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プロフェッショナル・ゼミ

千葉県在住、愛しのMさんへ。絶対に読まれたくないラブレターを書きます。《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:永尾 文(プロフェッショナル・ゼミ)

Mさんへ。
一生に一人だけ、運命の人に出会えるとするなら、私にとってのそれは、きっとあなたです。

11月25日はMさんの誕生日だから、手紙を書くことにしました。
けれど、あなたにこの手紙を読ませるつもりはありません。万が一、ボトルメールのようにネットの海を漂ってあなたの元に届いたら、私はたまらず海に飛び込んで、泡となって消えるでしょう。
この手紙は、あなたに向けたラブレターです。
それと同時に、果たし状でもある。
あなたとの間にある「友情」と呼べるかもしれない何かが、この手紙を書くことによって費えてしまうのではないかと、本当は怯えています。
そもそもあなたはもう、Mさんではないのですよね。私がすでにKではないように。
それでも私はこれからもずっと、あなたをMさんと呼び続けます。
14才の夏、あなたと交わした約束を忘れずにいるために。
ねぇ、Mさん。28才の私たちは、「P」のどの地点に立っているんでしょうね?

Mさん、あなたは本来出会うはずのない人でした。
あなたとの共通点は二つだけ。
一つは1988年生まれの同い年であったこと。年次統計によると、その年日本に生まれた子供の数は1,314,006人だそうです。1,314,006人中の二人。同い年であるというだけでは、私たちは絶対に巡り合えなかったでしょう。
なにしろ、Mさんは千葉の、私は長崎の中学2年生でした。
都会育ちでバイオリン弾きのMさん。一方、真っ黒に日焼けした田舎娘の私。
生まれた場所が違う、育った環境が違う、つまり住む世界がまるで違う。
Mさんと私を結びつけ、何度もほどけそうになるのを、現在に至るまで繋げ直してくれたのは、もう一つの共通点でした。

『Kさま
初めまして。Mと申します』
文面に記されたMという名前を見て私がどれだけ驚いたか、あなたは知らないでしょう。あれは、中学2年生の夏休みのこと。部活を終えて帰宅すると、親に内緒でこっそり使っていたホットメールに、丁寧すぎる敬語のメールが届いていました。
『突然のメールで、驚かせてごめんなさい。メールアドレスのリンクを見つけてからずっと、Kさまとお話ししてみたいと思っていました』
どっと汗が噴き出て、背中に張り付く白のセーラー服をむりくり脱ぎ捨て、私はキャミソール1枚になって家族の共用パソコンにかじりつきました。
見知らぬあなたからの初めてのメールには、それはもう嬉しいことばかり、書き連ねてありました。
『良かったら、お友達になってください』
『私の携帯のアドレスは、こちらです』
『最後になりましたが、私はあなたのファンです。これからも、ずっと応援しています。Mより』
全力で、叫びました。
「そんなの、こっちの台詞だよ、Mさん!!!!!」
リビングから、「姉ちゃんうるさーい!」と弟の怒鳴り声が聞こえてきたけれど、そんなの心底どうでもよかったのです。
Mさんからメールが届いた。それだけで心臓がばくばくとやかましくて、弟の声なんてかき消してしまいました。キャミソール姿のまま、冷房もつけずに、私は共用パソコンを陣取って返事を打ち始めます。汗だくで、暑くてたまらないのに、真冬のように手がふるえました。
『Mさま
嬉しいメールをありがとうございました。Mさまが以前書かれていたお話がすごく好きで、何度も読み返しています。私でよかったら、お友達になってください。 Kより』
初めてのメールだから、熱が入りすぎないように事務的に。しかしこの文面では、冷たい人だと思われないだろうか。きっかり30分悩んだあと、慎重に送信ボタンを押しました。
それから1分も経たないうちに、「Kさん、ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」と返事が来て、ぞくぞくと震えたのを覚えています。
まさか、このぎこちないメールから始まった交流が14年も続くことになるなんて、想像もしていなかったけれど。

