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メディアグランプリ

お局さんというインフルエンザワクチン


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:紗那(ライティングゼミ)

「ちょっと、チクッとしますよ!」
先生がそう言うと、プスッと針が注射された。おぉ、何年打っても注射というのは痛いものだ。針を刺し、クスリが注入されている間、じわんじわんと痛みが身体中を駆け巡り、ウィルスが入っていくのがわかる。

「ワクチン行ってきました。毎年、インフルエンザワクチン打つと、腫れちゃうんですよ」
デスクに戻り、私は隣の先輩にそう話しかけた。
「人によってまちまちだけど、結構腫れるよね! まぁ、それだけがんばって身体が戦ってるんだし、インフルエンザにかかるよりはましだから感謝しないと!」
そうだった。
これから、私の身体と注入されたウィルスの壮絶な戦いが体内で繰り広げられるのだ。
その死闘の証として、注射の箇所が腫れたり、かゆくなったりする。感謝すべきことなのか。
そんなことをぼんやりと考えながら、自分のデスクに飾られた小さなガラスの小物入れを見た。

それはあの人にプレゼントされたモノだった。
そうか、あの人も私にとってのワクチンだったのかもしれない。
あの人は私が初めて出会った「お局さん」だった。

お局さんは私の指導担当者だった。当時22歳の私になぜか40代後半の指導担当がついた。とにかく彼女は愛想がなく、こちらがどんなに明るい挨拶をしても、素っ気ない素振りばかりされた。そして、何より彼女はとても恐ろしい必殺技を持っていた。

「お忙しいところ、大変申し訳ないのですが、調べてもここがどうしてもわからないのです」
非常に申し訳ない顔を作り、恐る恐る私がお局さんに不明点を聞く。
あぁ、たぶんダメだ。
きっとまた、あの攻撃を受ける。お腹の底に力を入れて全身で怒られる準備をする。
お局さんはさっきから一度も顔をこちらに向けてはくれない。焦点の合わない視線をパソコンの画面に向けながら、手に持ったペンをクルクルとつまらなそうに回している。

そろそろ……くる。

「はぁーーー」

カタンッ

お局さんの深いため息と共に彼女の手のひらにあったボールペンがくるりときれいに宙を舞い、カタンッと嫌な音を立てて机に落ちた。

きた!

これが、彼女の必殺技。名付けて「ボールペン宙返り」だ。
彼女はイライラすると必ずこの技を見せつけてくる。私はこのペンの音と彼女の嫌味なため息が夢に出てくるくらい大嫌いだった。

「あのさ、そんなこと私に聞かないで! 自分で考えてよ」
小さくて冷たい瞳が少し動いて、ちらりと私を見た。
あぁ、この人には血が通っていないのかもしれない。
なんとなく、そんな気がした。
女の社会で働き、戦う内に血が通わなくなってしまった寂しい人かもしれない。

「はい……。すみません。もう一度自分で調べてみます」
そして、今日も私は負けた。
クルリと方向転換をして自席へ戻る。
新人の私には、お局さんは手強すぎる敵だっだのだ。とりあえず自席に戻ったものの、事態は一向に解決しない。考えても調べてもわからないから聞いたのに、聞くなと言われた新人の私は一体どうしたらいいのだろう。

こんな風に、とにかくお局さんは新人の私にとびきり厳しく、いつでも自分で解決しろと言い続けた。対照的に、他の同期たちは歳の近い指導担当の先輩に手取り足取り教えてもらい、とても仲が良さそうだった。
「この前、先輩に仕事の相談してたら、途中から恋愛相談になっちゃって! 本当いい先輩なんだよね」
「仕事でミスして落ち込んでたら、先輩がごはん連れて行ってくれてさ!」
そんな同期の言葉を聞くたびに私は、どうしてこうもハズレクジみたいな冷酷指導担当者に当たってしまったのだろうと嘆き、会社を恨めしく思った。
あぁ、世の中は全く不公平だ。

