プロフェッショナル・ゼミ

夫から「料理に愛情を感じない」と言われた妻が作った黒いうどん《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:土田ひとみ(プロフェッショナル・ゼミ)

私はあの日夫が言ったセリフを忘れられない。
彼は私の作った、豆腐とわかめの味噌汁が入ったお椀を持ったまま言ったのだった。

「ひとみの作った料理に愛情を感じない……」

……なぁにぃーー!?

「おいしい料理の隠し味は、愛情」
どこかで聞いたことがある言葉だ。私はこの言葉は嘘だと思っていた。
愛に味なんてないし。
しいて言えば、忙しい夫が限られた食事の時間に温かいものを食べられるように提供すること、これこそが愛情!
とにかく時短!
簡単で手軽で、美味しく感じる料理が一番!
豆腐が多少ぐちゃっとつぶれていても、手早く提供することが愛情だー!
そう思っていた。

私は、料理が苦手というよりかは、料理にかける時間を楽しめない女だ。
よく、「料理を食べてくれる人のことを考えるとワクワクする!」 という素敵女子がいるが、私はそうではない。
できれば料理はしたくない。面倒くさい。
かと言って、毎日買ってきたお惣菜やコンビニで済ませようとも思わない。
家で作った方が安いし栄養もあるし、それなりに美味しい。外食で美味しいものを食べるのも大好きだが、毎回外食ではお金がかかるし、栄養も偏りやすい。
家族の健康と家計のために、私は仕方なく料理をしている。

私はもともと食べるのが大好きなので、できれば美味しいものは食べていたいと思う。
しかし、それ以上に調理する時間やメニューを考えている時間がもったいないと感じるのだ。だから、手軽にまあまあ美味しく食べられるものばかり作っている。
よく作るものといえば、フライパン1つで済む炒め物や、具材を切って鍋に入れて煮込むだけのカレーなどだ。冬場は、ちゃんこ鍋やキムチ鍋、お鍋シリーズも大活躍だ。
そして、一番重要なポイントはこれだ。
労力をかけた分、ご飯が進むおかずであること。あれほど頑張ったのに、全く白米が減らないじゃないか! とツッコミたくなるメニューは極力作りたくない。
ポテトサラダがいい例だ。一旦ジャガイモを茹でてアツアツのうちに潰して、それからキュウリや人参、ハムなど他の具材も準備して……、それだけで面倒臭いにもかかわらず、マヨネーズでギトギトになった洗い物も出るというのに、全くご飯が進まないのだ!
何なんだ! ポテトサラダは! 私のかけた時間と労力はなんだったのだ! と腹が立ってくる。
お総菜コーナーで見かける彼らは、ちょっぴりしか入っていないにも関わらず、298円と高めの値段設定だけど、納得してしまうではないか!
できればポテトサラダのように面倒くさいやつは作りたくない。
理想は、おかずを一口食べたら白米が3口くらい進むほどの強烈なものがいい。佃煮など最高だ。だけど、白ご飯と佃煮ばかりを食卓に並べるわけにはいかない。

はぁー……。

結婚2年目、0歳児の育児中とはいえ、まだまだ新婚感が醸し出されてもいい時期だ。
新婚といえば、夫の帰りを待ちながら鼻歌を歌い、キッチンに立つ妻を想像する。フリフリのエプロンなんか着けちゃって。
しかし、私はどうしても料理を楽しめない。料理に時間を費やすくらいなら、ライティングをしたり、子供と過ごす時間に当てたい。あれもしたい、これもしたい!
だけど、日に3度も食事の時間はやってくる。
あー! この時間がもどかしい!!
夫が出張に行く時や、「昨日は飲みすぎたから、朝食はいらない」という時は飛び上がるほど嬉しい。
毎日がそうであったらいいのに、と思うほどだ。

そしていつも私は、眉間にしわを寄せ、ガチャガチャと生活音を立てながら、超特急で食事の準備をする。
「さっさと作って、食べ終わったらあれをしよう。これもしよう」
そんなことを思いながらフライパンを振る。
「さっさとこの時間が終わればいい!!」
憎しみを込めて、ねぎを刻む。
ジュージューと大きな音を立てていると、あっという間に昼食の時間になる。
職人夫の短い昼食タイムだ。
急げ!
夫がダイニングテーブルに座る。でもまだ料理は出来上がらない。要領の悪い自分にイライラする。子供も泣いている。しかし、この料理の手を止めるわけにはいかない。
急げ!
フライパンからザッと大皿に盛り付け、ご飯と味噌汁を並べる。
小皿と飲み物もセットする。
できた!
5分ほど遅れてしまったけれど、何とか昼休みの時間に温かい食事を用意することができた!
だけど、夫は言ったのだ。味噌汁のお椀を持ったまま。

「ひとみの作った料理に愛情を感じない……」

……なぁにぃーー!?
ひどいわ! ひどいわ!
こんなにも苦労して手早く作っているのに、愛情がない?
なぜだ!
愛情があるからこそ、時間通りに作っているではないか。
悲しくなった。
しょぼくれたまま、たった今作った緑の野菜ともやしと豚肉の炒め物を食べてみる。
うん……、それなりに美味しい。しょっぱいからご飯も進みそうな味付けだ。
でも、何だろう。何かが足りない。
彩が足りなくて全体的に茶色いという見た目のせいだろうか?
うーん。
私は、自分が作った料理に対して「愛情を感じない」と言われ悔しかったのだが、言い返しもできなかった。
「愛情を感じる料理」って、いったいなんだ!

