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失恋の直前には映画をたくさん観た方がいい


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:吉田裕子(ライティング・ゼミ)

その年の秋、私は取り憑かれたように映画を観ていた。それは主に邦画で、痛快な娯楽映画はほとんどなかったように記憶している。TSUTAYAに行っては4、5本のDVDを借り、1週間経つか経たないかのうちに観終えた。

熱心に映画を見るようになった、1つのきっかけは、ある女性との再会だった。

その元同僚に会うのは3年ぶりだった。なぜ間が空いたかというと、彼女がいわゆる「寿退社」をしたからだった。このご時世、妊娠ではなく、結婚のタイミングで退社するなんて珍しいように思うが、彼女は以前からそれを望んでいた。

彼女の憧れは、「金麦」だった。

皆さんは「金麦」のCMはご存知だろうか。檀れいさんが出演している、第三のビールのCMである。2007年頃からオンエアされていたもので、檀れいさんが「金麦と待ってる!」と笑う、あのCMである。

このCMで檀れいさんの演じる女性は、恐らく専業主婦。家を整え、料理を作り、金麦をキンキンに冷やして、旦那さんの帰りを甲斐甲斐しく(そして美しく)待っているのだろう。自分を支え、尽くしてくれる可愛い奥さん。長年の男性の憧れを具現化したかのようなCMは、少なからぬ女性から反発を招いたことを覚えている。

そんな賛否両論をよそに、熱烈にこのCMに憧れていたのが、彼女だった。

ほんの数年前、お昼を食べながら、そんな話をしていたとき、彼女にはお付き合いの相手もいなかった。しかし、その後に出会った男性と、あれよあれよと話が進んで、気が付けば、結婚で寿退社、やがて一児の母になっていたのである。

私はといえば、その頃、付き合っていた男性は、そのまま付き合っていたところで、結婚に至るような人ではなかった。しかも、その人とも疎遠になりつつあった。そんな私から見れば、結婚し、子どもにも恵まれたという彼女の境遇は大変羨ましく、「かねてからの憧れを叶えた気分はどう?」とでも、インタビューしたい気分だった。

しかし、彼女はそこまで浮かれてはいなかった。むしろ、ブルーだった。

それは、もともと折れてしまいそうに細かった彼女が出産を経験し、体力的に弱っていたからかもしれない。また、ご実家が決して近くはない中で、初めての子育てに疲弊していたからかもしれない。今思えば、一時的に、どうしようもなく弱っていたからこそ、こんな話をしてくれたのではないかと思う。(その証拠に、今の彼女はよく、幸せな家族写真をFacebookに投稿している。)

彼女がもらした弱音の中で、印象的だったのがこのエピソードだった。

「子育てにせよ、家事にせよ、誰かのために動いている時間ばかりで、自分のためだけの時間というのが全然なかった。専業主婦という道を選んだ以上、それが当たり前だと思っていた。赤ちゃんはかわいいしね。

でも、ある日、夫が海外出張でいなくて、子どもが早く寝付いてくれた夜があったのね。ぽっかり自分の時間ができたことに逆に戸惑いつつ、久しぶりに、自分好みのDVDを観ながら、ネイルを塗って過ごしたんだけど、そしたらね、ただDVDを観ながらネイルを塗ってるだけなのに、涙が止まらなくなったの。大したことしてるわけではないんだけど、あぁ、今、私は私のためだけに、時間を使っている、って……」

続けて彼女は、この話の直前、「最近、彼氏が構ってくれないから、TSUTAYAで借りたDVDを観て時間をつぶしている」とこぼしていた私に対し、

「一人で好きなDVDを観る、ってすごく贅沢なことだと今は思うし、今の私にはとても羨ましい。せっかく今、好きに観られるんだから、思い切り観ときなよ」

と力無さげに笑った。そして、隣のベビーカーで眠る赤ちゃんを覗き込み、母の顔に戻った。

私はしばらく何も言えなかった。無邪気に彼女を羨ましがっていた自分が何だか恥ずかしくなった。「隣の芝生は青い」とはよく言うけれど、本当に、お互いに青い芝生に見えるもので、それぞれの芝生に気苦労があるのだということが分かった。

それ以来、今しかできないことなら存分に観ようじゃないかと思った。最初は、お笑いのDVDをよく観ていたけれど、目ぼしいものはすぐに観終わってしまったので、そのうち、映画を観るようになった。

いくつか観ているうちに自分の好みが分かってくる。自分は、ハリウッドのアクション大作などは得意でないことが分かった。そして、そもそも、洋画よりは邦画が好きだということも。あと、少女マンガを映画化したような甘い作品も苦手だった。(これは、その当時の精神状態にも由来するかもしれない。) 仕事から帰って深夜に観ることもあって、頭をフル回転しなくてはいけないような、ミステリー・サスペンスの類も避けていた。

そうした消去法の結果、部活動や町おこしなどに奮闘する人々を描いた青春気質の作品や、一筋縄にいかない恋愛を切なく描いた作品をよく観るようになった。どちらの系統も、頭よりは心が動く映画だった。私は、よく泣いた。『WATER BOYS』の本番の演技に涙し、『ジョゼと虎と魚たち』の突きつける残酷な現実に涙した。

映画で泣くのは、快楽の一つだ。消去法で映画を選んでいた私は、次第に、自分が泣けるであろう映画を選んで観るようになった。映画に飽き足らず、音楽や小説でも感傷に浸った。私は徐々に涙もろくなった。