来る日も来る日もお局さんに怒られる日々が続き、私はたまに一人トイレで泣いた。
だけど、私だって負けてはいられなかった。リーマンショック後の就職氷河期という波を経て、溺れる寸前でやっとたった一社、私を唯一拾い上げてくれたこの会社を、たかが冷酷卑劣なお局さんの小言くらいであきらめてたまるものか。

それは、お局さんと私の仁義なき戦いの幕開けだった。

あの冷酷な瞳で怒られては、作戦を練り直す。試行錯誤の繰り返し。
その内に、以前のように簡単に質問をすることはなくなったし、探り探りだった日々の業務をひとつひとつ紐解いていくように、よく考えるようになった。そして、私がひとつずつ業務を覚えていくにつれ、不思議なことに、お局さんの瞳は優しくなっていった。

あれ? ひょっとするとこの人は、ただの冷酷な人じゃないかもしれない……。

私は大きな思い違いをしているのではなかろうか。
そう思い始めた頃、運命の日は訪れた。

「異動することになりました。後任はいないので、業務は紗那さんに全て引き継ぎます」

お局さんの後任はなし。私は新人でありながら、彼女の業務を全て担わなくてはならなくなったのだ。お局さんと別れられるという安堵と、自分に彼女の業務を全うできるだろうかという不安が一気に押し寄せてきた。

送別会の日、不安な顔をした私の隣の席に座ったお局さんは静かに話し出した。
「今まで色々と厳しいことを言ってきたわよね。だけど、私はあなたが来たときから既にここに長くいられないことがわかっていて……。だから、早く一人立ちできるように……だいぶ、きつく当たってしまったの」
お局さんは一言一言噛みしめるようにそう言った。私はすぐには言葉の意味が理解できずに茫然とし、その内容をきちんと理解した時、自然と頬に涙がつたっていた。

本当は社会人になるときに、人前では絶対に涙を流さないと決めていた。
だから、どんなにつらいことを言われても人前では泣くまいと決めていた。
だけど、この時、あれほど冷酷卑劣で大嫌いだと思っていたお局さんの真意を知ってしまった時、
このときばかりは、ポロポロポロポロ落ちる涙を制御することが全く出来なかった。

私はなんと、愚かだったのだろう。

彼女は残される私の未来を思い、あえて、とびきり厳しい言葉を与えてくれていたのだ。

お局さんの厳しさの裏に隠された小さな小さな優しさにどうして気づかなかったのだろう。
「きっと、大丈夫だから、がんばりなさい」
何も言えず、ただポロポロと子供のように泣く私を見て、お局さんはほんの少しだけ笑った。
冷酷に思えていたあの小さな瞳がかわいらしい三日月になる。

思い返せばお局さんは、とても強い人だった。
だれかに媚びを売って好かれようとか、そういう感じが一ミリもない。
ただ自分の仕事を全うして、誰に嫌われようが構わないという一匹狼な人。
もちろん、その冷たい物の言い方のせいで、彼女には敵が多かったし、いわゆるいい人ではない。だけど、その機敏な仕事ぶりから、きっと陰で人より多くの努力を重ねてきたであろうことは容易に想像ができた。
そんな彼女が私にくれた厳しさは、きちんと意味のある厳しさだったのだ。

ワクチンには痛みが伴う。
あえて身体を戦わせ、ウィルスに負けない身体にする。
そのために、一時的に痛かったり、腫れてしまったりする。
そう考えると、お局さんの厳しい言葉ひとつひとつは、新人の私にとってインフルエンザワクチンだったのだ。
これから、社会という荒波に飛び込もうという私に注入されたワクチン。
いいか! これから、ウィルスに負けるなよ! しっかり戦えよ! そんな思いを込められた感謝すべきワクチンだったのかもしれない。

私も年を重ねたら、いつかお局さんになるのだろうか。
その時は強くて、厳しくて、新人の未来の役に立つワクチンのようなお局さんになろう。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-12-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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