メディアグランプリ

「死体」になって得られる、前向きに生きる力


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事 : 鼓星(ライティング・ゼミ)

50歳を間近に控えた最後の大勝負で、「人生大逆転!!」のハズだった。
雑居ビルに入居する無名の小さなベンチャー企業から、誰もが知っている一流企業への転職。深夜残業・土日出勤が当たり前のブラック職場から解放されて、プチセレブな生活が待っていると思うと、「私って意外と強運の持ち主かしら?」とニヤけてしまう。「都心のオフィスビルにお勤めするんだから」と、革のバッグを新調するほど調子に乗っていた。

しかし、美味しい話には落とし穴というのが、世の常だ。
転職先は、確かに一流企業なのだが、実質戦力外通告された使えない社員が送り込まれてくる吹き溜まりのような部署だった。戦力外であっても、ブライドだけはエリート気取りだから、なかなか人間関係は面倒くさい。「俺は、あいつに比べればマシ。まだ、復活のチャンスもある」と空虚な序列争いの火花が散る。吹き溜まりのパフォーマンスを上げようと、フロア全体に響き渡るような大声で四六時中怒鳴り散らす上司のせいで、全く集中して仕事ができない。ブラックなりに新規ビジネスを開拓しようと奮闘していた小さなベンチャー企業とは比べものにならないぐらい、職場の雰囲気は悪かった。
その上、担当役員のパワーバランス次第で、私が勤務する部署がいつ潰されてもおかしくないという事実を転職後に知って、思い切り心が折れた。

運と巡り合わせに恵まれて、せっかく上手いこと世間を渡ってきたのに……まさかのアラフィフ失業か!? 何の資格も専門性も無いおばちゃんが、50歳を過ぎて正社員の職に就くことなんて不可能に近い。気ままな一人暮らしを謳歌してきたツケで、今さら養ってくれる人が現れることもないだろう。失業したら、親の介護にかかるお金をどうやって捻出すればいいのか。考えれば考えるほど、どんよりとした気分になる。

「死んでしまいたい」というほど深刻ではないものの、「なんだか行き詰っているなぁ」と、転職を後悔していた。できるものなら3カ月くらい冬眠して、現実から逃避したい気分だった。

そんな時、自宅近くの駅前にホットヨガスタジオがオープンした。
駅にデカデカと貼り出されたポスターの「オープンキャンペーン、入会金ゼロ円。入会初月は1000円で通い放題」というキャッチコピーが魅力的だった。どんよりとした気分を汗と一緒に流してしまえたら、どんなに楽だろうか。私は、すがるような気持で体験レッスンに申し込んだ。
インストラクターの声に導かれてヨガの基本的なポーズをとっていると、日頃、ダラけた身体には、筋肉への刺激がなんとも心地よい。40度に設定されたスタジオの中では、少し動いただけで尋常ではない量の汗が噴き出てくる。
「もしかして、私、これで痩せられるかも! 今の職場がなくなっても、キレイなオバサンでいれば、次の転職にきっと有利だよね」と小さな希望が湧く。「よし、ヨガでキレイに痩せるまで頑張るぞ!」と、結局、日常の迷い事から解放されないまま、体験レッスンのプログラムは終盤に近付いていた。

「仰向けになったまま手と足を上げて、ブラブラブラブラと揺すりましょう!末端の血液をお腹に戻します」。
インストラクターの静かな声がスタジオに響く。
「そのまま。フワッと手足を床に下ろします。足は肩幅ぐらいにゆったりと開いて、眉間の力を抜いて優しく目を閉じます。奥歯の噛みしめを緩めて口はポカーンと半開きにして、静かに呼吸を繰り返しましょう」。

なるほど、ラジオ体操の最後の深呼吸のようなものか、と考えながら脱力していると、まるで予期していなかった言葉が耳に入ってきた。
「シャバーサナ、屍(しかばね)のポーズです」。

「屍」という言葉に軽い衝撃を受けたが、確かに、目を閉じ、口を半開きにしてダラリと横になった姿は死体がその辺に転がっているのに似ている。照明を落としたスタジオの中は静寂に包まれた。参加者のかすかな規則的な呼吸の音だけが聞こえてくる。汗をかいた後の心地よい疲労で、向こう側の世界に引きずり込まれるように意識が遠のいていく。

リーーーーーン。
インストラクターが鳴らす鐘の音が響くまでの時間が3分だったのか、5分だったのか……。私はその間、何も考えていなかった。ただ、死体のようにスタジオの中に存在していただけだった。死体でいる間は、転職への後悔も、失業するかもしれない不安も、雰囲気の悪い職場への不満も私の中から消えていた。というよりも、死体には、後悔も不安も不満も関係ないのだ。

体験レッスンが終わった時、「人生、大変だけど、まぁ、なんとかなるだろう」という根拠のない能天気な力を手にして、私は心が軽くなっていた。そうだ、人間は意外としぶといのだ。本当に死んでしまわなくても、辛い時には死んだふりをしてじっとやり過ごせばいい。そんな知恵を与えられたような気がした。

あの日から1年半が経った。職場は相変わらず雰囲気が悪いし、部署が潰されるかもしれない恐怖も消えてはいない。それでも、今のところ、私は失業者にならずに生きながらえている。そして、週に2~3回のヨガスタジオ通いも続けている。身体を動かし、汗を流す爽快感も悪くないが、「屍」になれる数分間が私にとって至福の時間。
「屍」になることで、嫌なことはリセットされ、沸々と力が湧いてくる。

今年は、その力を戦力外通告で送り込まれてきた部下たちを再生させるために使ってみよう。そう、失敗したって、人間、リセットしてやり直すことはできるのだから。

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2017-01-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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