なぜ、Mさんは見知らぬ私にメールを送ることができたのか。
なぜ、私は会ったこともないMさんの名前を知っていたのか。
答えは一つ。私たちは同じ小説投稿サイトの常連だったからです。
出会うはずのない私たちを結びつけてくれたもの、それが「小説を書く」という趣味でした。
当時の私は、今思い返すと恥ずかしくなるほど、拙いミステリー小説を書いていました。笑いあり、涙あり、恋愛ありの青春ミステリーです。友達や家族には笑われそうでとても言えなかった、私の秘密。でも書けば書くほど誰かに読んでもらいたくて、藁にも縋る気持ちでその投稿サイトにたどり着いたのです。幸い、共用パソコンを両親が使うのは、年賀状を作成するときだけ。好都合でした。
K、というハンドルネームで秘密の活動を始めました。
私が小説の投稿を始めてしばらくしてから、Mさんは流星のごとく現れました。Mさんが書いていたのは、恋愛小説。独特の筆致で紡がれる物語は思わず泣いてしまうほど切なく、しかしたとえ悲恋であってもその結末には必ずさわやかな読了感がありました。私はMさんが小説を更新するたびに新作を読み、涙し、すっかり彼女のファンになっていました。ある作品のあとがきに、「中学2年生の女子」だと書いてあったので、私もMさんの真似をして「中学2年生の女子です。今は夏休みです」と書いてみました。プロフィールにホットメールのアドレスを載せました。一度も感想なんて来なくて、やっぱり私の小説は誰にも求められていないのだと、いじけてみたりもしました。
8月の終わり。たった一通だけ嬉しいメールが届いて、うじうじした気持ちは全部、どこかに吹き飛んでしまいました。Mさん、あなたのせいですよ。

千葉に住んでいて、バイオリン弾きで、村山由佳が好き。漫画だったら「ハチミツとクローバー」。歌手はYUKI。あなたの好きなものを教えてもらうたびに、私も秘密を少しずつ、明け渡していきました。
長崎に生まれ育ち、ソフトテニス部に入っていて、赤川次郎が好き。漫画は「耳をすませば」、歌手ならMr. Children。本や漫画や音楽、私たちはよく同じものを好きになったけれど、根っこの部分はおそらく正反対なのだろうと思います。
Mさん、覚えていますか?
『でも、Mさんは、青ですよね』と私が言ったこと。最近読んだ本の話をしていたとき、私は、「冷静と情熱のあいだ」のBluだけを読んでいて、Mさんは江國香織のRossoだけ読んだと言いました。
『冴えた原色の青ではなくて、夜が明けきらない空の、グレーがかったブルーです。Mさんの小説を読んでいると、そんな色が見えるような気がするんです』
それに対して、Mさんはこう返しました。
『私の中では、Kさんの小説は赤ですね。真っ赤じゃなくて、ちょっと落ち着いた、オールドローズ』
続くMさんの言葉。あれが私の人生の転機になったといっても過言ではありません。
生きる目標を、約束を、あなたがくれたのです。
『Kさん。大人になったら一緒に冷静と情熱のあいだ、やりましょう。辻仁成と江國香織みたいに、青と赤で。Kさんとだったら私、できる気がします』
不思議ですね、Mさん。私もMさんとだったら、どんな荒唐無稽な夢だって叶えられる気がしていたのです。中学2年生の私たちは最強で、無敵でした。私たちの夢を阻むものなど何もないと信じていました。
『絶対にやりましょう! Mさんが青で、私が赤で!』

