プロフェッショナル・ゼミ

「あの」クリスマスツリーから贈られる幸せへの挑戦状《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:木村保絵(プロフェッショナル・ゼミ)

――もう、そういう時期か。
12月に入り、街中が浮足立っているように感じる。
まだ幼さが表情に残る男の子と女の子。
2人ともカッチリとしたダッフルコートに身を包まれながら、嬉しそうに恥ずかしそうに手をつないでいる。
居酒屋から出てきた中年のおじさんとおばさん。
頬を赤らめてアルコールのにおいが漂う息を吐きながら、こっちもガッシリと手をつないでいる。

駅ビルの中には赤と緑と金色のポスターがあちこちに貼られている。
夜になれば、街路樹に小さな粒の明かりが灯される。

もうすぐクリスマス。
「だからなんなんだ」という人も最近は増えているらしい。
それはそうだ。
本来クリスマスは、ケーキを食べたり、プレゼントをもらったり、恋人とデートをするためにあるのではない。
だから、別にいつもと変わらないただの一日であっても、なんの問題もない。

頭の中では、わかっている。
わかっているんだ。
ただ。
それでも、わたしが長年心の中で密かに憧れ続けている言葉がある。

それは、
「クリスマスツリーを見に行かない?」だ。

いや、別にデートに誘われたいわけじゃない。
クリスマスのロマンティックな気分に浸りたいわけでもない。
「クリスマスツリー」は、「あの」ツリーでなければならない。
試練を強いられる、「あの」ツリーでなければならないのだ。

地元函館には、強烈に過酷なクリスマスのイベントがある。
巨大なもみの木が海の上に設置され、イルミネーションが施される。
「幻想的な風景」「異国情緒漂う函館の街でクリスマス」なんて言葉を見かけたりもするが、残念ながらそのイベントは、そんなに甘くやさしいものではない。
もしも「あの」クリスマスツリーを見に行くのであれば、覚悟が必要だ。
相当な覚悟を持って行かなければ、決して楽しむことはできないだろう。

「あの」クリスマスツリーが飾られるイベント『はこだてクリスマスファンタジー』は、1998年に始まった。
約20mを超える巨大なもみの木が、姉妹都市であるカナダのハリファクス市から、約18,000kmを超えて運ばれてくる。
日本では、クリスマスツリーと言われても、その木が人工であることも少なくない。
なのに、函館の「あの」クリスマスツリーは本物だ。
正直、夜になってイルミネーションも点灯されてしまえば、それが人工なのか本物なのかは、まるで区別がつかない。
わざわざカナダから苦労してそんなデカイ物運んでこなくても……
そう思ってしまうのが、正直な感想だろう。
実際、検疫所に引っかかって到着できなかった年もある。
毎年毎年、苦労してたくさんの人の努力のお陰で運ばれてくるもみの木。
なぜ本物でなければならないのか。
写真で眺めていると、正直わからない。
ところが、ツリーの麓に近づいていみると「あ!」と気付くことがある。
風が吹いた時に、ザワザワとするあの感覚。
昼間に青空の下で、ツリーを見上げた時のあの感覚。
巨木の下で、自分はなんてちっぽけな人間なんだろう、と気付かされる、あの感覚。
人工のものからは感じられない、自然が醸し出す、あの感覚。
「今年も遠くから来てくれて、ありがとう」としみじみ思ってしまう。
たかがツリーのはずなのに、たかがイルミネーションのはずなのに。
ただ「キレイだなぁ」と思うだけでいいはずなのに、なんだかジーンとしてしまう。
第一、それを海の上に浮かべて設置しているのだ。
どれだけ大変なんだ! 
観光地である金森赤レンガ倉庫郡の目の前に広がる函館湾。
そこに係留する台船の上に、約20mもの巨大なクリスマスツリーが立てられる。
冬の海風吹きすさぶ中、巨大なツリーを持ち上げたり、立てたり、装飾したり。
どれだけ大変なんだ……
想像するだけでも、指先がかじかんできそうだ。
「あの」ツリーを届けるために、立てるために、明かりを灯すために必死になった人たちのことを思うと、ツリーを崇めて拝みたくなってしまうほどだ。
だから、もしどんなに好きな人であっても、わたしは「あの」ツリーのことをバカにされてしまったら、きっと百年の恋も冷めてしまうと思うのだ。
たかがツリー。されどツリー。
どう見るかで、人生観すら問われているような気がしてくる。
それくらい、「あの」クリスマスツリーにはたくさんの人の思いや物語が詰まっている。
そう考えると、「ツリーを見に行かないか?」と聞かれることが、少し不安になってくる。
もっと気楽なところに行ったほうが楽しいんじゃないかな。
何も考えないところに行ったほうがいいんじゃないかな。
ついつい言われたいはずのその言葉を、言われないように仕向けてしまう自分が現れてくる。

