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ふるさとグランプリ

その菓子は、決して口にしてはいけない。《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:和智弘子(ライティング・ゼミ)

「そんなん言うなら、北海道まで行って、買ってきて!」

母と私は青ざめていた。
父はおろおろと戸惑いながらも、なにか対処法はないかと母と私をちらちら見ていた。
そんなにこっちを見られても、お父さんが悪いんやから、知らんよ!
そう顔に書いて、父が助けを求めていることにも知らんぷりし、母と私はその場が落ち着くことを祈るしかなかった。

今から20年近く前のこと。
私には姉がいて、姉は短大生だった。
姉は食べることが大好きで、おいしくて、珍しいものには特に目がなかった。短大からの帰り道に、デパ地下に寄っては、おいしいケーキやお饅頭を買ってくることも多かった。姉は自分一人で食べることはせず、母と私の分も買ってきてくれていて「これ、めっちゃおいしいなあ!!」と、その食べ物のおいしさを皆で共有したがっていた。

姉は年頃のムスメにしては色気よりも食い気が勝っていた。
土日の予定はデート以上に、心待ちにしていることがあった。
それは、デパートの催事場で開催される「物産展」だった。

姉に誘われて付いて行ったこともあるが、物産展にかける姉の情熱はただものではなかった。むしろ怖いくらいだ。今でこそ、なんでも「お取り寄せ」できるようになっているけれど、その当時はまだ食べ物を取り寄せるなんて、贅沢の極みではないか! というような風潮だった。そのためにテレビや雑誌で取り上げられていたものは「これは一回食べてみたい」と真剣にメモしていた。

姉が一番好きな物産展は「北海道物産展」だった。
北海道には、おいしい食べ物がたくさんあるけれど、その中でも極めて好きなお菓子があった。しっとりとあまいクッキーに、レーズンバターがサンドされているお菓子。ひとつひとつ銀色のラッピングで包まれていて、ラッピングを開けて食べるたびに「あぁ、おいしい」とうっとりしていた。そのお菓子は1箱に5個入っている。我が家は父・母・姉・私の4人家族なので、ひとり一つずつ食べて良いことになっていた。残った一つは、姉のものだというのは暗黙の了解だ。姉は学校が休みの土曜日に、いつもより早く起床して、開店前のデパートに並んで購入してきているのだから。

しかし、父は愚かにも、その一つ残っていたお菓子を食べてしまった。
「え? あれ、お姉ちゃんのやったん? 残ってたから食べてんけどな」
その時は、母も私もそれほど深刻にとらえていなかった。あーあ、怒られんで。その程度だった。

大切に取ってあったお菓子を、父が食べてしまったと姉が知った途端、事態は急変した。姉は烈火のごとく怒り、泣き始めたのだ。
「お父さん、なんであれ食べたん? 食べるんなら一言聞くとかないの? もう、お父さんの割り当て分、食べたんちゃうの?」
泣きながら、父を責め立てる。しかし、父は「そんなに大事やと思ってへんかってん」とおちゃらけた様子でその場を乗り切ろうとしていた。

母も私も、これはまずい、と感じていた。姉がここまで取り乱して泣いているのを見たことが無かったからだ。しかし、父はさらに不用意な言葉を発した。

「大学生にもなって、たかがお菓子一つでそんなに泣く?」

姉は、一瞬ピタリと泣き止んだ。
しかし、フルフルと怒りにカラダを震わせている。
「お父さん、たかがお菓子っていうんなら、いますぐ買ってきて。そんなこと言うなら、北海道まで行って買ってきて!」
そう言い捨てて、姉は部屋から出て行ってしまった。

母と私は青ざめ、父はおろおろと困り果てた顔で、私たちを見た。
「今のは、お父さんが悪いと思う。お姉ちゃん、めっちゃ大事に食べてたんやで、あのお菓子」
「せやで。あの子、あんなに怒ったこと今までにないわ。……さすがに北海道まで行かれへんけど、なんとかせなあかんやろね」

父も申し訳なさそうに「ちょっと、不用意やったな、最後の一言」と反省していた。
それから母と私で、どうにかしてそのお菓子を入手できないかを考えた。姉が購入してきた北海道物産展はすでに終了している。しかし、そういった物産展は各百貨店を順番に巡っているため、どこかまだ近くの百貨店で開催されているんじゃないかと予測をたてた。

我が家には当時インターネットは無く、タウン情報誌などで調べてみるしかなかった。運よく、京都の百貨店で数日後から「北海道物産展」が開催されると知った。母は、何が何でもここで買ってこないと姉の気持ちはおさまらないだろうと、我が子の怒りを真摯に受け止めていた。私は母にすべてを託すことに決めた。父は所在なさげにしょんぼりしていたけれど、とりあえず父には黙っていてもらうしかないだろう。

数日間、父と姉は口もきかなかった。父は「おはよう」などと、せめて挨拶ぐらいはと試みていたけれど、姉は挨拶すらしなかった。ちらりと父を見るだけで、まるでそこにいないかのように振舞っていた。母や私とはそれなりに会話もあったけれど、そっけない態度が続いていた。

無事に母が「北海道物産展」で、件のお菓子を買って帰ってきたときは心底ほっとした。これで姉の機嫌もなおるだろう。短大から帰ってきた姉に、母は「お姉ちゃん、ちょっと」と呼び止め「これ、買ってきたから、もうお父さんのこと許してあげて」と父の代わりに頭を下げた。姉は「どこで買ってきたん?」と聞き、母が京都で開催していた北海道物産展で買ってきたことを告げると、ふーん、と言ってパッケージを開き始めた。
「いつまでも、怒っててもしゃあないし、もういいわ。買ってきてくれてありがとう。これみんなで食べよ」と、笑顔を見せてくれた。
ようやく元に戻った姉を見て、母と私は安堵した。この様子なら笑い話にしても大丈夫だろう。
「お姉ちゃん、めっちゃ怒るからびっくりするわー。北海度で買ってきてへんから、これはあかん! って言われたら、どうしようかと思ったわ」と私がわざとふざけてみせる。
「あんなに怒ったのもちょっと自分でも反省してるねん。でもな、人が大事にしていたものを聞きもしないで勝手に食べて。あんたやったら、大事にしてた本を、いつの間にか勝手に捨てられてたらどうする?」と私に聞いてきた。

父も母も私も「たかがお菓子」だと思っていたけれど、姉にとっては大事な大事な宝物のような存在だったのだ。人の価値観はそれぞれで「これくらい平気だろう」と思っていても、何が人を深く傷つけることになるかわからないということに、私はこの体験のおかげで身に染みて納得した。

「本、勝手に捨てられたら嫌やなあ。腹立つわ」「せやろー」
そう言いながら私たち姉妹は、母が京都で買ってきてくれた、北海道のお菓子をしみじみと嚙み締めたのだった。

***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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