憤りを感じたあの日からすぐに、私は「愛情を感じる料理」と出会った。出会ったというか気が付いたのだ。思いのほかそれは近くにあったのだった。
義母の作る料理だ。
義母はよく、手作りのおかずを我が家に届けてくれる。
牛肉とゴボウの煮物や、ひじきの煮物、そしてポテトサラダ。
特にこのポテトサラダには感心させられる。キュウリやニンジン、ハムの他にゆで卵も入っている。私は、ジャガイモを茹でたほかに、卵まで茹でなくてはならない工程を考えただけで嫌になる。手間暇かけて作ってくれたのだろうな、ということをぼんやり思いながら口に入れると、美味しさが口に広がる。そして、美味しさだけでなくきちんと愛情も感じたのだ。
息子に好物のポテトサラダを食べさせたい、子育てで忙しい嫁の手助けになるだろうからおかずを届けよう、そんな思いが込められているように感じる。
「これが愛情を感じる料理か……」
もそもそとポテトサラダを咀嚼しながらため息をつく。
はあ……。何が違うのだろう?
手間暇をかけて作っているというのは分かるが、私の作る料理と何が違うのかは分からないままだった。
「どうやったら愛情を感じる料理を作れるようになるのかな……」
私はポテトサラダをちびちびとつまみながら、考えていた。

愛情を感じる料理を作れないまま、忙しい日常は流れていく。
相変わらず私は、料理をしながらイライラしていた。
「料理している時間がもったいない!」
そんな私の殺気を感じてか、夫は私を外食に誘ってくれた。私は、夫とデートができる喜びよりも、一食作らなくてもいいことに大喜びをした。
ウキウキしながら身支度をし、車に乗り込んだ。車を走らせること40分、ずいぶん時間をかけてそこにたどり着いた。

そこは、奈良県内でも田舎の方にある街だった。静かで、昔ながらの日本建築が美しい街並み。その一角にお店はあった。
古民家を改装した店内に、雑貨が飾られ、カウンターには手作りの米粉のパンが並んでいた。蓄音機にレコードが置かれ、独特の味のある音を出している。
癒し系の姉妹がひっそりと営んでおり、「いらっしゃいませ」と笑いかけてくれると、もうそれだけで胸がいっぱいになるようなお店だった。
ランチのメニューは週替わりで2種類。パスタかご飯を選べる。私はチキン南蛮に惹かれ、ご飯のランチを選んだ。
「あー、誰かに食事を作ってもらえるなんてラクチン! 幸せすぎるー!」
私は畳に足を伸ばし、まるで実家に帰って来たかのようにくつろぎ料理が来るのを待っていた。

テーブルにさりげなく飾られたオレンジ色のダリアを眺めていると、優しい声が聞こえてきた。
「お待たせ致しましたー。ご飯のお客様。お先にお味噌汁です」
ショートヘアーが似合うお姉さんが微笑みながら言った。
……コトン。
小さな小さな音を立て、お椀がテーブルに置かれた。
私は「あ……」と思わず声を出してしまった。
その味噌汁を食べる前に『愛情』の存在に気づいてしまったからだ。
まあるいお椀に、白いかぶとえのきが入った味噌汁。湯気がほかほかとのぼり、その形もまあるく見える。
なぜだろう。
どうしてこんなにも、この味噌汁には愛情を感じるのだろう。
丁寧に両手でお椀を持ち、すすっと一口飲んでみる。
あったかい。
温度が温かいのではなく、心が温まるような「あったかさ」があった。
私は夫に言った。
「ねえ、このお味噌汁、愛情を感じるね」
「せやなあ。本当に、ここの料理は愛情を感じるなあ」
夫のそのセリフを聞き、一瞬カッと嫉妬しそうにもなったが、すぐに元に戻った。この愛情たっぷりの味噌汁を飲んだせいかもしれない。
あったかい味噌汁に感動していると、メインのチキン南蛮が乗ったプレートが運ばれてきた。
相変わらず癒しの微笑みを見せてくれるお姉さんに、私は思わず言ってしまった。
「あの、このお味噌汁、ものすごく愛情を感じます」
お姉さんは可愛らしく照れ笑いをしながら答えた。
「ふふふっ。そうですか、ありがとうございます」
「どうして、愛情を感じるんでしょうね。とても不思議です」
私は心からの疑問をぶつけてみた。
「ふふふっ。ありがとうございます。来ていただいたお客様には、ゆっくりくつろいでいただきたいので、そんな想いでお作りしています。そう言っていただいて、とても嬉しいです。ふふふっ」
お姉さんは嬉しそうに、でも少し恥ずかしそうにそう答えた。
私は、そんな想いだけでここまで愛情を込められるものかと疑問に思ったが、メインのチキン南蛮や付け合わせの野菜を食べて確信した。
どれを食べても愛情を感じるのだ。美味しい。だけど、美味しいだけじゃない。心が満たされるような感覚だ。きっとそれが愛情なのだろうと確信したのだった。

