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プロフェッショナル・ゼミ

来週、彼女に会えるということ《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:西部直樹(ライティング・ゼミプロフェッショナル)

「いま、なにを考えている?」
彼女に、聞いてみた。
「はやく終わらないかなって」
彼女は僕を見上げ、目を見ながら、こともなげに言うのだった。

「そうか……」
僕は少しばかり溜息をつき、体を動かした。
ゆっくりと、はやく終わらないように。

僕が動きはじめると、彼女は横を向き、目を閉じた。
小さな顔、通った鼻筋、ふくよかな唇、小さな耳、
大人数のアイドルグループの第2列に必ずいる女の子、そんな感じだ。

彼女との出会いのきっかけは、
拾い物からだった。

したたかに酔って帰ってきた翌日、
気がつくと、スーツを着たまま寝ていた。

起きると昼に近かった。
まあ、いいや、今日は休みだし。
着替えてもう一度寝よう、頭も痛いし。
と起き上がり、スーツを脱ぐ。
スーツは、ところどころ泥がついている。
なにをやったのだ、俺は……。
ポケットから定期や財布を取り出していると、
入れた覚えのないものが手に触れた。
お金だ、輪ゴムで留められた万札が出てきた。
留められていたのは、1万円札13枚、5千円札4枚、計15万円。
ボーナスの時期にしか目にしないような金額だ。
なぜ、ポケットの中に入っていたのか?

昨日のことを思い出してみた。
友人たちから飲まないか、と誘いがあって、
池袋で飲みはじめた。
一軒目で、かなり酔いはじめたのは、覚えている。
日頃のストレスとか、なんとか、体調もよくなかったのか。
二軒目を探して、少しうろついて、その時ちょっと転んだような気がする。
その時か?
二軒目では、「なんで東口に西武があって、西口に東武なんだ!」とわめいていた記憶が微かにある。
その後は……、カラオケにいったような気もするが、覚えていない。
友人下手な歌に、「へたくそ~」とヤジを入れたような気もするが、夢だったのかも知れない。
その後の記憶がない。
どうやって自分の部屋に戻ってきたのか、電車に乗ったのか、タクシーだったのか。
どこで、この札の束を拾ったのか、ポケットに入れたのか、まったく記憶にない。
これだけの金額だ、無くした人はさぞ困っているだろう。
しかし、しかしだ。
なにも手がかりになるものがないのだから、返しようがない。
輪ゴムに名前はもちろん書かれてはいない。

交番に届ける、ということも考えられる。
しかし、どこで拾ったのかわからないものを届けられるか。
届けても、落とし主は出てこないこともある。
3ヶ月を過ぎれば、これは自分のものになる。
15万は、臨時収入となるのだ。
と、ここまでを考えたところで、腹が鳴った。
喉も渇いた、腹が空いた。
なにかを食べよう。

自分の財布を見た。
札はなく、小銭入れに500円玉と数枚の一円玉があるだけだった。
銀行に行かなくては、休日の食事もままならない。
冷蔵庫には、卵しかない。
米も尽きている。
テーブルに投げ出した札の束、ありふれた輪ゴムでまとめられた15万円が目に入る。
警察に届ければ、三ヶ月後には自分のものになる15万円。
ふと、思いついた。
途中を省略してもいいのではないか。
どうせ3ヶ月後に自分のものになるのなら、いましても、同じだろうと。

5千円札を1枚抜き取り、買い物に出かけた。
胸の奥がチリチリと痛みがはしった。けれど、それは無視することにした。

一度手を付けてしまえば、あとはなし崩しだった。
手持ちがないから、と。1枚、2枚と使っていった。

5千円札をすべて使い切った頃だった。
渋谷の街を歩いていると、大きな宣伝トラックが目にとまった。
なんとかメールで、出会いを! と、萌え系のイラストが派手だ。

出会いか、最近はなにもないな。
恋人と5年前に別れた。それ以来、なにもない。
もう三十路を越えたというのに。
ボーナスが出た時に、酔いにまかせて、それなりの店に行くくらいだ。

会社の同僚の異性以外とは、ほとんど話をしていない。
異性との会話が無いのは、まずいような気がしていた。
仕事は内勤だから、外に出て行くこともない。
このまま、なにもないまま、プロの独身になってしまうのか。