新学期を迎え、やがて年が明け、お互い受験生になってからも交流は途切れませんでした。部活を引退すると時間ができたので、受験期でありながら小説を書く量は少なくなるどころか増える一方でした。あまりに小説ばかり書いていたので親には怒られもしました。悩み多き高校受験を経て、高校1年生の春を迎えたとき、合格祝いに携帯電話を買ってもらった私は初めてMさんと写真の交換をしました。
といっても、顔は隠して制服だけ。
Mさんの制服は、タータンチェックのスカートが都会らしくてとても可愛かった。対して私の制服は、変な茄子紺のブレザーで形も田舎っぽくて好きになれませんでした。
『Mさんみたいに可愛い制服だったらよかったのに』
そう愚痴をこぼす私にあなたは、『Kさんの制服、シンプルだけど知的で可愛いと思います』と言ってくれました。
『Mさんは部活、何か入りますか?』
『私は、オーケストラに入ります。Kさんは?』
『ふふふ。聞いてください。私、文芸部に入ります!』
制服が可愛くなくても、校舎が小高い丘の上にあっても、朝補習や課題が毎日しんどいと噂されていても、私が入学を決めた理由。それは、どうしてもこの高校の文芸部に入りたかったからです。学校見学を兼ねて文化祭に行き、部誌「蝉時雨」を手に取ったときの衝撃といったら!
『本当に凄いんです。純文学にミステリーに、ライトノベル風。あまりに多彩なラインナップで高校生が書いているとは思えませんでした。部誌ができたら送ってもいいですか?』
文化祭に合わせて年に一度発行される「蝉時雨」と、学期に一度発行される「Piano Forte」。高校1年生の2学期、大きめの茶封筒に2冊を同封して初めてあなたに手紙を書きました。書きたいことが多すぎて便箋は物凄く厚く膨らみました。どんな高校生活を送っているか、どんな本を読んでいるか。他のクラスに好きな人がいて、どうやったら距離を縮められるか、とかそんな話まで。手紙の最後には友達と撮った制服のプリクラを貼り、『with love』の一文で結びました。
宛名はもちろんMではありません。私もKではない「永尾 文」として、本当の姿をさらしました。メールを交わすより、制服の写真を送るより、はるかに緊張しました。
私たちの出会いは匿名性の高いインターネットの世界で、いくらだって自分を偽ることは可能でした。メールだけを交わすなら簡単です。けれど、初めて手紙を送ることになって、本名と住所を教え合うのは、私にはとても怖いことでした。
このとき、あなたと本気で向き合う覚悟を決めました。
『Kさん! お手紙、ありがとうございました。部誌、届きました! これ、作ってるの同じ高校生なんですよね。凄すぎる!』
数日後、Mさんから鼻息の荒い返事が届きました。Mさんの字はころんと丸っこくて、いかにも女子高生らしかった。メールではいつも大人びていて、落ち着いたMさんのイメージをいい意味で裏切られました。
『でも、私が一番好きなのは、他でもない“永尾 文”さんの小説です。私も書かなきゃ。あなたに追いつきたい』
Mさんの言葉に、胸が熱くなりました。
けれど、私は舞い上がりすぎてもいたのです。あなたが好きだと言ってくれることに、自信を抱きすぎていたのだと思います。
文芸部の部誌に載せる小説とはまた別に、私は小説を書きました。あなたへのメールでの連載のような形で書いたものをおそらく4つほど。あなたからも同じペースで小説が届きました。1回のメールで5000字から長くて8000字。一つの物語につき、20話くらいの連載でした。Mさんの小説が面白ければ面白いほど、私だって躍起になって小説を書きました。
Mさんに負けたくない、という感情がふつふつとわいて、仕方ありませんでした。
それと同時に、私たちの交わすメールには少しずつ、日々の苦しみを打ち明けるような内容が増えていきました。
『数学の偏差値が伸びないんです』『私もです。部活も忙しくて』『人間関係に悩んでいます』『親とうまくいっていないんです』『どうやったら好きな人を振り向かせられるんだろう』『大学に合格できるのかな』『小説家になりたいけれど、本当になれるのかな』
Mさんの弱さを感じ取るたびに、私は遠く離れた彼女に寄り添うと共に、優越感を抱いてもいました。優しい振りをして、ひどく歪んだ自分を自覚していました。
『大丈夫ですよ。だってMさんの小説はこんなにも素敵じゃないですか』
メールでは、文章では、何だって言えたのです。
そんなあなたよりも私の方が優れているけれど、などと傲慢に考えていても顔が見えないから伝わらない。
『Kさんとメールをしていると、前向きになれます』
あんなに何度も、ありがとうございます、と言ってもらったのに、Mさん、私は全然優しくなんかなかった。あなたの文章に嫉妬して、弱いあなたを越えたくて支配したくて、仕方ありませんでした。