「あの」ツリーが与えてくる試練はそれだけではない。
もちろん、ツリーを見てどう思うかなんて、人それぞれだ。
そこを試練や関門と思わない人だって、たくさんいるはずだし、そんな風に思っているわたしの方が、おかしいのかもしれない。
だとしても、「あの」ツリーを見に行くには、物理的に過酷な試練もある。
それは、会場が死ぬほど寒いことだ。
相当な覚悟を持って行かなければ酷い目に合う。
12月の函館の平均気温は0度。クリスマスツリーが点灯される夜には-2~3度になる。
しかも、ツリーが設置されているのは、海の目の前。
北国の冬の海風を、なめてはいけない。
まずツリーを見ながらロマンティックな気分に浸る、なんてことはできない。
命がけだ。
期間中12月1日~25日までは、毎日18時にツリーの点灯式が行われ、花火が打ち上がる。
雪が降る中、クリスマスツリー越しに打ち上がる花火は相当ロマンティックだ。
写真で見れば。
ただ、これがその場にいるとなると、想像を絶するほどに過酷だ。
寒い。とにかく寒い。
スマートフォンで写真を撮ろうと思い、手袋を外した瞬間、手の感覚がなくなる。
寒さで出てきた鼻水が鼻の中で凍り、思いっきり息を吸い込むと、鼻の穴がふさがる感覚を覚える。
シャッターチャンスを狙い、スマホのカメラを起動させておくと、スマホの動きがおかしくなる。
「あー」と声を出しながら足をジタバタさせ、上半身も動かさないと、寒さが収まらない。
ジッとしていると、死んでしまうのではないかと思うほど、とにかく寒い。
ヒートテックや防寒インナーだって、1枚くらいじゃどうにもならない。
インナーを重ね着して、Tシャツも来て、セーターを来て、フリースを来て、ダウンを来て。
屋内に入ったら暑くて脱ぎたくなる程に着込んでいかなければ、花火の上がる数分間ですら辛い。
せっかくのデートなのに、オシャレなんてできない。
動きが鈍くなるほどのモコモコ状態でなければ、ツリーを見ることすら、できないからだ。

「ツリーを見ながら、好きな人と手を繋ぎたい」
そんな幻想も捨ててしまったほうがいい。
まずは皮膚を空気に触れさせたら死んでしまうと心得ていたほうがいい。
彼女の手を握ってそれをポッケの中に、なんて甘い夢も、ここでは捨ててしまったほうがいい。
なんなら、薄手の手袋と厚手の手袋を2枚重ねていたほうがいいくらいだ。
好きな人と少しずつ近付く微妙な距離感や、触れ合うドキドキなんて、味わっている場合ではない。
残念ながら、ツリーの前では2人の距離は一気に縮まってしまう。
少しでも熱のあるものに触れていなければ、寒くて仕方がないからだ。
2人ともダウンでボワボワする感覚を味わいながらもくっついていないと寒くて耐えられない。

それだけの寒さに耐えて、打ち上がった花火を見届けた時。
恐らく2人の距離は相当縮まってしまう。もう、後には戻れないほどに。
だからこそ、誰もいないから適当に誘ってみるか、で誘われたら困るのだ。
「お、いいよ~」と気軽に答えて、うっかり本気で好きになってしまう可能性もあるからだ。
反対も然り。きちんと装備していかないと、誘ってきた相手を憎みたくなる程に寒い。
とにかく寒い。
距離を近づけるにしろ、遠ざけるにしろ、
「あの」ツリーのある会場の寒さは、2人の関係を狂わせてしまうほどの威力を持っている。

そうなると、やっぱり怖くなってくる。
「ツリーを見に行かないか」
わたしは、そう誘われたいのだろうか。
あれほどの寒い思いをしてまで、その人と見に行きたいと思えるだろうか。

さらに厄介なのは、会場で販売されている「スープ」だ。
この存在にも、あらかじめ覚悟を持っておいたほうがいい。
「なんで? スープでしょ?」そう思う人は少なくないはずだ。
ところが、この「ただのスープ」が、会場では恐ろしい存在になる。
前述したように、海の目の前の会場は寒い。とにかく寒い。
外からでも中からでも温めなければ死んでしまうんではないか、と思うほど、とにかく寒い。

そんな時、美味しそうな香りとともに、あたたかそうな湯気がぷわ~んと漂ってくる。

「うーん、スープかぁ。このあと夜ご飯食べるし、我慢しよう」
最初はそう思う人も多い。
ところが、無理なのだ。
我慢なんて、できないのだ。

エビやカニやホタテや海鮮の香りが、ぷわ~ん
トマトやチーズの絡み合う香りが、ぷわ~ん
コーンやカボチャのほんのり甘い濃厚な香りがぷわ~ん

寒いしな……スープくらい飲んでも、ご飯は食べれるよな……

気付くとあったかそうな湯気と美味しそうな香りに誘われて、列に並んでしまう。
そうしたら最後。
残念ながら、「どうせスープ」「たかがスープ」の虜になってしまう。
血液が凍るんじゃないかと思っていた体に、アツアツのスープが流れ込む。
途端、鼓動は高鳴り、血液は息を吹き返したかのように嬉しそうに全身を駆け巡る。
あっという間に体が温まり、元気が戻ってくる。
「あれ? なんか寒くないかも?」そんな錯覚にすら陥ってしまう。

第一、スープが、美味しい。美味しいんだ。
ただの液体のくせに、何でこんなに美味しいんだと、思わずカップの中を二度見してしまうほどだ。

あぁ、海鮮ってこんなに染みるほど美味しいんだっけ……
ぬぉぉ、トマトとチーズの相性って、なんでこんなに抜群なんだ……
ひゃー、コーンスープって、こんなに甘くて濃くて優しかったっけ……

え、じゃぁ、隣のお店のあのスープは? 
さっきのお店のあのスープは? 