不安に胸が痛くなる。
異性を求める気持ちも薄らいでいるような気がする。
このまま、なにもないまま、朽ち果てるのだろうか。

焦燥に背が強張る。
それなりの店で、生涯をやり過ごすのか。
このまま、なにもないまま、朽ち果てるまで。

ネットで出会い系なるものを調べてみた。
なるほど、掲示板に自分のプロフィール書き込む、自分のことが気になった人からメールが来る、そこからやりとりがはじまり、ということか。
自分からメールを出してもいい。ただし、男性はメール1通あたり、幾ばくかの料金がかかるようだ。
渋谷の街で見かけたサイトに登録をしてみよう、とサイトを立ち上げたところで、手を止めた。
裏の情報、口コミも調べてからにしよう。
最近のニュースが頭をよぎった。出会い系サイトでボロ儲けをして、脱税かなにかで捕まったという男たち、詐欺まがいの手法で男性から金銭を巻き上げていたらしい、というではないか。
調べてみると、「出会い系だけど、絶対に出会えない系だ」とか、「メールが来るけど、全部玄人」とか、恐ろしいことが書いてあった。
それらの記事を参考に、比較的安全だというサイトを見つけた。

登録して、しばらくするとメールが来た。
はやる気持ちを抑えて開く。
「こんにちは、プロフィールを見て、気になったので、メールをしました。今日はヒマしています。これから会えませんか?」
ストレートにして簡明なメールだ。
「えり」という女性のプロフィールを見る。写真が載っている。
おお、なんかクラス一の可愛い子、という感じだな。
右斜め上から撮られた写真、う~ん、これは誰が撮ったのだろう。
年齢は22歳、若い!
160センチで45㎏、スリムなんだ。
趣味は食べ歩きかあ。

「メールをありがとう。嬉しいです。今日は時間があるので、会いましょう。渋谷のハチ公あたりで待ち合わせしませんか?」
返信をすると、数分後に返事が来た。
「ご連絡、ありがとう。巣鴨の駅の改札を出たところで、これから1時間後でお願いします。それから、ホ別2でいいですよね?」
巣鴨、って渋いところを、1時間後っていまでなくては間に合わない。
はじめて会うから、最初はお茶くらいだろうが、時間的には夕食もとなるかも知れない。
念のために、拾ったお金から3枚を抜いて財布に入れた。
それにしても、最後のホ別2ってなんだ。
疑問を抱えたまま、部屋を出た。

移動の間、想像というか、妄想が膨らむ。
サイトに載っている写真を何度か見る。実物はもっと可愛いのかもしれない、かわゆくて積極的なんて、理想的というかなんというか。

巣鴨駅に近くなったところで、「もうすぐ着きます」とメールをした。
すぐに返信が来る。
「改札を出てすぐのところにいます」

駅に着いた。
はやる気持ちを抑え、ゆっくりと改札に向かう。
改札を出たすぐのところには、それらしき人はいない。
いるのは、小柄で全身がふっくらとした女性がいるだけだ。
改札を出て、わたしは周りを見渡した。
いない。
ネットにも載っていた「ドタキャン」とかいうヤツか。
会う約束をしても、待ち合わせ場所に現れない、ということがよくあるらしい。
携帯でえりさんの写真を見ながら、残念だった、と思っていると
「ねえ、あなた、待ち合わせしている人でしょ」
と、あのふっくらとした女性が声を掛けてきた。
彼女は、全身に貫禄があった。
少し後ずさりながら、右手を体の前で振った。
「違いますよ。知り合いと待ち合わせていますが、あなたはわたしの知り合いではないようですし、違います」
携帯をポケットに戻す。
彼女は小首を傾げながら、元の位置に戻り、携帯を眺めている。
自分の携帯を出して、調べようと思ったところで、えりさんからメールが来る。
「巣鴨の駅にいます、いまはどこですか」
つばを飲み込む。
いま、巣鴨の駅にいるのは、ふくよかな女性だけだ。
えりさんは、22歳、160センチ、45㎏、クラス一のかわいい子、のはずだ。
声を掛けてきた女性は、推定35歳、150センチ、95㎏というところだ。
これは、どういうことだ。
深呼吸をひとつして、携帯を耳にあて、
「そうか、ここじゃないの 隣の駅かあ、いまからゆくよ」と小芝居しながら、改札を抜け、帰りの電車に乗った。
えりさんがその後どうなったのかは知らない。
電車に乗ったところで、彼女からのメールを拒否する設定にしたからだ。
これまでのメールは出会い系のサイト内だった。受信拒否にすれば、跡をたどられることもない。
設定を変更してから、調べはじめた。
ホ別2の謎、
えりさんのプロフィールと待ち合わせていたらしい彼女との間に落差があるのは?