『修学旅行で長崎に行くことになりました!』
高校2年生の秋。あなたからメールが届きました。『最終日は市内研修になったのですが、もしお時間があればお会いできませんか?』と。残念なことに、私の地元である大村市は長崎市内から距離があり、Mさんに会いに行くことはできないだろうと思いました。
そうですか……、としょんぼりする様子がメールの文面から伝わってきました。
『Mさん。ちなみに長崎に向かうルートはどうなっていますか? 飛行機から貸し切りバスでの移動ですか?』
『しおりによると、そうみたいです。12時に長崎空港に到着して、そのまま一度ホテルに向かいます』
『出発の日はいつですか?』
『来週の、土曜日です』
土曜日の12時。長崎空港から高速道路に乗るなら、大村インターを使うだろうと簡単に見当がつきました。長崎は修学旅行の聖地です。修学旅行生を乗せたバスなら頻繁に見かけます。インターの入り口には大きな交差点があり、横断歩道の真ん中に、飛び地のようになっている部分がありました。
私は頭を巡らせます。
そして、言いました。
『Mさん、ガラス越しでもいいですか? 私、あなたに会いに行ってもいいですか?』
当日、天気予報を裏切って奇跡的に雨は降っていませんでした。わかりやすいように赤いコート、白いマフラーを着込んだ私は、勇ましく自転車にまたがります。赤信号で止まっていると12時ちょうどにMさんからメールが届きました。『長崎空港に到着しました!』
バスに乗り込むまで20分。空港からインターの入り口までおよそ20分といったところでしょうか。私はペダルを漕ぎ、あの交差点に向かいました。
『インターに入る直前、進行方向に向かって左側を見てください。赤いコートと白いマフラーが目印です。自転車に乗って待ってます』
12時半には交差点に着きました。どきどきが加速していきます。一瞬かもしれないけれど、今からMさんに会えるのです。横断歩道を渡る人々は、飛び地に立ったまま動こうとしない私を奇妙な目で見ていました。
交差点に着いて、私は次第に怖くなりました。『ガイドさんの話だと、もうすぐ高速に乗るみたいです』Mさんのメールを見て、足が震えました。
Mさん、また一つ、あなたに謝らなければなりません。
メールや手紙で、写真やプリクラで、平面に落とし込んだ私であればいくらだって見せてあげられたのです。そこでは簡単に嘘もつけました。明るく、優しい振りもできました。けれど、顔を合わせてしまったらすべて見抜かれる気がしました。あなたに抱いていた、歪んだ親愛の情も、すべて。たった一瞬であっても、バスのガラス越しであっても、言葉を交わすことさえなくても、です。
私は横断歩道を渡り切り、あなたを待ちました。
貸し切りと書かれたバスが3台連なって、インターに入っていくのを、あなたが見ているであろう窓の反対側から見ていました。
『すみません。急いで自転車を漕いだのですが、間に合いませんでした』
Mさん、あれは嘘です。あの日私はバスの到着に間に合ってもいたし、バスが高速道路に入っていく様子を眺めていました。
ただ、私が立っていたのは進行方向に向かって左側の飛び地ではなく、右側の歩道だったのです。
『きっと、神様がまだ会うタイミングではないと言ってるんですね。残念ですが、いつか一番いいタイミングでKさんに会えると信じています』
まっすぐなあなたの言葉に後ろめたさを感じながら、自転車を漕いで家に帰りました。いつか胸を張ってMさんに会えますようにと、身勝手に願いながら。
雨がぽつりと落ちてきて、露を振り払うようにスピードを上げました。

