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「ヒヨちゃん」という名のチキンと、私のクリスマス


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:石村 英美子(ライティング・ゼミ)

「どうしてチキン、食べる?」

エクアドル人のリタは、助詞があやしいものの、割と不自由なく日本語を話す。そして時々、回答に困るような質問をしてくる。

去年のクリスマスの少し前だった。職場の同僚だったリタは、営業から回ってきたクリスマスケーキとローストチキン・フライドチキンの「ご予約承り書」を見て素朴な疑問を私に投げかけてきたわけだが、もちろん私では答えられない。知らないもの。そんなこと。

「さぁ。わかんないけど、それで経済が回るんだよ」
「ケイザイ?」
「エコノミー」
「ノ! クリスマス、エコノミアちがう!」

しまった。世界一宗教節操のない日本人と違って、キリスト教圏の人にとってクリスマスは特別だ。失礼な言い方だったかも知れない。それにラテン系のリタの沸点は、なんていうかラテン系なのだ。変な地雷を踏まないうちに、私は言い直した。知らないのに。

「たぶんね、日本にはターキーがいないからだよ」
「あぁ、ないね。見たことない」
「だからチキンなんじゃない?」
「カラアゲ〜おいしいね〜」
「お、カラアゲ好きか」
「好きね。醤油と、ガーリック」
「なにそれ、超和風じゃん」

確かリタの国で鶏は、ポージョとかポーリョとか言った。お母さんが作ってくれた、揚げた鶏にサルサソースのようなものをかけた料理が、一番美味しいと教えてくれた。

リタは鶏の話に夢中になって、元の質問を忘れてしまったようだが、本来訊きたかったのは「なんで日本人はクリスマスを祝うの?」という事だったのだと思う。話をスライドされた事には気づいていない。しめしめ。

しかし本当になぜだろう。なぜクリスマスを祝うのか。あらためて考えてみても分からない。日本人はただのイベント好きなだけなんじゃないのか。でもそれ自体は別に構わない。よその国の祝い事だって、お祝いなんだから一緒にケーキ食べて祝えばいいじゃない。

ただ、クリスマスにチキンを見ると、私にはどうにも引っかかる事がある。

「一体どれだけの数のニワトリが消費されるのだろう?」

私の実家の生業は「養鶏場」である。
タマゴの方ではない。読んで字のごとく、鶏を養って大きくし「鶏肉」を出荷する。一度のサイクルで育てる鶏は22,000羽。これは養鶏場としては小規模な方だ。

まず「入雛(にゅうすう)」と呼ばれる作業。最初に孵化センターからダンボールに入ったヒヨコが運ばれてくるのだが、はっきり言ってかわいい。ものすごくかわいい。たまにうっかり白いゴム長靴を親だと思って必死に着いてくるやつもいて、猛烈にかわいい。

そいつらを、柔らかいおが屑を敷き詰めた囲いに入れる。かわいいからって躊躇してはいけない。ダンボール箱を「えいっ!」と逆さにして、ボトボトボトッ!と入れていく。必ず体から落ちるので怪我はしない。逆に、そーっと落とすと足から落ちて、ヒヨコのか細い足が折れてしまうのだ。

生まれたてのヒヨコは寒がりなので、ひと塊りに集まってめいめいにピヨピヨと鳴く。おびただしい数のピヨピヨが集まると「ざざぁああ」という音の塊になる。巨大な意思の集合体に思えてくるが、それぞれは特に何も考えてはいないだろう。

2週間程はヒヨコだった奴らだが、次第に黄色い羽毛の代わりに白い羽を生やし出す。段々ニワトリになっていくのだ。しかし生えたての羽は閉じているので、全身がから「串」が生えているような奇妙な状態になる。夜店でヒヨコを釣って飼ったことがある人はお分かりになるだろう、あの中途半端で可愛くない姿を。

肥育期間は約60日。いわゆる若鶏というやつだ。一般的に小売店で販売されているのはこのサイズ。少し早い45日出荷のは雛鳥。総菜コーナーでこんがり丸焼きになっているのがそれだ。

さて、飼料を食べ水を飲み、大きく育った鶏たちは、来た時と同じようにトラックに乗せられる。最後の「出荷」作業だ。

「補鶏」には人を雇う。できるだけ短時間のうちにコンテナに鶏を入れ、トラックに積み込まねばならない。鶏はバカだが、さすがに長時間コンテナに詰めっぱなしだとストレスで死ぬのだ。死んだ鶏は商品にならないので急ぐ必要がある。人海戦術で詰め込まれた鶏たちは、大型トラックで運ばれその日のうちに「お肉」になる。

よく「ボーイスカウトで鶏をさばいてトラウマになった」とか「食べられなくなった」なんて聞くけど、私の場合幼い頃から「いきもの」が「たべもの」に変わるのを見てきたので、何の違和感も疑問もなかった。

