fbpx
メディアグランプリ

コーヒーの量はいつも同じじゃなくていい


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講申込みページ/東京・福岡・全国通信】人生を変える!「天狼院ライティング・ゼミ」《日曜コース》〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
【東京・福岡・全国通信対応】《日曜コース》

記事:との まきこ(ライティング・ゼミ)

自宅近くにあるチェーンのコーヒーショップ「D」は、店員さんによってコーヒーの量が増えたり減ったりする。
「D」で使っているコーヒーカップの内側には、上から1センチくらいのところにうっすらと線が入っている。「コーヒーはこの線まで!」という目印なのだろう。
午前中の店員さんはこの線なんか無視して、なみなみとコーヒーを入れてくれる。席に持っていくまでに、ソーサーにこぼれてしまうくらいだ。
午後の店員さんのときは、この線よりほんの少し下までしかコーヒーが入っていない。せめてこの線までには達してほしいのだが、「もうちょっと入れてよ!」なんて言えるはずもない。
ほかにも、紙おしぼりをつけてくれたりくれなかったり、レシートを渡してくれたりくれなかったり、などといったばらつきがあるのだ。
チェーン店なのだからマニュアルがあると思っていたが、そうでもないのか。それともマニュアルなんて忘れてしまっているのか。謎だ。
それと同時に、いつも同じサービスができないってどうよ? とも思っていた。

私もカフェで働いている。食事はランチが1〜2種類のみ、それに焼き菓子と飲み物を販売するこぢんまりとした店だ。

正月明けの営業初日。その日は午後から冷たい雨が降り始めていた。来る人がみんな「寒いー」と言いながら入ってくる。休み明けだからか、店内は冷え切っていてちっとも暖かくならない。エコじゃないなと思いながら、私はエアコンの温度を24℃に上げ、強風に設定した。

ランチも一段落した午後3時ごろ、品のいいおばあさんが店に入って来た。
「パンだけを売ってもらえるかしら?」
今日のランチセットにフランスパンがついていることを見て、おばあさんはそう言った。
ランチを食べるほどお腹はすいていないけれど、ちょっとパンを食べたくて、ということだった。

その日、パンだけを売るというレジの設定はしていなかった。たまたまレジのそばにいた調理担当の従業員が「いいですよ」と言いかけるのを制して、
「たいへん申し訳ありません。パンのみのご提供はしていないんですよ」
と、私はパンの代わりとしてはちょっと違うだろうと思いながらも、店にあったシフォンケーキやスコーンを勧めた。
うちの店から2分くらい歩いたところに、パン屋さんがある。そのことを伝えることも考えたが、なんだか却って突き放してしまうような気がして黙っていた。

「うーん、甘いのは今朝食べちゃったから今はちょっと……」
おばあさんは、シフォンケーキもスコーンもほしくなかったようだ。そりゃそうだ。彼女はフランスパンがほしかったんだから。

おばあさんはごねることもなく、クッキーを1枚買ってくれた。
今は甘いものは食べたくないと言っていたのに。なにも買わずに帰るのも悪いからと気を使ってくれたのだと思う。
お釣りを渡したときにちょっと触れたおばあさんの手は、とても冷たかった。なんだか自分が、融通のきかない社会主義国の役人になったような気がして、いたたまれなくなった。

「自分の店なら適当に値段決めて持ってってもらうんだけどさ。勝手にそんなこともできないし」
と、調理担当は残念そうに言った。
そりゃあ私だってそう思うよ。
気分がめげるくらい外は寒いし、おまけに雨が降っている。そんなときに、さらに人の気持ちを残念にさせてしまうことなんかしたくない。

自分の名誉のために言えば、私は面倒くさかったわけでもなければ、おばあさんに意地悪をしたのでもない。ほかに待たせているお客さんもいなかったし、レジの設定くらいすぐできる。
だが、私のなかで、サービスとはいつも同じでなければならないという思い込みがあったのだ。いつも同じサービスを提供できないことは、お客さんに失礼なことだと。

今日はパンを単品で売ることができる。でも、明日もあさっても臨機応変な対応ができるかどうかわからない。
お客さんがいっきに入ってきて混み合っているときに、「パンだけをください」とか「デザートだけをください」と言われても、こたえられないかもしれない。
新人のアルバイトが一人でいるときに、すばやくレジの設定ができるかどうかわからない。
私が個別の対応をしてしまったばかりに、ほかの従業員も常に同じ対応をしなければいけなくなり、負担に思うかもしれない。
それならば、すべて単品の設定をあらかじめしておけばいいかというと、そういうわけにもいかない。あくまでもランチセットのために用意しているものなので、数が合わなくなってしまう。

そんなもやもやした気持ちを、店主に伝えてみた。店主が私に言ってくれたことは、要約するとこうだった。

誰に一番喜んでもらいたいのかを考えれば、こういう商売をやっている以上、それは来てくれたお客さんである。その喜んでほしいという思いに従ってすることなら、イレギュラーな対応をしたってかまわない。ただし、お客さんにも「今日は特別ですよ」ときちんと伝えないといけない。

そうか。別にいつも同じサービスでなければ許されないということはないのだ。
ただ、今はどこに行っても一定のサービスが受けられると思っている私のような人間が多い。だから、うちは画一的じゃないということをわかってもらう必要はある。

うちの店は不特定多数のお客さんが入れ代わり立ち代わり来るというより、年齢層やや高めのご近所さんがほとんどだ。お客さんと店との距離が比較的近い。だから、私たちのあり方についてきちんと説明できる環境だ。
きちんと理解してもらえば、対応できない状況にあっても「前はやってくれたのに……」と言われることはなさそうだ。
いつもできるかわからないけれど、今ここにいるお客さんにできるだけのことをするということ。それは「一期一会」に通じるものがあるのかもしれない。

すべての人にいつも同じサービスを提供するということももちろん否定しない。そこには公平性を感じる。それでも、私がお客の側になったときは、「サービスが同じではないことは悪いこと」という思い込みは捨てたいと思う。

冒頭に書いたコーヒーショップ「D」では、お客さんと店員さんがカウンター越しによく世間話をしている。彼らのサービスが画一的でないからこそ、近所の喫茶店のようにみんなが集うのかもしれない。
同じ「D」でも、ほかのどの店舗でもなく、私がこの「D」が好きなのは、彼らの人間くささを感じるからなのかもしれない。

コーヒーが多くても一期一会。少なくても一期一会。
にんげんだもの。プラマイゼロでいいことにします。
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

【12月開講申込みページ/東京・福岡・全国通信】人生を変える!「天狼院ライティング・ゼミ」《日曜コース》〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
【東京・福岡・全国通信対応】《日曜コース》

【天狼院書店へのお問い合わせ】

TEL:03-6914-3618

天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F

TEL:03-6914-3618
FAX:03-6914-3619

東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

TEL 092-518-7435 FAX 092-518-4941

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。

【天狼院のメルマガのご登録はこちらから】

メルマガ購読・解除

【有料メルマガのご登録はこちらから】


2017-01-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事