もう、頭の中がスープだらけになってしまう。
たかがスープ、されどスープ。
あの会場にいたら、スープの誘惑に勝つことなんてできない。
「あぁ、明日も来ようかな」
せっかくデートに誘ってもらってツリーを見に行ったはずなのに、スープを飲みにまた会場に行ってしまいたくなるのだ。

気をつけた方がいい。
気付けば、自分の中で美味しいランキングベスト3を決めてしまう程に、通ってしまうかもしれない。

あぁ、だからこそ、覚悟が必要なんだ。
気軽に誘われて、うっかり行ってしまい、ついついスープを飲んでしまった日には、また行きたくなってしまうからだ。
「1回行ったからもういいよね」と口では言いつつも、
――もう1回行きたいな、という思いが生まれてしまうからだ。

あぁ、そんな試練を与えてくる「あの」ツリーをわたしは本当に見に行きたいのだろうか。
人生観を問うてくる「あの」ツリーを、死ぬほど寒い会場にある「あの」ツリーを、恐ろしい程に誘惑してくるスープに囲まれたあの「ツリー」を見に行きたいのだろうか。

いや、だからこそ、だ。
だからこそ、「クリスマスツリーを見に行かない?」と、言われたいのだ。

ツリーを立てるために辛い思いをしながらも必死になって努力した人の思いに涙をしてもいい。
どんなに寒くても、ひたすら着込んで耐え抜いてみせる。
スープの美味しさに取り憑かれて、何度通っても、いい。
それでも、それでもいいと思える大好きな人と、あのツリーを好きな人と一緒に見に行きたいんだ。

海に浮かぶツリーが水面に反射して、キラキラゆらゆら揺れる幻想的な風景に一緒に感動したい。
「幸せを運ぶもみの木」に一緒に思いを馳せてみたい。
「ひー、寒くて心臓痛い!」と言いながら、あったかい屋内に逃げ込んで笑い合いたい。
寒さに震えながら、夜空に浮かぶ花火を見上げて、「明日もがんばろう」と思いたい。
あぁ、あぁ。ツリー見に行きたいよ。見に行こうって言われたい。

いや、待てよ。
そこまで行きたいなら、自分で言えばいいじゃないか。
いつもそうだ。相手から何か言われるのを待っているだけで、自分からは動こうとしない。
そこまで本気ならば、自分で聞けばいい。
自分で「クリスマスツリー見に行かない?」と聞いてみればいい。
「あの」次々襲って来る試練を、一緒に楽しんでくれませんか? と聞いてみればいい。

ドキドキしながら、スマートフォンを手にし、メールを開こうとした瞬間、
「あ、だめじゃん」
わたしは、現実に気付く。

「はこだてクリスマスファンタジー」は毎年12月1日から25日まで開催。
残念ながら、翌日の26日になると「あの」ツリーは、跡形もなく撤去されてしまう。
現在東京で暮らしているわたしが函館に行くチャンスがあるとすれば、それは年末年始の休暇だ。
25日に間に合うようになんて、帰れるわけがない。
東京で仕事をしている以上、余程しっかり計画を立てなければ、12月1日~25日の間に函館に行くなんて、無理じゃないか。

あぁ、くそー、「あの」ツリーめ。
どれだけ試練を用意してくるんだ。焦らされれば焦らされるほど、見に行きたくなるじゃないか! 

いつか地元に帰れる日が来たら、期間中何度も見に行こう。
毎日打ち上がる花火を、ツリーの正面から、横に進んだ橋の上から、色んな角度から見てみよう。
時には函館山の頂上に上り、山の上から打ち上がる花火を見下そう。

今日もきっと、「あの」ツリーの前では物語が生まれている。
もしかしたら、生まれずに終わってしまった物語もあるかもしれない。
だけど、きっと「あの」ツリーは、すべてを見ているはずだ。
すべての物語にハッピーエンドが訪れるよう、見守ってくれているはずだ。
だって「あの」ツリーは、「幸せを運ぶもみの木」と呼ばれている。
出会った人達に、「あの」ツリーに願いを込めるすべての人に、幸せを運んでくれるのだ。
「クリスマスツリーを見に行かない?」
それはきっと、「あの」ツリーから贈られる、幸せへの挑戦状だ。
試練を乗り越えられる2人にだけ届けられる、特別な贈り物だ。

わたしもいつか、手に入れられるだろうか。
「あの」ツリーの前で、誰かと一緒に微笑み合えるのだろうか。
それまでは。
仕方がない。都会の空風吹きすさぶ中、自分の力で幸せに近付く努力をしよう。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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