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ふるさとグランプリ

隠された山と、そのトリック《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:渡辺 剛(ライティング・ゼミ)

「まあ、でも、うちの方から見た筑波山が、一番きれいだな」
登山客と思わしき、初老の男性が言った。

「いやいや、うちの方から見た筑波山が一番」
もうひとりの、やはり初老の男性が反論している。

ここは筑波山の中腹。
頂上をめざす登山道の途中にある、通称「弁慶茶屋跡」という休憩ポイントである。

筑波山とは、茨城県内にある、標高877mの山である。
日本百名山のひとつで、西側の男体山(標高871m)、東側の女体山(標高877m)のふたつの峰からなる。
古くから信仰の山として栄え、その歴史は古く、万葉集にも詠われているほどだ。

その日、私は、今年で6歳になる娘の通う保育園の遠足で、実に十年ぶりの登山をし、ここへ来るまでにすでに足がパンパンになっていた。11月の少し涼しい日だというのに、着てきたインナーはすでに汗で濡れてしまい、着替えをどうしようか悩んでいた。

娘はといえば、まだまだ元気いっぱいといった様子で、同じクラスの仲良し友達数人と、お菓子を食べながらおしゃべりに花を咲かせている。
それぞれ持ってきたお菓子や飴玉を交換しながら、親同士が、すいません、と頭を下げあう。

「ねえ、もう行こうよ。カナちゃんたち、もうそろそろ行くって」
カナちゃんは、クラスで一番仲の良い友達だ。

「まあまあ、もう少し休もう。そんなに早く登っても、山は逃げていかない……」
という、私の話を最後まで聞かず、すでに花ちゃんたちとその辺りを走りまわりながら、落ちている木の実を拾ったり、切り株に登ったり降りたりして遊んでいるいる。まったく元気なものだ。

木で作られたベンチに座って休んでいると、隣のベンチに座った初老の男性ふたりが、子どもたちを微笑ましい笑顔で見守りながら、話をしていた。
そこで、冒頭の「うちから見た筑波山がきれいだ」という会話が聞こえてきたのである。

さて、この筑波山は、ふたつの峰が並んで成り立っている山であるがゆえに、どの方向から見るかによって、見える山の形がまったく異なるのが特徴だ。
きれいにふたつの峰が並んで見える場所もあれば、ひとつの山しか見えない場所もある。
また、その形は、見る場所によって違った姿を見せるが、多くの場合、自分が住む地域から見た筑波山が「一番きれい」と思っていることが多い。

これくらいは、茨城で生まれ育った者としての一般常識だ。
それに私の実家の近くから見た筑波山は、小さいころから慣れ親しんだ姿だけあって、私も愛着がある。
実家のある町は筑波山の北西に位置していて、きれいに大小ふたつの峰が見える。

別にふたりの会話を聞こうとしていたわけではなかったのだが、次に聞こえてきた言葉を聞き、思わず耳を疑った。

「……でも、筑西市(ちくせいし)のあたりからは、女体山は見えねえからな」
「そうだ。筑波隠しだから」

何気なく、自分の生まれ育った町(筑西市)の名前が出てきたから、そこだけ際立って聞こえてしまった。
なんですって!? 
うちの実家からは、女体山は見えない?
筑波隠し? なんですかそれ?
いやいや、ふたつの峰が、ちゃんと見えますけど?

……知りたい。
聞きたい。

筑波隠しってなんですか!?
うちからみえる、ふたつの山は何なんですか!?

話しかけたい! でも、いまさっき、たまたまベンチで隣に座っただけのおじさんたちに、急にそんなこと聞けないし!
まして、話してた内容を盗み聞きしてたみたいで、なんか感じ悪いし!
んー、どうしよう!

突然聞こえてきてしまったおじさんの会話によって、私は困惑していた。
これまで、生まれてから35年間、あの実家から見える山は、筑波山だと思っていた。
私の実家から見えていた筑波山に、上から大きな布でも掛けられ、そこに見えていたはずの山が隠されてしまった、そんな妄想を抱いた。
これまでの自分自身を強く否定されたかのような衝撃を受け、その正体を知りたくなってしまった。

……聞こう。
おじさんたちに、聞こう。

意を決して、おじさんに話しかけようと思った、その時……

「パパー! 行くよー!」

娘の呼ぶ声で、我に返った。
見ると、カナちゃんたち友達数人と、そのお父さんお母さんたち一行で、もう登山道を進み始めている後姿が見える。娘だけが振り返って、大声を出している。

「お、おう!」

ぱっとしない返事をして、リュックを背負って立ち上がり、ベンチを後にした。
歩き始めてから、忘れ物がなかったか、振り返ってベンチをもう一度見たが、何もなかった。
それでも何かを忘れたような気がしているのは、おじさんたちに声をかけられなかった後悔からだろうか。

それから、みんなで登山道を進んだ。
山頂に近づくにつれ、巨石が目立ち始め、ちょっとした岩場なんかもあったりする。いくら元気とはいえ6歳の子どもたちも次第に口数が少なくなり、汗をかき、顔をほのかに赤らめながら、みんな一生懸命に上った。

そして、無事に山頂へ着いた。
それまでの疲れ、そして達成感に加え、山頂からの絶景に心を奪われ、しばし、山の中腹で聞いた「筑波隠し」の話は、忘れていた……

それをもう一度思い出したのは、下山して解散してから、車で家路につく途中だった。娘は体をぐにゃりと曲げて車のシートにもたれ、すっかり寝てしまった。

だめだ、気になる。
私は、最寄りのコンビニの駐車場に車を停め、スマートフォンでググってみた。
すると、意外に検索結果に色々と出てきて、私はその謎を知ることになった。

調べたところによると、筑波山の周辺は、北側に坊主山(ぼうずやま)、南側に宝篋山(ほうきょうさん)という山が隣接していて、ここに、筑波山を成す、西側の男体山、東側の女体山と、あわせて4つの峰が、隣接していることになる。

実は、私の実家がある、筑波山の北西の方角からは、女体山は、手前側の男体山に隠れてしまって見えないのだ。
代わりに、北側にある、すこし低い、坊主山が隣に見えているため、これを男体山だと思っている人が多いのだ。私もそのひとりであった。
このように、見る方角によって、筑波山が隠れてしまったりすることを、筑波隠しと言うのだという。
筑波隠しって、なんかもう、その名前もミステリアスだし、見る場所によってそこまで様々な姿を見せるなんて、ここまでくるとトリックアートのようだ。

しかし、謎はすべて解けた……

とたんに、すがすがしい気持ちになった。
今日は、疲れたけど、楽しかったな。
登山もなかなかいいものじゃないか。
そう思ってスマートフォンを置き、また車を動かそうとすると、ブレーキペダルを踏む足、ハンドルを回す腕がメキメキっと痛んだ。
今日の登山のせいだろう、体中が痛い。
……登山は、しばらく、いいか。

娘は相変わらず、すやすやと寝ていた。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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