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プロフェッショナル・ゼミ

あの人はなぜ冷酷に風紀指導をやりきれるのだろう《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:吉田裕子(プロフェッショナル・ゼミ) 【フィクション】

教室に、マナーモードにした携帯の振動音が響き渡った。

そして、「誰!?」と追及する私の声も。

教室の生徒たちは静まり返る中、空気を読めない振動音が鳴り響き続けた。

私の勤務する女子校の携帯電話管理ルールは厳しい。

携帯電話を所持すること自体は否定しないが、学校に着いたら、電源を切った上で各クラスの貴重品袋に入れなくてはならない。下校時までは職員室の金庫に入れられ、触ることはできない。提出せず、自分で隠し持っていることが露呈すると大変なことになる。没収の上、800字以上の反省文。親に来校してもらっての引き渡しだ。

ちなみに、登下校時も迎えに来る親との連絡など、どうしても必要な状況以外での使用は厳禁。行き帰りの電車やホームでスマホをいじっているところを見つかろうものなら即没収、反省文、親呼び出し。

そして、こうして授業中に携帯電話が鳴ってしまったときのルールは……

当事者が名乗り出るまで授業は停止、だ。

生徒たちは全員、うつむいて、じっとしている。振動音が鳴り響いた後も、決まりの悪い沈黙が続いた。

チャイムが鳴っても名乗り出る者はなく、教室の内線電話で2-Eの担任を呼び出し、彼女たちを引き渡した。

誰かが名乗り出るまでエンドレスでこの状態が続く。休み時間もなければ、授業も進まないし、放課後になっても帰れない。

かわいそうだが、これがうちの学校のルールだ。

私だって好きでやっているわけではない。きっと、非常勤講師の先生の中にはいい加減な人もいるだろう。本音を言えば、この取り締まりルールを厳格に運用するのは面倒だし、生徒からはひどく憎まれなくてはならない。やらなくて済むならやりたくない。しかし、私は専任教諭だし、よりにもよって、こういう取り締まりこそが私に期待される役割である。

クラス担任とは別に割り振られる校務分掌。個人的には、進路指導部か生徒募集部あたりが良かったのに、風紀指導部に配属されてしまったのである。

登下校時には、身だしなみチェックとあいさつの呼びかけ。月に1度の頭髪検査・服装検査。生徒の登下校時の振る舞いに関するクレームへの対応。目を光らせて、気が付いたことはチェックする。「あら、〇〇さん? スカート短くない?」と声をかけなくてはいけないのである。

私はこの私立高校のOGなので、生徒たちの気持ちがよくわかる。色々言われて鬱陶しいだろうと思う。「うぜぇな、あいつ」と思っているだろう、と。

当時思っていた。多少スカートが短かろうが、前髪が目にかかっていようが、私の人生に大差はないじゃないか、と。あの人たちは何が楽しくて、そんなに細かいことに目くじらを立てるのだろう、と。

あのときの私に答えてあげたい。

……何も楽しくないよ、と。

こんな取り締まりで憂鬱になると、思い出すのは、教育実習中のことだ。

教師よりも年の近い実習生は、頼りない半面、親しみやすい。わずか3週間の間とはいえ、よくなついてくれて、教室の前を通りかかると皆、集まってきてくれた。「長澤せんせぇー」と舌足らずな感じで呼ばれたことなんかは、今もありありと思い出すことができる。

それが今はどうだ。

「風紀の長澤」になってしまった私はすっかり、オシャレをしたい女子高生たちの目の敵である。

2-Eの携帯電話事件をきっかけにすっかりブルーになってしまった私が、職員室の自席でぼんやりしていると、後ろから声をかけられた。

「今日、2-E、携帯出ちゃったんだって?」
と言うのは、風紀指導部の部長の高嶋先生である。40歳を過ぎたくらいの英語の先生だ。男性教師よりもカジュアルな服装の女性教師が多い中、必ずスーツで決めていらっしゃる、きちんとした雰囲気の女性である。フチなしの眼鏡が、知的でクールな印象。まさに、風紀指導にぴったりといった感じの先生である。私が生徒の頃から「鬼の高嶋」と呼ばれていた。

「そうなんです。名乗り出ないから、授業3分の1もつぶれちゃって」
「観念したらいいのにね」
「本当ですよ。どうせ、いつかはバレて怒られるんだから……」
「長引くと、クラスメイト同士で疑い合って面倒なのよ」
「こちらも気疲れします」
思わずため息が漏れる。

「ため息ついちゃって」
「携帯電話指導は正直、疲れます」
「ルール、細かいからね」
「あの……まだ3年目の私がこんなことを言うのもおこがましいんですが、ここまでやる必要あるんでしょうか」
「まぁ、決まっていることだしね」
「生徒だった頃も、ここまでやらなくても良いんじゃないかって思ってたんですけど、指導する側になっても思います」
「……」
「先生は、やる必要あるって思っていらっしゃいますか?」

