メディアグランプリ

自分にとっての心地よい場所はパリの裏側にあったりする。


 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:阿哉(ライティング・ゼミ)

 

半ば仕事がらみで20代の半ばだっただろうか、初めてフランスのパリに行った。いわゆる「花の都」だ! 華やかで、オシャレで、とにかくキラキラしたイメージを持ってパリの町に降り立った。

 

が、降り立った瞬間からそのイメージがガラガラと壊れていった。

空港からホテルまでタクシー1本で来れば、気づきもしなかったのかもしれないが、お金のあまりない私たちは地下鉄を使って、徒歩でホテルへ向かった。だから町に降り立ったその日に見えてしまった。動物の排泄物やら、誰かが物を食べた後のゴミやら、とにかく道が汚いのだ。

 

外見と中身の差。「高級」クラスのホテルに泊まったはずが、風呂場で茶色い水が出る、設備が何かと不便、と評判はよろしくなかった。そして、外で食事をするとそれほど美味しいとは思えないのに値段がやたら高い。さらに、我々にとって唯一使える外国語、英語が通じない。

 

とにかく第一印象がいまひとつだった。なんというか、着飾っていて、お高くとまっていながら、足元を見ると手入れが行き届いていない靴を履いている、というようなちぐはぐな感じを受けた。もちろん行く場所を選べば、元々持っていた華やかで、洗練されたイメージ通りの場所もあったのかもしれないが、とにかく私にとって初めて出会ったパリの町というのは、持っていたイメージとのギャップに「いまひとつ」な印象だった。

 

そんな残念な出会いから始まったパリ滞在だったが、思いがけないほどちょっとした出来事で、私はパリという町を見直すことになる。

 

私は、海外に行くと、とにかく書店に行く。言葉がわからなくてもなんとなく、装幀などでどんなジャンルの本かがわかるし、どんな人たちが行き交っているのかを見たり、雰囲気を味わったりするためだけにでも行く。

 

ホテルで、パリには英語の本を置いている本屋は少ないと言われ、英語の本をメインで置いている書店を教えてもらって行くことにした。そんなに大きな店ではなく、売られている本の数も多くはなく、ざっとひと通り見て入口付近の平積みの新刊本を見ていた時だった。

 

あるおじさんに声をかけられた。「どこから来た?」

 

私が理解できたのだから、もちろん英語だ。そして、流暢。流暢と言うよりも、ものすごい早口。おじさんは、自己紹介もせずに、まくしたてた。私の英語のリスニング能力はそんなに高くない。細かなことはよくわからなかった。でも理解できた断片をつなぎ合わせて知ったのは、おじさんが言いたいのはどうも「マスメディアというのはダメだ」という話だった。欧米の大メディアの名前をいくつか出して、怒っているかような口調でまくしたてていたから、きっとそうだ。

 

私は、言葉を100%聞き取れないから、全部聴き漏らしていませんよ、というふりをしながら、おじさんの身なりを観察していた。寒い時期だったからコートを着ている、一見身綺麗だし、とりたてて普通な……と足元に目が移ったあたりで、「あっ」と気がついた。おじさんは白い(たぶん)綿パンツと白いスニーカーを履いていた。だから、その足元の汚れが、それも先ほどちょっと汚れちゃいました、というのとは違うその汚れが、その人がどういう人かを如実に物語っていた。

 

いわゆる「ホームレス」のおじさんだった。

 

おじさんは、私に街角のメディア論をひととおり論じた末に、私の感想も特に尋ねることもなく、風のように去っていった。

 

その後も街を散策すると、話しかけられはしないが、ホームレスのおじさん達の姿を見かけた。確たる証拠を知っているわけではないが、当時、パリには他の国、それも、いわゆる先進国からホームレスの人たちが流れてくるとそのとき誰からともなく聞いた。英語が通じないのに、英語圏の国ぐにからやって来ると。

 

なぜだろう? 「パリには自由だからかな」という人もいた。でも、「英語通じにくいから不便じゃないのか?」すると、ある人が「英語が通じないからやって来るのかも」と言った。なるほど、と思った。

 

いわば「世捨て人」として生きざるを得なくなったときに、あえて馴染みのない、言葉が通じない土地で暮らす。ここは「誰でもない」人として暮らせる町なのかもしれない。

 

