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ふるさとグランプリ

闇夜の蛍を追い求めてはいけない理由。《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:リコ(ライティング・ゼミ)

「ねー、まだ?」
待ちきれなくなって何度もそう聞く息子に私は時計をみながら答えた。
「もうちょっと。あと5分」
息子と私は15分くらい前から、その扉の前で扉が開くのを、待っていた。
扉の前には、私たち以外にも親子連れが10人くらいいて、やはりそわそわしながら扉がひらくのを待っていた。
やがて、開場時間の13時になり、スタッフらしき若い男性が現れた。
「室内は大変暗くなっておりますので、小さなお子様連れのお客様は手を繋ぎ、ゆっくりとお進みください」
スタッフの若い男性はそういうと扉を開けた。
扉が開くと、息子は部屋に飛び込もうとした。
走り出そうとする彼の手をしっかりと握り、私たちは暗い室内に足を踏み入れた。
中は完全な暗闇ではなくて、薄暗い赤い光が、点いていた。
部屋の中央にはダイニングテーブルくらいの大きさの机があって、机を中心に10脚ほど椅子が丸く並べられていた。
机の上には大きな箱が置かれていて、箱は黒い布で覆われていた。
私たちは部屋に入るとスタッフの指示に従って椅子に腰掛けた。
全員が腰掛けると、部屋を照らしていた赤い光が全て消え、室内が真っ暗になった。
暗くなってから数秒後、ゆっくりと、箱を覆っていた黒い布が取り払われた。
すると、真っ暗だった室内に、ぼんやりとした、小さな灯りが点々と現れた。
小さな灯りの一つ一つは呼吸をするかのように、強くなったり弱くなったりを繰り返していた。
蛍だった。
その日私たちは、東京の動物園で開かれた、真冬の蛍の観賞会というイベントに参加していた。
東京に住んでいると、なかなか蛍を目にする機会がない。
私たちがその日見た蛍は、動物園で繁殖に成功した蛍だ。
温度と湿度をコントロールすることで、今、蛍は冬の東京でも見ることができるのだ。
私は、これまでの人生で一度だけ、自然の蛍を見たことがある。
真冬の幻想的な暗闇の中、私は広島の田園風景を思い出していた。

当時私は広島に住んでおり、仕事で知り合った人と付き合っていた。
そして、夏を前に、私たちの間には不穏な空気が流れていた。
一緒に夏祭りに行こうという彼の誘いを、私が断ったためであった。
彼が行こうと言った夏祭りは、隣町にある神社のお祭りで、その地域では結構大きなお祭りだった。
そのお祭りは、会場のそばの田んぼで、蛍が見れることでも、有名だった。
その夏は私が広島に来てから迎える、初めての夏だった。
私たちが住んでいた町は田舎だったので、町内を歩いていると、よく知り合いに出会った。
だから町内を2人で連れ立って歩くことは、私たちはお付き合いしています、と公言することと等しかった。
都会から来た私は、そのオープンさになじめなかった。
私は町から離れた場所で会うことを好んだ。
夏祭りに誘われたときも、知り合いにあうのではないかというのが気にかかった。
普段の何もない日でも、その辺を歩いていて知り合いに会うのに、2人で一緒にこの地域の人がたくさん集まる祭りにいくなんてもってのほかだ。
知り合いに会いまくるに決まっている。
行きたくない。
彼は私の返答を聞いてすっかり機嫌が悪くなってしまい、結局祭りに行くのか行かないのかの結論は出ず、曖昧なまま当日を迎えた。

当日、もう祭りには行かないものと思っていた私を、彼がもう1度誘った。
私の決意は固かった。
彼は子どものように、一緒に行きたいといった。
それでも私が首を縦に振らないと、祭りのチラシをぐちゃぐちゃに握りつぶし、最後には泣いた。
初めて彼の涙を見た私は、そこまでいきたいのか、と驚いたと同時に、なんだかもう、何もかも面倒臭くなった。
それで、結局、彼の希望通り、お祭りに行った。
会場に向かう道のりで、彼はすっかり上機嫌だった。
でも、今度は私が黙りがちだった。
これからたくさんの知り合いに会い、好奇の目で見られることを思うと、気が重かった。