私が思い切って訊いてみると、高嶋先生は腕組みをしながら答えてくださった。

「私この前ね、公立の高校にお邪魔する機会があったのよ。そこは携帯自由でね。そしたら予想通り、授業中も結構、こっそりいじっているのよ。先生も半ばあきらめてる。それは予想してたから驚かなかったんだけど、休み時間にびっくりしたの」
「休み時間ですか?」
「そうそう。授業中よりむしろ休み時間にびっくりしたわけ」
「何でですか?」
「うちの学校より静かなの。席に座って、スマホでゲームやったり、イヤホンをつけて動画を見たりしてる子がいて。なんか、寂しい話じゃない? ほら、うちだと、携帯がない分、休み時間は友達としゃべるしかないでしょう?」
「あー、気付かなかった。そんなメリットがあるんですね」
「そうそう。友達としゃべるの。だから、回収しちゃうの結構いいんだなって思った」

私は思い切ったついでに、もう一つ訊いてみた。風紀指導部長として、それこそ「鬼の高嶋」と呼ばれんばかりの仕事ぶりの先生に、訊いてみたいことがあったのだ。

「先生は……高嶋先生はつらくないんですか。生徒に色々言われたりとか。……私はつらいです」

先生は、意外そうな顔をして答える。

「嫌われるわよね。実際」
「そうなんです。頭髪検査とか……引っかかった子に、根に持たれて」
「ま、でも、あなたという人間が嫌われているわけじゃないんだから。私たちは役割を演じている。歌舞伎とかと一緒よ。悪人役」
「……それはその通りです。それは、分かっているつもりなんですけど、つらいんです」

食い下がる私に、先生は少しぶっきらぼうに言う。

「あー、面倒くさいわね。とりあえず彼氏でも作りなさい」

予想外の角度から飛んできた答えに面食らう。

「あなた、いないでしょ、どうせ」
「い、いませんけど……」
「ステキな彼でもいたら、仕事も頑張れるんじゃない?」

高嶋先生はそう言い残すと、次の授業に向かっていった。

実際、しばらく彼氏はいない。しかし、そんなこと、大きなお世話である。セクハラである。

第一、高嶋先生はどうなんだ。自分だっていないんじゃないのか。自分が生徒だった頃には「あの人は絶対に独身だ」と皆で決め付けていたけれど……実際はどうなんだろう。40歳過ぎの高嶋先生。お年がお年だけに、正面切って尋ねることは遠慮される。

それにしても、である。彼氏ができたら何か変わるのだろうか。仕事は仕事、彼氏は彼氏ではないのだろうか。彼氏ができたところで、風紀指導の仕事が楽しくなるとは思えない。彼氏に散々、仕事の愚痴を漏らしてしまいそうだ。

ところで、2-Eの携帯事件は結局、誰も名乗り出ることなく放課後になり、そのまま最終下校時刻まで居残りになったそうである。部活で大会の近い生徒、塾の予定ある生徒などは半ば泣きながら帰りたがったそうだが、あくまでもルールは厳格に運用されたのだという。

「私が悪いんじゃないのに、保護者からクレームが来て良い迷惑でしたよ」とは、事件翌日の2-E担任の弁。それをわざわざ私に愚痴りに来たのは、誰かに共感して欲しかったからだろうか。それとも、“お前が見て見ぬ振りをすれば、こんな面倒なことにはならなかったのに”という嫌味なのだろうか。真意を測りかねたまま、「大変でしたね」とあいづちを打つ。このルールへの疑問が募るばかりである。

この件のおかげで、2-Eの日本史の授業は絶不調になった。

もともと、日本史は授業を聞かない生徒が出やすい科目だというのに……。事件から2日後、クラスのほぼ全員が、私に対して敵対ムードを決め込んでいるから堪らない。

“聞こうとしているけど、つい寝てしまう”というのなら許せる。決してそうではない、露骨な寝方をする生徒が多数いた。号令の終わった瞬間から、教材も出さずに机に突っ伏して寝る。“お前の授業なんて誰が聞いてやるものか”というメッセージだ。一番前の列の子は、わざと見えるように数学の問題集を広げていた。

こういうときのコツは、できるだけ視線を落とさないこと。予定の内容を話し切ることに集中すること。

虚空に話しかけ続けて50分を乗り切ると、チャイムとともに逃げ出すように教室を出た。幸い、次は空きコマだ。職員室に教材と名簿を置くと、私は階段を駆け上がった。

最上階である6階にあまり使われない多目的トイレがある。そこは私の秘密の場所だった。授業中にトイレが使われることは稀だし、来校者もこのフロアのトイレを使うことはない。つらいとき、疲れたとき、私はこっそりとここで過ごしていた。多数の生徒や教師のあふれる校内で、唯一、一人きりになれる場所だった。

ひとしきり泣けば、少し気分は収まる。1コマ50分という時間は、泣いて、泣き崩れた化粧を直して職員室に戻るにはちょうどいい時間だった。

チャイムが鳴って昼休みだ。私は何事もなかった顔をして、階段を降りようとする。人通りの多くないフロアだからか、階段に腰かけてお弁当を食べようとしているグループがいくつか。その脇をすり抜けていこうとしたとき、私は、残念ながら見つけてしまった。

