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ふるさとグランプリ

深夜の海岸で、指輪は捨てない方がいい。《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:福居ゆかり(ライティング・ゼミ)

「寒っ」
秋の夜風が予想以上に冷たく、私は身震いした。カーディガン越しに寒さがじわりじわりと体に迫って来るのがわかる。
「波打ち際ってどこなんだろうなあ」
彼はそんな私のことは全く意に介さず、真っ暗な中、防波堤目指して歩き始めた。
深夜、海岸の駐車場。こんなところに1人で置いていかれてはたまらない。恋人同士でもなんでもない私たちの間柄で手は繋ぎたくないので、私は慌てて後を追った。

事の始まりは、一通のメールだった。
「今日、ヒマなら出かけない?」
彼……清水とは数年来の友人だった。学部の授業で知り合い、何度か飲みに行っている間に意気投合し、そのうちに時々ご飯を食べに行ったり友人を交えて遊んだりしていた。
なぜだかわからないが、私たちは一緒にいる時間がどれだけ長くても、男女の仲にはならず「友達」だった。私に、ずっと付き合っている人がいたからかもしれない。
そして、そのうち清水にも彼女が出来ると「彼女に悪いから」という理由で私たちは全く会わなくなった。会うのは、学部のみんなでの飲み会のみだった。
「あれ、久しぶり。元気にしてる?」
「んー、まあね。そっちはどう? 彼女と仲良くやってる?」
いつもの挨拶。すると彼はバツが悪そうに
「……最近、振られちゃって」
と笑って言った。
そうなんだ、まあ、よかったら話聞くからさ、また連絡して。
というようなことが先週、あったばかりだった。

深夜の国道で、私は流れていくライトをぼんやりと見ていた。
「で、どこ行くの」
そう言うと、清水は
「大洗海岸」
と即答した。
秋も深まり、夜は冷え込むようになってきた時期だったので、私は焦った。海沿いは寒い。けれど、まさかそんなところに行くとは思わなかった私は、かなり軽装だった。
「……本気?」
ちょうど信号が赤になって、車が停まった。
「これ見て」
清水がこちらに手を突き出した。
小さな箱が、その手の中にはあった。
箱を受け取り、開ける。そこには銀色の指輪がコロンと1つ、入っていた。
ラッピングはおろか、緩衝材さえ入っていないので、これが清水から私への愛の告白ではないことは明確だった。そもそも、割と手ががっしりしている私には可愛らしすぎるサイズだ。……と、なると。
「彼女の?」
と聞くと、うん、と暗い返事が返ってきた。
「貰ったものだしって思うと悪くて捨てられないし、けど見る度に罪悪感に襲われるから持っていたくない。だから返す、好きにしてください、だって」
要は自分が悪者になりたくないから、傷を負いたくないから、思い出の始末まで押し付けたということか。随分いい性格してるね、彼女。いや、元彼女か。と、言おうと思ったのだが、押し黙ったままの清水が不憫になって、私は口を閉ざした。
「それで、海に行こうと思って。ありきたりだけど、捨てる場所がそこしか思いつかなかった」
どうやら2人の思い出の場所である、大洗海岸に捨てに行こう、そう思ったようだった。
清水はロマンチストだな、と思った。目の前でゴミ箱に突っ込んでやるか、金槌で潰して窓から投げればいいのに、と思った私とは大違いだ。もっとも、そう言う私も他人の事だからそう思うのであって、もし自分が清水の立場だったら「綺麗に思い出の海に沈めたい」と考えるのかもしれないな、と思った。
「……そう」
それだけ答え、私は指輪を箱に戻した。
進む道の向こうは暗く、夜がぱっかりと口を開けて、私たちを待っていた。