映画にのめり込んでいたのは、現実の停滞感からの逃避でもあった。そもそも、それだけ映画を観る時間があったのは、恋人との関係が冷え切って、暇だったからだ。どれだけ待っても、メールや電話の連絡が来ない現実から、逃避したかったのだと思う。

だから、できるだけ自分の気持ちを鷲掴みにする映画が良かった。青春のエネルギーでもいい、私の現実より悲劇的な物語でもいい、とにかく、現実から私を引き剥がして、別の世界に連れて行ってくれる作品を求めていた。

私は、動かしようのない現実の悲しさに泣く代わりに、映画の物語に涙していたのだろう。

映画を浴びるように観始めて3ヶ月くらい経った頃だろうか、もうどんどん涙腺がゆるくなって、普通の人が涙を流すよりもだいぶ早いところで泣くようになった頃、私はその恋愛を終えた。

12月18日だった。

クリスマスや年末年始、そして年明けに控えた自分の誕生日。そんなイベントを前に、モヤモヤ悩み続けるのが嫌で、私から別れを告げたのだった。何と、その申し出にすら返信が来ないという、最も虚しい形で、私の恋は終わった。

悲しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。ひどい人だなぁと思う部分もあったけれど、それ以上に、悲しかった。連絡を待ちわびている状況が辛くて仕方なかったから別れたのに、もう連絡が絶対に来ないのだと思ったら、ポロポロ涙がこぼれた。

無邪気に交わした約束が、いくつも果たされないままに終わってしまったことを思うと、悲しくてたまらなくなる。人見知りだったその人が、心を開いてくれたように感じた瞬間の嬉しさも思い出してしまう。ああ、ああ、悲しくてたまらない。涙、涙、涙。

私はもう20代半ばだった。それに、「ダメかもしれない」と自覚してから、3ヶ月以上も経っていた。こんなに泣かなくても良いだろう、と自分でも思ったけれど、来る日も来る日も、2〜3時間泣いていた。

私はすっかり涙もろくなっていたのだ。映画であれだけ泣いていたのだから、自分の失恋で泣かないわけがない。

毎日、涙が止まらなかった。あのとき慰めてくださった家族や友人には本当に申し訳ないと思う。本当に、よく泣いた。

泣いて、泣いて、泣いて。泣き続けて10日ほど経った頃だろうか。

私は、けろっと泣き止んだ。

突然、気持ちがすっきりして、全く泣かなくなった。

我ながら不思議だったけれど、泣き止んだ私はとても元気になって、途端にアクティブになった。自分でも、カラ元気かと思ったけれど、その元気は途切れることなく続き、程なくして私は、新しい恋に落ちた。

周囲の友人は、辛さを忘れるために、無理に新しい人を好きになっているのではないかと言ったけれど、そんな感覚は特になかった。

それまでの私は、新たな恋人ができても、どこかで前の恋を引きずり続ける人間だった。恋心を上書きせずに、どこかで昔の想いを燻らせ続けるタイプだった。その未練が、今回はなかった。

そのことに気付いたとき、私は、泣きながら映画を観続けていたことの、真の意味に気付いたのだった。

自分は逃げているのだ、と思っていた。辛い現実から逃げて、泣いて、カタルシスを覚えているのだと思っていた。でも、それは違った。

私は戦っていたのだ。
必死で戦っていたのだ。

感情を殺すことで、失恋を何となくやり過ごそうとしていた自分と。

感情の起伏が激しい自覚のある私は、失恋でとんでもないダメージを受ける。(過去には、失恋して3ヶ月で14kg痩せたこともある。) その痛手を分かっているからどうしても、ダメージを軽減する方向に、予防線を張ってしまう。

「そんなに好きじゃないし」とか。
「あんなクズ男こっちから願い下げよ」とか。
傷付かないよう、自分に言い聞かせてしまう。

心の奥底では、本心では、分かっているのだ。

「そんなに好きじゃないし」
(嘘つくなよ、めちゃくちゃ好きだろ!)

「あんなクズ男こっちから願い下げよ」
(おい、自分が捨てられたのに強がるなよ!)

全然言い聞かせられていないのだ。

それなのに予防線を張って、本当の感情を封じ込めようとする。仕事を詰め込んで、直視しないようにする。実際には傷付いているのに、それに無理やりフタをして見えないようにする。

その結果、どうなるか。

隠された傷は、きちんと治らず、化膿してしまうのだ。いつまでも、いつまでも、じわじわとダメージをもたらすのだ。

そのことに気付いていた私は、感情を凍らせてしまわないよう、必死で抵抗していたのだ。「もうダメかも」と気付いた自分が、理性で悲しみをごまかして、器用に乗り切ってしまわないよう、映画で泣き、感情のセンサーを敏感にし続けていたのだ。感度を上げて、自分の失恋の悲しみをきちんと感じようとしていたのだ。

感情のセンサーがオンになっていたおかげで、私は、失恋して大泣きした。この世が終わるのではないかというほどに泣いた。

でも、だからこそ、傷は可能せず、キレイに治ったのだ。

これからも、私は、辛い気持ちをごまかし、器用に乗り切ろうとする自分に気付いたとき、映画を観ようと思う。本を読もうと思う。歌を聴こうと思う。

辛さも悲しさも痛みも、素直に感じてこそ、次に、進めるのだ。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-11-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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