スマホを使っている生徒である。

いるのだ。時々、朝の会での提出を拒み、こっそりカバンに潜ませている生徒が。こうして昼休みや部活の合間にいじりたいわけである。心の中でため息をつき、私は足音をわざと響かせる。それに気付いた生徒が「ヤバイ」という顔で振り返る。目が合う。そして、そらされる。

「出しなさい。没収します」

私は、確かにそう言おうとしたのに、なぜだか声がうまく出せなかった。重い沈黙の中、さっきトイレで鎮静化したはずの感情が甦り始める。私は絞り出すように、一言だけ発して、その場を離れた。

「しまいなさい」

それしか言えなかったのである。

悪いことをしたのは、私よりもむしろ生徒のはずなのに、後ろ暗い思いを抱え、足早に階段を下りる。次の踊り場に着いたとき、私は息をのんだ。

……高嶋先生だった。

先ほどの私の対応が聞こえていたことは、先生が私を見据えていることから分かった。先生は、少し憐れむような眼をしていた気がする。それをまともに受け止める勇気のないまま、会釈の振りをしてうつむき、「お疲れ様です」と吐き出して、私は逃げ出した。高嶋先生は私を追いかけなかった。その日から私は子どものように、先生を避け続けた。

ただし、気まずかろうが何しようが、仕事はやってくる。

例えば、第三金曜日。

この日は、風紀指導部の定例の集まりがあった。私の中で「twitter警察」と呼んでいる日である。

うちの学校はtwitterを始め、インターネット上に個人情報が公開されるSNSなどの利用は厳禁。見つかったら、反省文と2週間の部活動活動禁止である。

うちは三好(みよし)女学院なので、「三好学院」「三好」「みよじょ」「MYS」などのキーワードの他、教師名・教材名・行事名などで検索をかけ、在籍生徒の利用を見つけ出すのである。

手分けして様々なキーワードを入れていく。風紀指導部の職員は恨みを買いやすいので、我々の氏名も検索対象だった。パソコンが苦手な高嶋先生は、自分では検索せずに、他の人の検索の様子を見ていた。先生が私のパソコンをのぞき込んだのは、偶然にも、私が自分自身の名前で検索をかけたときである。

私は辿り着いてしまった。

「鬼のみよじょ風紀の中でも、長澤はユルいことが判明wwww この前、携帯見付かったけど、しまえって言われて終わりだったー」
という書き込みに。

そして、それを見て凍り付いている表情を高嶋先生に見られてしまったのである。彼女がどんな顔をして私を見ているか、見る勇気はなかった。

先生は「ざまぁみろ」とあざ笑うような下品な人ではないけれど、軽蔑されていることは間違いない。

定例会は、自校の生徒であることが特定できたアカウント名と書き込み例をエクセルの表にまとめ、部長に提出して終了である。先ほどの書き込みも含め、数十数件の書き込みを見付けてしまった私は、他の先生よりもまとめるのに時間がかかってしまった。そのせいで、高嶋先生と二人きりである。

他の先生が誰もいなくなったことを確認して、高嶋先生は口を開いた。

「あの書き込み、ひどかったねぇ~」

まるで、生徒に話しかけるような、いたわりをこめた口調だった。

叱責されると決め込んでいた緊張からの解放感からか、優しさが心にしみたからか、目の端に涙がにじんでしまう。

「悲しいんだけど、媚びたところで、生徒は好いちゃくれないのよね」
「……はい」
「厳しくしたところで、好いちゃくれないんだけどね。ま、見下されて利用されるよりはましかしらね」

何も言えずに、画面を見続けていると、先生が私の肩にポンと手を置いて言う。

「生徒たちに好かれることで、自己肯定感を得ようとするからつらいのよ。自己肯定感は他で担保しなさい」

言い終えると、その手はぎゅっと肩を握った。頼もしい、力強さだった。この人は、強い人だ。

「もしかして、先生が『彼氏作りなさい』って言ったのって、そういうことですか?」

先生は何も言わずに、ふふっと笑った。私もつられて笑うと、少し元気になった。勢いが出てきて、
「高嶋先生はいつも、しっかり風紀の仕事もやり切っていらっしゃいますよね。先生は本当に揺るがない。……ですから、きっと、先生の彼って素敵に、支えてくれる人なんですよね」
とさらに訊く。独身か既婚かもよく分からなかったので、言葉を選んで訊いた。

「そうねぇ。一つ成し遂げた後も、それに安住しない人。いつも涼しい顔をしててね、努力してるっていう態度はあまり見せないけれど、絶対に凄まじい努力をしてる。そんなとこを見てると、自分も年齢とか言い訳にできないな、しゃんとしなきゃな、って思う」

少し遠い目をして語る彼女を見ていたら、高め合えるパートナー、という言葉が浮かんできた。いいなぁ、そういうの、と素直に思った。

感心とも羨望ともつかない眼差しで見ている私に気付いて、高嶋先生は言った。

「……ああ、その人、hydeっていうんだけどね」

悪戯っぽくウィンクした彼女は、とってもチャーミングだった。

***
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