「はー、これが愛情を感じる料理かぁ。でも、私に作れるかな」

どうやったら愛情を感じる料理を作れるかは分からないけれど、私はとりあえずあの姉妹の真似をしてみようと思った。
「ゆっくりくつろいでいただけるように……」
そう思いながらネギを刻むようにした。檜のまな板に響く音が、心なしか心地よく聞こえた。
しかし、なかなかあの、まあるい湯気がのぼるような味噌汁は作れない。

難しい。
でも、何とか愛情のある料理を作れるようになりたい。
そう思っていたある日、夫は風邪で寝込んでしまった。
私は慌てた。
翌日には大事な仕事を控えていたからだ。
夫に早く元気になってもらいたい!
どんなものなら食べられるだろう?
体を温めて、消化も良くて……、そうだ! 煮込みうどんにしよう!
鶏肉を切って……、それからゴボウ。いつもは、ささがきに切られているパックに入ったゴボウを使っていたけれど、今日は土がついているゴボウを使おう。その方が香りがいいから。私はゴボウの土を水で洗い流し、皮をむき、シュッシュと切るとボウルに入った水にさらした。それから、シイタケ。干しシイタケをゆっくり戻してだしを取ろう。そして……、緑の野菜もあった方がいいよね。ビタミンを摂らなくちゃ。ああ、そうそう、人参もあったな。彩もいいし、栄養もあるし、入れてみよう。
ぐつぐつぐつ……。
煮えてきた。さあ、味付けだ。甘めが好きだからお砂糖を少し多めに入れよう。みりんと、しょうゆと……。
あ! しまった!
つい、濃い口しょうゆを使ってしまった。私の生まれは東北。蕎麦もうどんも黒っぽい汁が当たり前だ。しかし夫は関西人。私は、嫁いでから関西の味を覚えようと必死だった。「うどんの汁が黒いとかありえへんわ!」
いつか見たテレビで、関西のお笑い芸人が言っていたセリフを思い出す。
大変だ。
汁が黒いうどんは口に合わないかもしれない。ただでさえ、風邪で寝込んでいるというのに。でも、もう作り直す時間はない。
ごめん。ごめんね……。
せめて盛り付けだけはと、うどんを盛った後、箸で緑色の水菜とオレンジ色の人参が上に来るように整えた。仕上げに黄色い卵をぽんと落とし、完成させた。赤色も入れたかったけれど、胃腸が弱っているだろうから七味唐辛子をふるのは辞めておいた。

「起きられそう?」
そうっと夫が寝ている和室の襖を開けた。
布団からのそのそと起き上がった夫の前に、お盆に乗った煮込みうどんを差し出す。
「ごめんね、真っ黒になっちゃった」
私は申し訳なく思い、弱々しく謝った。
夫は「本当や」とだけ言い、食べ始めた。

ああ、やっぱりダメかー。
関西人に黒い汁はダメだって、あれほど気を付けていたのに。何もこんな時に失敗するなんて……。

うどんをすする夫の前に正座しながら、私は落胆していた。
膝の上に置いた自分の手を見つめ、あれこれ反省していると、夫が口を開いた。

「美味しい。愛情を感じる」

え?
この黒いうどんに?
私は信じられなかった。大失敗をしたのに、美味しいし愛情を感じるというのだから。

「丁寧に作ってくれたんやな。分かる」
夫はそう言うと、いつの間にか空っぽになっていた丼を置いた。
そっか。
イライラしながら雑に作った料理と、心を込めて作った料理の違いは相手にはお見通しなんだ。
今までやっつけ仕事のように料理していたの、バレてたんだな。味付けも大事かもしれないけど、それよりもどれだけ相手を思っているかが大事なんだろうな。
うどんの汁が黒いとか、白いとか、そういう問題ではないんだな。

これからは、もう少しだけ相手を思う余裕をもって料理してみよう。
だって、愛情を感じて食べてもらえたら嬉しいもん。

「ふふふっ。ありがとう。嬉しい」
そう言っている私は、愛情たっぷりの料理を出すあのお店のお姉さんそっくりに笑っていた。

***
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