そう考えた瞬間、私のなかでパリの株が急上昇した。なんて、懐の深い、心の広い町なんだ! 「俺流」を振りかざして、中身はたいしたことないのにブランド品で着飾っている奴、のような町だと思っていたのに、ちょっと誤解してたかな、と思えてきた。ただ、暖かいとか、優しいとかいうのとは違う。どんな人も受け入れる度量の大きさがあるけれど、干渉しない、というタイプだろうか。

 

書店で出会ったおじさんは、自分の知的欲求を満たしに、数少ない英語の本屋に通っているが、たまには誰かと自分の言語、英語で話したいと思うのだろう。なんの関係もない通りすがりのアジア人に声をかけてみた。何かと、誰かとつながってはいたい、けれどしがらみに縛られたくない。そんな生き方ができる町なのだ。おじさんも、パリの町もカッコイイなと思えた。

 

それから、パリは美食の町、と言われる。私も初めてのパリで高価かつ高級な料理を食べさせてももらう機会もあった。しかし、その味の記憶がまるでない。朝ごはんを食べに入った小さなカフェのカフェオレとクロワッサンとか、パン屋で買ったフランスパンとか、ありきたりなものの美味しさだけが記憶に残った。

 

そして、もう記憶に残った小さな出来事。たった1本のペットボトルの水を、ある小さな店で買った時のこと。

 

日本のようにちょっと歩けばコンビニがあるような町ではない。高いお金を払えば、ホテルで調達できただろうが、ケチな私はそれを拒んだ。辺りが暗くなり始め、いささか心細くなりかけたときに、大通りから少し入ったところに小さな店を見つけた。入口も大きくなく、さして明るくもない。決して入りやすそうな店ではないが、他に店は見当たらないから、やむをえず店に入った。

 

店員が二人。その肌の色や顔の造りから移民の人かな、と思った。私たちはお互いに片言の英語でやりとりしたから、たぶんそうだろう。一見、入りづらかった店なのに、結局、私は好感触を抱いて店を出た。

 

店員はとりたてて愛想がいいわけではないが、ぶっきらぼうでもない。お互いのコミュニケーションで使える言葉は多くはないが、私とのやりとりを面倒くさそうにするわけでもなく、たぶん通常のお客さんと同様に対応してくれているのが、心地よかった。

 

すべてがそうではないだろうが、私たちが滞在中に入った飲食店では、フランス語のメニューだったり、言葉は読めるが中身が不明のメニューが、食べることを楽しむうえでの壁だった。背伸びをしてまで食事をしなくていいかな……。いつしか私を含む旅仲間の何人かは、町の食品店で総菜やお酒を買い込んで、ホテルの部屋で食事するようになった。もちろん食費節約の意味もあったけれど、街角の店でお互い片言の英語でやりとりすることは、楽しかったし、気持ちがとてもラクだった。結局、私たちは「パリらしい」レストランでの食事はほとんどしなかった。

 

ちょっと裏通りにある、食品店での買い物。それが、パリで一番楽しかった思い出かもしれない。そこには、特別じゃなく、日常がある。そのことへの安心感とか、心地よさとかを感じた嬉しさがあった。そんなこと、まったくパリという町に期待していなかったのに……。

 

私がこれまで生きてきたなかでパリという町に行ったのはこの1回限りだ。だから、パリについてあれこれ語る資格はないと思っている。けれど、私は行く前に抱かされていたパリのイメージとはだいぶ違うところに好感を持ち、居心地の良さを感じてしまった。ある意味、よく語られる華やかなイメージのパリの表舞台ではなく、その裏側にこそ私は惹きつけられたのだ。私には表舞台にあがることは、どうも居心地が良いものではなかったらしい。そんなとき、ある意味表舞台では出会えない人と出会ったことで、パリという町を嫌いにならずに済んだ。

 

人との出会いも、自分の居場所を見つけるときもそうだ。自分の心地良さや生きやすさは、誰かとは違うところにあるかもしれない。別に遠くへ旅をしなくても、いつもとちょっと違う道を行ったり、違う人と話してみたり、違う行動をとってみたり、そんなことで、自分の心地よい場が見つかったりするかもしれない。

*** この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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2016-12-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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