ネットで検索を掛ければ、ある程度のことはわかる。
ホ別2は、料金のことだ。場所代は別にして、諭吉さん2枚ということらしい。
落差があるのは、釣るためだ。
ふくよかな女性が好きな人もいるだろうが、プロフィールとは違い過ぎる。
彼女は、玄人、業者の人だったのだ。
店舗を持たないデリバリー、出前系の風俗だったのだ。

出会い系で、玄人と出会ってもなあ。
玄人と素人を見分けるポイントもネットには出ていた。

玄人は、返事がすぐ来る。
素人は、すぐには来ないことの方多い。仕事中だったり、授業中だったりして、すぐには返事を出せないこともあるからだ。

玄人のメールは、定型である。
だから、「ラーメンは好き?」と聞いても、「今日はお暇?」と答えにならない返事が来るらしい。
素人は、普通にやりとりができる。

玄人は、会う場所を指定してくる。巣鴨だったり、大塚だったり、大久保だったり、その手の施設があるところを指定するのだ。たぶん、会社の都合とか縄張りとかいろいろあるのだろう。
素人は、都合を合わせて場所を選べる。

出会いのポイントを確認して、再び挑戦した。
玄人らしきメールは無視して、普通にやり取りできる人だけに絞っていく。
しかし、このサイトのメールには一通あたり少々の金がかかる。ポイントを買って、そのポイントでメールをやり取りするのだ。ただ、多くの人とたくさんやり取りをすれば、それだけポイントも必要になる。

ポイント購入には、あの拾った札たちが役に立った。
しかし、業者ではない人たちとのやり取りは楽しいが、なかなか会えない。
見ず知らずの異性と会う、というのは躊躇うものなのだ。
僕も最初の出会いで懲りている。もう少し、やり取りをしてから会いたかった。
だから、メールの回数も増える。ポイントもたくさん必要だ。

拾った札が残り5枚になった頃、一人の女性がなんとか会えそうな感じになってきた。
楽しくメールのやりとりができ、映画が好きというのが共通していた。
頃合いかなと思い、僕から誘ってみた。
「今度の週末、映画にいきませんか? 時間はあるかな」と。
12時間後に彼女から返事が来た。
「週末、土曜日なら時間は大丈夫です。なにを見ますか? わたしは……」
彼女が見たい映画は、渋谷の映画館でやっていた。
映画館の近くカフェで待ち合わせをすることにした。

「それでは、週末楽しみにしています。ただ、ひとつ会うのにお願いがあるのですが、聞いてもらえますか?」彼女からのメールだ。
お願い、ってなんだ?
「お願い、なんですか?」
「いま、いろいろ大変なので、少し助けて欲しいんです。ふたつくらい。すみません」
助けて欲しい、ふたつとは、
ホ別2の言い換えか。
僕は拾った札を数えた。まだ、5枚ある。

メールはすぐに返事は来ない
やりとりができる
そして、会う場所は二人で決めた。

だから、玄人ではないのだろう。
お金を貸す、と思えば、いいのか。
僕は少し迷った末に返事を出した。
「大丈夫ですよ。お会いしましょう」と。

待ち合わせのカフェにはいる前に、彼女のプロフィールを確かめた。
あすかさん、21歳 155センチ 48㎏ 写真は小さくはっきりはしない。わかるのは卵形の顔、長い髪、だ。

カフェに入り、なかを見回す。
片隅のソファ席に、それらしき女の子がいた。
「あすか、さんですか?」
声を掛けると、彼女は、ニッコリと笑って頷いた。
それから、好きな映画の話をし、
映画を観にいった。少し哀しい映画だった。
あすかはそっと目頭を拭っていた。
僕もちょっと鼻の奥がつんとした。

映画館を出て歩く道すがら、僕たちは観た映画の話をし続けた。
哀しい恋の話は、尽きることがないかと思えた。

道玄坂をのぼり、右に折れた。
少し横道に入ったところで彼女は立ち止まった。
「今日は大丈夫なんですよね」と彼女は問うてくる。
大丈夫って、お願いのことか。
胸の財布を触り、僕は頷いた。
「大丈夫ですよ」
「ここら辺は知らないから、いいところ選んで下さい」と、彼女を俯きながら言う。
僕は、適当なところを探し、入る。
休憩3時間を選んだ。

