく命の恩人だ。

私が私自身を殺そうとしたあの日のことは、今となっても、正直言って笑える話ではない。
でも、あの時私は私を殺せなくて、本当によかったと思う。
あの日以降も、どうしようもない出来事で現実から逃げたくなる日はたくさんあった。
それでも、生きている。
朝起きて、バタバタ準備して、仕事に行って、帰ってきてご飯を食べて、人と会って、一緒に笑って、そうやって毎日を、生きている。
人から見たら幸せなんかじゃないかもしれないけど、あの日の最悪な自分に比べたらどんな私でも最高なんじゃないだろうか。

強くなんてない。完璧なんかじゃない。
だからこそ、生きていて楽しいなと思えるようになったこと。
それを発信することがきっと、「あの日」を経験した自分の今の存在意義なのだ。

左胸の傷が、私に語りかけている。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-11-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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