海岸に来ると分かってたなら、パンプスで来なかったのに。どんなに気をつけても、少しずつ靴の中に入って来る砂に辟易しながら歩く。
夜の海は、想像以上に不気味だった。
夏の海との表情の違いに、私は身震いした。ただ真っ暗で、波の音だけがやたらと大きく響く。どこから波打ち際で、どこから砂なのかが全くわからない。駐車場には街灯があるため、かろうじてそちらの方角が分かるだけで、手元の明かりは携帯電話の薄暗いライトのみだった。当時は今と違って折りたたみ式の携帯電話なので、僅かな明かりでは足元さえ満足に見えなかった。
車で待っていればよかった、と私はついてきたことを後悔した。けれど、もう遅い。
「おーい、清水——」
ずんずんと先を行く清水の姿すら見えず、闇雲に歩きながら呼びかける。すると、向こう側から声が聞こえ、ほのかな携帯電話の明かりが見えた。
「福ちゃん、こっちこっち」
慌ててそちらの方向へと向かう。すると、急に足元がひんやりした。ひええ、という情けない声が出る。
どうやら私は知らぬ間に波打ち際にいて、海に足を突っ込んだらしかった。清水に引っ張られ、砂地に戻る。
「ありがとう」
「手でも繋ぐ?」
「遠慮します」
「まあそんな冷たい事言わずに。俺と福ちゃんの仲じゃないか」
「私、世界で清水しかいなくなっても、清水とは寝ない自信があるよ」
「安心しろ。俺もだ」
そんな会話をしながら、海を眺める。相変わらず、どこからが海でどこからが砂なのか、全くわからない私はその場から動けなかった。
清水はしばらく足元を確かめると、
「そろそろ、いいかな」
と、海の方に向かいあった。
けれど、予想以上に辺りは暗く、私からは清水が全く見えなかった。そして本人も、なんとか指輪を捨てはしたものの、その様子は全く見えなかったようだった。
つまり、海に向かって指輪が弧を描いてキラキラと輝いて消えていき、「バイバイ」と呟く……なんていう、本人が予想したであろうカッコいいシーンにはならず、ただ真っ暗な波打ち際で微妙にビシャビシャな男女がうっかり指輪を落とした、というだけなのだった。
せめて昼間に来ればよかったのに、と私は思った。昼間に来れば、こんな不気味な思いもしなくていいし、きちんと指輪が海に沈むところも見られるし、きっとドラマチックな一瞬になったのに。秋の真夜中の海は暗く寒い上に薄気味悪く、指輪を捨てたという開放感もなく、私は一瞬でも早くそこから離れたかった。
「……清水? 何? 捨てれた?」
という私に、うん、ともううん、とも言えない返事を返して、清水は鼻声で
「帰ろう」
と言った。
まあ、納得できたならいいか、そう思って私たちは駐車場の明かりを目指して歩き始めたのだった。

「あれっ」
「何?」
ゴソゴソと清水がポケットを探っている。
そして焦ったように言った。
「財布がない」
「はぁ!?」
「さっき、指輪を投げた時に勢い余ってポケットから落としたのかも」
また戻ることにはうんざりしたが、免許証諸々が入っている財布がない状態では帰れない。私たちは再び波打ち際に戻り、真っ暗闇の中、手探りで財布を探した。
「福ちゃーーん、あった?」
遠くから清水の声が聞こえる。
どの辺りに落としたのか全くわからないので、手当たり次第うろつく事になった。水に浸した手足が冷たい。
「ない。っていうか、よりにもよって黒い財布かよ」
悪態を吐くと、沈んだ声で
「……うん。前の彼女からの、プレゼントだったんだ。
財布替えろってことかなあ」
と聞こえてきた。
「まあ、それより何より、見つけるのが先でしょう」
しばらく2人で足元をさらっていると、向こう側から「あった!」と声が聞こえた。
ぐしょ濡れの財布を掴み、こちらに歩いてきた清水と合流し、駐車場に向かう。砂に足を取られながら、やっとの思いで歩く。
車のルームランプの下に照らされた財布は海水と砂だらけで、とてももう使えそうになかった。「……残念だけど、買い替えた方が良さそうだね」と言うと、彼は悲しそうに頷いた。

右手に福沢諭吉、左手に夏目漱石を持ちながら交互に暖房の吹き出し口に当てる。
「乾いた?」
「いや、あと少し」
シワシワになってしまった諭吉さんを伸ばしながら乾かす。全く災難である、と文句が聞こえてきそうだ。
「次、捨てる時あったら、夜中はやめた方がいいよ」
と私が言うと、
「俺もそう思う」
と清水の疲れた声が返ってきた。
「全然指輪見えねーし、思いっきり振りかぶって投げたはずなのに手応えもないし、気づいたらないし。寒いし、砂で汚れるし、財布落とすし」
そこまで言っているのを聞くと、私はなんだか無性におかしくなってしまった。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだ。笑い始めた私につられて、清水もいつの間にか笑っていた。
「ホント、ひでーよな」
「ひどいひどい」
ははは、と笑い声が車内に響く。ああ、よかった、と私は思った。夜に海に来たのは大失敗だったけど、笑顔が取り戻せたなら、少しは来た甲斐があったというものだ。
窓の外、地平線の向こうから少しずつ、朝日が顔を出していた。
「朝ご飯でも食べて帰るか」
「ここまで来たら、納豆も買って帰りたいなあ」

暗い海に手を振り、私たちは新しい1日へとハンドルを切った。

***
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