部屋は清潔な感じだった。ベッドの脇には二人掛けのソファがあった。
まずは、ソファに腰を掛け、途中のコンビニで買ってきたコーラを、彼女はウーロン茶を飲む。
落ち着かない。深呼吸をしないと、鼻息が荒くなりそうだ。
彼女は、一口飲むと立ち上がった。
「お風呂用意してきます」
彼女の馴れた仕草に戸惑う、いや、少し残念な感じ、を味わう。

戻ってきた彼女は、
「ねえ、感じなくても濡れるって知ってました?」と、閉じられた窓を見ながら話しはじめた。
「からだが自分を守るために、そうなるんです。保健の先生が言ってました」
僕は話の展開に戸惑いながら、頷く。
「それと、口は恋人とだけです。ごめんなさい。彼に悪くて……」
え、彼氏がいるのか。
僕は混乱していた。だから、聞いてみた。
「恋人もいて、それでもこんなことをするの?」
彼女は、僕の方に顔を向け、頷く。
「仕方ないんですよ、お金のためです。
借金を返すのに、親が作ったんです、借金。
返さないといけないけど、割のいいのは、こんなので。友達で同じようなコトしている子もいます。それも、やっぱり借金が返せなくて、こんな、みんなそうですよ」
そうなのか。
「こんな感じで会うのはよくするの?」
「あんまりはしないです。会うまで時間がかかるし、会ったら変なのだったら大変だし。あなたは、すぐに会おうって言わなかったので、安心できるかな、と思って。それと、定期で会う人もいるから、臨時的に時々、今日は半年? 1年ぶりかな」
彼女の話には、ちょっとついていけない。時々やっているのか、そして、定期的に会う人もいるのか、それで……。僕の中の欲望が膨れあがる。

事を終え、僕はベッドに寝転がっていた。
彼女はバスローブを羽織り、残っていたウーロン茶を飲む。
「ちょっと、電話してもいいですか? バイトのことで電話あったみたいで」
彼女は携帯を操作しながら、聞いてくる。
僕は、少し気怠い。「いいよ」と短く答える。

「すいません、先ほどお電話いただいたようで、ハイ、応募したスミノエヨウコです。ええ、大丈夫です。明日からですか。大丈夫です。では、明日お伺いします。ありがとうございました」
「アルバイト、決まったの」
「ええ、ラッキーでした。レジ係なんですが、ほら、いまはピッとやるだけだから、簡単だし、結構な人が応募してたのに、よかった」
彼女は笑顔を僕に向ける。
「よかったね」
「あんまり割はよくないですけど、楽だし、近くだし」
そうなのか、僕は嘆息するしかなかった。

ホテルを出ると、夕方だった。
残照に照らされた彼女は、上気しているかのようだった。
第2列の子。小柄で可愛い。なのに……。

道玄坂を下りながら、彼女は僕に
「また、映画に誘って下さい。まだ、観たい映画いっぱいあるんです」
ニッコリと微笑んできた。
その笑顔に魅せられて、こう答えてしまった。
「いいよ、どんどん観よう。来週はどう」
「来週、日曜なら、さっきのバイト土曜もあるみたいなので」
と、すこし曖昧な約束をした。

映画を観るということは、今日と同じということなのか。
僕の中の欲望が目覚めはじめる。

「それじゃ、わたしはこっちなので」スクランブル交差点の前で、彼女は私鉄の駅に向かう。お辞儀をし、手を振ってくる。
僕も手を振り返す。
なんだか、少し甘く、そしてすっぱい。

来週も、か。
胸の内が暖かいもので満たされる。
彼女と会うなら、お願いがあるだろう。
もう、拾ったお金はほとんどない。
ボーナスはまだ先だ。

僕は地面を見る。
落ちてはいないだろうか、持ち主不明なものは。

やれやれ。
真面目に、会う算段を考えよう。
考えながら、彼女と交わした会話が蘇る。
思い返すと、わからなくなる。
彼女は、なにを思って僕の腕の中にいたのか。

でも、はっきりしていることはある。
来週、彼女に会えるということ。
それだけで、すこし心持ちがふわりとしてくる、ということ。

※この話はフィクションです

***
この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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