会場に着くと、案の定、共通の知り合いに会った。
彼は饒舌に友人たちと話をした。
友人たちの手前、私1人が黙り込んでいるわけにもいかず、一応笑顔で挨拶をしたり、話をしたりした。
そして、途中からは、縁日や出し物を、それなりに楽しんだ。
帰り道、私はぐったり疲れて、蛍のことなんか忘れていた。
だから、田んぼの中をスーッと飛んでいく光を見て、初めて思い出した。
そうだ、今日ここに来た目的の一つは蛍だったんだと。
会場に向かうときは、まだ日が沈んでいなかった。だから、行きに通ったとき、そこはただ田んぼの畦道だった。
でも、帰るころにはすっかり日が沈み、違う世界になっていた。

昔、蛍は日本の田園でごく当たり前に見ることができたという。
でも今は限られた場所でしか、みることができない。
その原因の一つは、町の明るさであるという。
そもそも蛍はなぜ光るのか。
オスがメスにアピールするためだ。
蛍にとって、光ることは求愛行動なのだ。
蛍は、蛍の光より明るい光があるところでは繁殖できない。
電灯の明かりに負け、求愛のコミュニケーションがとれず、オスとメスが結ばれなくなってしまうからである。
つまり、蛍がいるその田んぼには、蛍の光より明るいものは何もなかった。
日が沈み真っ暗になった中、蛍の灯りだけが、呼吸をするように点滅し、スーッと動いていた。
その様子は、やはり幻想的だった。
その風景は荒れた私の心を鎮めた。
蛍の灯りは、明るい夜道に慣れた私には、とても心細いものに感じられた。
今にもふっと消えてしまいそうだった。
幻のように消えてしまいそうな頼りなげな蛍の光をみながら、私は彼と付き合い始めたときのことを思い出していた。
私が彼を好きになったきっかけは、声だった。
彼は低く、落ち着いた声で喋った。年下なのにしっかりしていて、よく気付き、頼り甲斐があった。
でも、最近は頼り甲斐があると思っていたその姿が、幻だったのかもしれないと思うことが増えていた。
私はいつもそうだ。
蛍の光のように、心許ない灯りを求め掴もうとし、掴んだと思うと、それが幻だったと気づく。
そういう経験はこれが初めてではなかった。
こんなことで、いつか結婚をしたいと思える日がくるのだろうか。
自分の身勝手さがつくづく嫌だった。
2人で並んで田んぼの中を歩く帰り道、私はそんなことを考えていた。
私たちはそのあともしばらくは付き合っていたが、結局は別れてしまった。
私の心は、あの蛍の日に決まっていたのだ。

私がぼんやりしているうちに、蛍の鑑賞会は終わり、部屋は再び明るくなった。
幻想の世界から現実の世界に戻って来たのだ。
その日の帰り道のことだった。
「ママはなんでパパと結婚したの?」
と息子が聞いてきた。
神ってる。
と私は思った。
彼はたまにすごい質問を、すごいタイミングでするのだ。
「パパは優しいからね」
「そうかなー。僕昨日怒られたよ」
月並みな回答をしつつ、私は思う。
なぜ結婚したのか。
それは、彼とはリアルに付き合って来たからだ。
彼と出会って今年で10年。
実は彼のことも幻だったと思ったことがある。
そしてそれは一度や二度ではない。
でも、彼とは私が思っていた彼の姿が幻だとわかってから、本当の彼を理解したいと、さらに一歩踏み込んだ。
幻だとわかってから、他の幻を追い求めずに、その関係を続けようとする意志があったから、今があるのだと思う。
もしかしたら、その意志とか努力とかを、愛というのかもしれない。
何だか納得いかない顔をしている息子を前に私は、
「さー帰ってパパにお粥をつくるか!」
というと家路を急いだ。
「パパ」は年末年始、風邪をひいて寝込んでいるのだ。
週末、珍しく夫抜きで子どもと出かけたら、思わぬ幻想を見てしまった。
「どのネギが栄養あると思う?」
私はスーパーの店頭にならんだネギの山から、息子が選んだネギを手にとり、レジに向かった。
帰ったら、美味しいお粥をつくらなくちゃ。
早く良くなってもらうために。

***

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