家で鶏を捌くこともあった。
学校から帰るとチラシの裏にお手紙が書いてあって、
「おやつは戸棚の中です。」と並列に、
「羽根をむしっておいてください」と書いてあった。
おやつを頬張りながら、頸動脈を切られて裏庭の柿の木にぶら下げられた鶏の羽根をむしったものだ。それはすでに私にとって「たべもの」だった。

出荷するコンテナには、決まった数の鶏を入れる。と、いうことは余りが出るということだ。それら出荷を免れた数羽の鶏は、別に拵えた小屋に入れられ他の鶏より長生きした。しかしそれも祝い事などの度に減っていった。

余った鶏の中に、ひときわ小さい鶏がいた。見るからに成長不良で、他の鶏たちにビクビク怯えながら餌をついばんでいた。動物は残酷で、弱いものには容赦なく攻撃する。小さい鶏の後頭部に血がにじんでいる事もあった。

なんだかとても腹が立った。お前らなんかただのたべもののくせに、一丁前に弱いものいじめなんかしやがって。私はその小さい鶏をえこひいきするようになった。新鮮な青菜を他の鶏に食べられないようにあげたり、取り替えたばかりの綺麗な水を最初に飲めるようにしてあげた。

そのうちその子も私から逃げなくなった。微妙に懐いたように思えた。その子をなんとなく「ヒヨちゃん」と呼ぶようになっていた。

ヒヨちゃんは成長不良だったが、それでも少しづつ大きくなった。ヒヨちゃんは雌鶏だったので、そのうち卵も産めるようになるかもしれない。そうしたらしめたものだ。卵を産む鶏は「たべもの」にされにくい。

そんなことを考えた数日後だった。
家に帰ると、大鍋にいっぱい煮物が作ってあった。匂いで分かる。あぁお腹が空いた。きっと里芋やコンニャクやゴボウや鶏肉……。

鶏肉?

鍋の蓋を取ってみた。蓋からボタボタとつゆが落ちた。湯気がおさまると、鍋の中が見えた。

ヒヨちゃんが煮えていた。
美味しそうに煮えていた。

ヒヨちゃんはもう、たべものになっていた。
なぜ他の鶏ではなくヒヨちゃんだと分かったのか。それは「頭」も入っていたからだ。見間違うわけない。雌鶏はヒヨちゃんだけだったのだから。

それでも猛烈にお腹が空いていた私は、迷った挙句ヒヨちゃんから一番離れたところに入っていたコンニャクを掴んでガチャンと蓋を閉じた。経験したことのない感情のまま、コンニャクを食べた。悔しいことにとても美味しかった。

その晩、夕食のおかずは当然その煮物だった。母は育ち盛りの私に「ほら、肉も食べなさい」と、ぶつ切りのモモ肉を取ってくれた。私はこの時に思った。

「食べなきゃ」

骨つきの肉を、軟骨までとてもきれいに食べたのを覚えている。
それまで私は、生きものを食べることは当然だし「やだ、かわいそう〜」なんて言いながら肉を食べる人には「じゃぁ食うなっ!!」と思っていた。だから食べた。食べないと失礼だと思った。

命のありがたみを、とかそんな大げさなことではない。食べなきゃいけないんだ。そして私が生きるんだ。私は食べたもので出来ている。

幸い、私は鶏肉を嫌いになったりはしなかった。
でももし、養鶏農家でない人がこんなことを経験したら、確かにトラウマになるかもしれない。だって今でも時々思うのだ「私はヒヨちゃんを食べたんだ」って。

クリスマスが近づく度に、私はケーキではなくチキンの予約の方に目が行く。何千、何万もの匿名のニワトリたちが、人々に食べられる。みんなチキンが大好きだ。うん、わたしも大好きだ。

リタは、しばらくカラーチラシをためつすがめつ見ていたが、素っ頓狂な声で言った。

「わたし、フライドチキンにする! エミコは?」
「え? リタ買うの?」
「買うよ。早くしたら2割引きよ?」
「ちゃっかりしてんな」
「いいじゃない、クリスマスよ。買ってあげるはプレゼント」
「あぁ、営業さんは喜んでくれるだろうけどね」
「はい! どれする?」

クリスマスはエコノミアじゃなかったのでは? しかし勢いに押され、ついわたしもチキンを予約してしまった。いいんだけどね、好きだから。

でもさ、買うのはいいんだけどねリタ。一緒に食べる人も探さなくちゃいけないんだ。

そっちの方が大変なんだよ!!!

とは、言えなかった。したがって三日間、夕食にチキンを食べた。いんだけどね、本当に好きだから!

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-11-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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