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メディアグランプリ

「こじらせ」って、どういう意味ですか。具体的に説明できますか。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:坂本えみ(ライティング・ゼミ)

最近、引越しをした。
海の近くの住宅街にやってきた。
改札を出て、階段を下りて、平坦な道を自転車で5分走ると家に着く。
これまでずっと坂だらけの街に住んでいたので、
自転車を通勤に使うのは初めてだ。

この街には、少し縁があった。
昔、新卒で入社した会社で、配属されたのがこの街の支店だったのだ。
駅前のビルにある証券会社で、営業マンとして1年半とちょっと働いた。
辞めてから長い年月が経っているので、
当時のことを思い出すことはあまり無かったけれど、
さすがに引っ越してきてからは、ふとしたきっかけで思い出にひたることがある。

当時の私は、毎日、飛び込み営業を命じられていた。
目安は1日100件。
住宅街に立ち並ぶインターフォンを、一つずつ押して回っていく。
初めまして、と挨拶をして、会社と自分の紹介をしてから、商品の話につなげていく。
世間話で終わってしまうこともあったけれど、顔見知りが増えれば、いつかの売上につながる気がして嬉しかった。

そんなとき、職場で、上司に突然怒鳴られたことがある。
「ねえ、今日さ、何もしてないじゃん!」
それは、いつも通り、100件の飛び込み営業を終えて帰ってきたときだった。
ひときわ寒い日だったので、ハイヒールのつま先が凍りついていて、でもヒートテックの中は汗だくで、なんだか気持ち悪かった。
「ねえ、なんで何もしないの?」
上司はそう言って、PC画面をじっと見つめた後、私の顔を見る。
フロア中が静かで、みんなが耳をこちらに向けている気がした。
私は顔を赤くして俯いて、自分のつま先を黙って見つめていた。

あの時の上司の言葉は、営業という仕事をよく表していたと思う。
「その日売上をあげていない」ということは、「何もしていない」ということなのだ。
たとえ100件飛び込もうと、顧客候補が何人ゲットできようと、PCの画面上に反映されている売上はゼロ。それがすべてだった。
自分でも、「ああ、私、何もしていない」と思った。
とても悔しかったけれど、それが事実だ、とわかっていた。

それからほどなくして、私は会社を辞めた。
1年半いても、大した売上を上げることができなかった。
何もせずにお給料をもらう、そんな毎日がしんどかった。

そんな昔のことを思い出しながら、引っ越してすぐの休日、ひとりで街を散策していた。
ふんふんと鼻歌を歌いながら、住宅街を自転車でゆっくり走る。
途中で海沿いに出たり、大きな道路に出たりしながら、1時間くらいずっとペダルを漕いでいた。

そのあいだ、私はずっと驚いていた。

見覚えがあったのだ。
特別思い出深い場所にたどり着いた、というわけではなく。
すべての道、すべての場所に、見覚えがあった。
灰色の塀で囲まれた豪邸、
昔ながらの三叉路、
細長い家が立ち並ぶ一角、
弓なりに大きく曲がるカーブと、その端にあるバス停。

変哲のない住宅街がどこまでも続く。
もちろん建物は多少変わっていたけれど、
目立った特徴がないような普通の区画にも、記憶があった。
ペダルを漕いでも漕いでも、また懐かしい景色が現れる。
思わず目尻が下がって、にやっとしてしまった。

あの頃、隅から隅までこの街を回ったんだなぁと思った。
毎日100件、それを1年半、ずっと飛び込み営業をしていた。
重い紙袋をかごに入れて、ペダルを漕いで。
誰も出てこない家には翌日も翌々日も足を運んだし、少しでも話ができた家には資料を持って向かった。
門前払いをされることもあったけれど、話を聞いてくれる家も数多くあった。

ずっと、「何もしていない」と思っていたけれど。
そうではなかったのかもしれない。
正確に言うと、「100件ほど家を回ってインターフォンを押して挨拶していたけれど、商品はあまり売れなくて、おばあちゃんの孫の話を聞いたり、損してしまった資産運用の愚痴を聞いたりしていた」のだ。
もちろん、当時もそんなことわかっていたはずだけれど、自分の頭の中には「何もしていない」という言葉だけが強く染みついていた。
だから、「何もしていなかった自分」のイメージばかりが浮かんでいて、当時のことは思い出したくない過去の一つになっていた。

ああ、言葉って怖いなぁ、と思った。
本当は、あの頃の経験は間違いなく、私が社会を生きていく底力を養ってくれたのに。

そういえば、最近会った友人が、何度も「元カレに裏切られた」と繰り返していた。
恋人と別れた数ヶ月後に、その元恋人が、自分と仲の良い女の子と付き合い始めたらしい。
「あの子のことは好きじゃないって言ってたのに。裏切られたのよ」
ため息をついて、さらにつづけた。
「私がこじらせてるから、いつも上手くいかないのかな……」
あの時、話していて、ずっと小さな違和感を感じていた。
彼女の言う「裏切り」も「こじらせ」も、その単語ばかりが頭の中に残って、何を意味しているのかよくわからなかったのだ。
返す言葉が見つからず、ありきたりな相槌しかできなかった。

私たちは、印象的な言葉を使って、相手の心に訴えようとする。
そして、余計な言葉をそぎ落として、わかりやすく伝えようとする。
仕事では、要点を簡潔に伝えないと物事がうまく進んでいかないし、
SNSでは、短い投稿で、強いインパクトを持った言葉を使った方が、いいね! やリプライをたくさんもらうことができるのだ。

私たちはそうしているうちに、自分の頭の中でも、どんどん言葉をそぎ落としているのかもしれない。
本当は、頭の中まで140文字に落とし込む必要なんてないのに。
まるでSNSに書き込むように、わかりやすい言葉と、印象的なフレーズで、自分の思考回路をショートカットして、ビビットな色を塗っていく。
そうして自分の気持ちも、その色で染めていく。
ショートカットした部分のことは、きっとすぐに忘れてしまう。
数年後、友人は昔の恋人のことを、「裏切った人」として思い出すかもしれない。
自分のことを、まだ「こじらせ女子」と呼んでいるかもしれない。
私がこの街で、「何もしていなかった」と思い込んでいたように。

私は、ひそかに心に決める。
自転車で、この街のいろんなところに行こう。
ペダルを漕いでいる間は、ぐだぐだと物事を考えよう。
何か心に引っかかることがあったら、とにかく考えつづけるのだ。
すぐに一言でまとめたりしない。
印象的な言葉で、かっこよく彩ったりしない。
TwitterにもFacebookにも載せられないような、つまらない言葉の羅列をひたすら続けるのがいい。
自分の頭の中をいちいち言葉にして、あーでもない、こーでもないと、みっともないくらいに考えつづけてみたい。
短くまとめてかっこつけるのは、そのあと誰かに伝えるときで十分だ。

そうやって言葉を紡いでいくことが、きっといつか自分の力になっていく。そんな気がする。
あの頃、インターフォンを押し続けた毎日が、今の私を強く支えてくれているように。

***

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2017-01-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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