一番いいタイミングはなかなか訪れないまま、高校を卒業し、結局私がMさんに初めて会ったのは3年後。20才の夏のことでした。進学をきっかけに地元を離れ、長崎の女子中学生だった私は福岡の女子大生になりました。Mさんは変わらず千葉に住み、都内の大学に通っていました。
相変わらず小説を書いていました。Mさんだってそうです。中学生の頃と何も変わらない。そう、思い込もうとしていました。本当は、何もかもが変わってしまっていたのに、受け入れようとしたくなかったのです。
夏休み、ふらりと旅に出たくなりました。Mさんと私の好きな俳優が、舞台に出ることを知ってチケットをとりました。Mさんの分と合わせて、2枚。Mさんは驚いたけれど、とても喜んでくれました。
大学生になった私は、少しおかしかったのです。新しい土地、新しい学校、サークル、バイト、毎日出会う新しい人。目に見えるものは何もかも鮮やかで美しかったのに、過去を思い出してばかりいました。Mさんとの出会い、汗に濡れた白いセーラー服、弟の声、故郷の青い空。思い出しては一人暮らしの部屋で泣いてばかりいました。
一方、Mさんは大学に通う傍ら、ライターの専門学校に通い始めていました。それを聞いて一番に思ったことは、「私も東京に行きたい」ということでした。
たぶんあの頃の私は、逃げたかったのだと思います。現実から。今の自分から。
人が溢れかえる東京駅の、銀の鈴の前。あの日あなたに会えたタイミングが、神様に導かれた一番いいタイミングだったのか、私にはわかりません。
150センチもない身長で大きめのTシャツを着たあなたが、約束の5分前に現れたとき、本当は泣いてしまいたかったのだと思います。
「初めまして、Kさん。Mです」
思いがけず、声が低い。東京で見るあなたは、他の誰よりも輝いて見えました。
「横浜の劇場ですよね? そしたらこのルートを使っていきましょう。お腹はすいていませんか?」
てきぱきと動くあなたに連れられて、一緒にランチを食べました。電車にも乗りました。初めて訪れた東京は、福岡の10倍ごみごみした街で、誰も私に関心を持っていないのだと思いました。窓ガラスにもたれて、遠い目で外を見るMさんの目はしかし、輝いていました。
「私、今日を楽しみにしてたんですよ」
「私もです。舞台、楽しみですね」
「それもだけど、Kさんにずっと会いたかったから。だって、夢みたいでしょう。中学2年生だった私たちが20才になるんですよ。あれから6年も経つんだなぁって」
夢みたい。あなたはそう言いました。Mさんからメールが届いた日のことを私は昨日のことのように思い出せます。とても暑い夏の日でした。背中に張り付いた制服が不快だったことまで鮮明に覚えている。なのに、どこかおぼろげで、夢の中の出来事のようにも思えるのでした。
横浜の劇場に着いて、舞台を見ている間も私は集中できませんでした。時折横にいるあなたの表情を伺っては、泣いたり笑ったりしているMさんのことを見ていました。舞台の幕が下りたとき、あなたはまっすぐに前を見据えて、こう言いましたね。
「決めた。私、絶対向こう側に行きます」
それは演劇の舞台に立つとか、役者になるとか、そういう単純な話ではなくて。
Mさん、あなたが口にしたのは仕事として「提供する側」に回るという覚悟だったのでしょう?
劇場を出て、海沿いを歩いていくとMさんの横顔は見えなくなりました。私の目に映るのは、前を歩くあなたの背中だけ。
あなたは私を追い越していきました。バスが通りすぎるような速さで。私に追いつきたいと言っていたあなたは、高校までの弱かったあなたは、ずっと前だけを向いていました。夢ではなく現実の世界で、小説を書こうとしていました。
胸がかっと熱くなって、私は自分が恥ずかしくて仕方なかった。Mさんの優位に立っていると思い込んでいたのに、そうではありませんでした。あなたが前を向いていられるのは、環境のせいでもなんでもないことにようやく気づいたのです。
それから1年が経ち。Mさんはシナリオの賞を獲って、在学中ながらライターの道を歩み始めました。
いつしか私は、書くことを諦めていました。

ねぇ、Mさん。
いつだったか、小説のラストについて語ったのを覚えていますか?
『人生の岐路はYじゃなくて、Pなんです』とあなたは言っていましたね。
『完全に分かれてしまうことはない。別の道を選んだようで、人は最初から決まっているゴールに進んでいくものなんです。……なんちゃって、塾の先生の受け売りです。でも、私、この言葉がすごく好きなんです』
Mさん、私は今になってようやくMさんの言葉を思い出すのです。かつての私は、自分に自信があって、自分の人生は自分で切り開くものだと思っていました。初めから決まっている運命なんかないと思っていました。
でも、もしも私のゴールがすでに決まっているとしたら、あなたとの出会いがそれを決めてくれたのだと思います。

『Kさん、お久しぶりです。Mです』
普通に大学を卒業し、普通に就職した私の元に、ある日Mさんからメールが届きました。今はLINEというツールもあるし、FacebookだってTwitterだってあって、メールを開くのはすごく久しぶりな気がしました。
『突然ですが、小説で賞をいただきました。順調に進めば、本になります。わがままかもしれないけど、どうしてもあなたに読んでもらいたくてメールを書くことにしました。メールを打つのは久しぶりです。つい数年前まであんなに書いていたのに、不思議ですね』
Mさんの筆致は昔からあまり変わっていません。メールの行間からは中学生の頃と同じ、ブルーグレーの色が見えました。
『高校の頃、毎日ポストを開けて茶封筒が届いていないか、確認しました。小説のタイトルが入った新着メールが届くたびに、どきどきしました。Kさん、あなたの小説で今でも覚えているフレーズはいくつもある。あなたの小説が、心の支えでした。辛いとき、すべて投げ出したくなったとき、あぁここで折れたらKさんの小説が読めなくなっちゃうなぁ、と思いました。Kさん、あなたが私に約束をくれたんです』
メールの文字が涙でにじみました。
『なんでやめようとしてるんですか。私に新しい約束をください。またあなたの小説を読ませてください。最初のファンをがっかりさせる気ですか』
ごめんなさい、ごめんなさい、Mさん。
『青と赤で、書くんでしょう。冷静と情熱のあいだ。辻仁成と江國香織より、私たちの方が最強コンビだって言ってたじゃないですか。赤担当がいなきゃいつまでも完成しませんよ。あぁもう、ごめんなさい。あなたの小説を一番楽しみにしているのは、私なんです。言いたいのは、それだけなんです』
14才だった私は28才になり、自分の在るべき場所を見つけていたはずなのに。
全部Mさんのせいですよ。ライターとして花開いているくせに、私には背中しか見せてくれないくせに、こんな言葉をくれるあなたが憎らしくて仕方ない。
たまらなくなって、全力で、叫びました。ちょうどあなたからのメールを初めて読んだ日のように。
「そんなの、こっちの台詞だよ、Mさん……!!!」

Mさんへ。これはあなたに向けたラブレターです。
それと同時に、果たし状でもある。
横浜の海沿いで20才のあなたに追い越されてからずっと、私はあなたの背中しか見ていません。そんな私たちの間にあるものを「友情」だとは到底思えない。友情ってもっとあたたかくてさわやかなものでしょう。私があなたに抱えている感情は、どこをとってもどろどろの「嫉妬」まみれでした。
でも、私、この関係をそろそろ終わらせたいと思っているのです。
あなたが28才になる日に、この手紙を海に流しましょう。
誰かが拾って読むかもしれないけれど、あなたにだけは絶対に読まれたくないラブレターです。
ねぇ、Mさん。私はあなたのライバルになりたいんですよ。肩を並べて、同じ位置に立って、得意げな顔で追い越してみたいんです。スタート地点に立つまでに14年もかかったけれど、あの日の約束を叶えたいんです。
だから、Mさん、Pの先をずっと走り続けていてくれませんか?
大丈夫です。もう寂しくさせません。あなたを一人にはしないって決めたのです。すぐに追いついてみせるので、私は勝手に走るので、待たなくていいです。
千葉と長崎にいたあの頃のように、距離は離れていた方が燃えるものでしょう?

お誕生日おめでとうございます、Mさん。
あの日のKこと、永尾 文より。With love.

***
この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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