ふるさとグランプリ

武蔵小杉駅で見つけた、故郷への片道切符《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:渡辺エリナ(ライティング・ゼミ)

よし、あと7分あれば乗り換えは余裕で間に合う。
私は武蔵小杉駅で、JRから東急に乗り換えようとしていた。
ホームからエスカレーターに乗り、改札を目指そうとした、そのとき……。

“クリームボックスあります”

ん?
んん……?
私は目を疑った。
そこにあるはずのない固有名詞が目に入ったのだ。

皆さんは、“クリームボックス”なるものをご存知だろうか?
おそらく、大半の人が「知らない」と答えるだろう。
それもそのはず、クリームボックスは福島県郡山市という、かなり限られた地域でのみ売られているパンである。
手のひらサイズの正方形の分厚い食パンに、しっとりとしたミルク味のクリームがたっぷりと塗られ、軽く焼いて表面が固められた、郡山のパン屋でのみ買えるソウルフード。
極めてシンプルなパンなのだが、たまに無性に食べたくなる。
郡山に住んでいたことがある人なら、きっと一度は食べたことがあり、みんな大好きな味だ。

ちょうどお昼を食べそこねたし、これはちょうどいい。
例にもれず、クリームボックスに目がない私は、その売り場に駆けこんだ。
「クリームボックス、1つください!」
店名を見ると、地元にいる頃、よく行っていたお店だった。
「はい、かしこまりました」
「なんでここで売ってるんですか?」
袋に入れてもらう間、私は思いがけず地元の人に会えた嬉しさから、お店のおばさんに話しかけた。
「期間限定で関東のあちこちを回ってるんですよ。出稼ぎみたいな感じですね」
「へぇ~、いつまで武蔵小杉でやってるんですか?」
「ちょうど明日が最終日になります」
「そうなんですね! 今日出会えて、ラッキーでした!」
これは大げさではなく、私は心底、興奮していた。
遠く離れた武蔵小杉の地で、まさかこの味に出会えるとは……!
おかげで電車には一本乗り遅れたけど、そんなことはまったくどうでもよかった。

こうしてクリームボックスをゲットした私は、この感動を広めるべく、乗り換えの合間に写真付きでFacebookに投稿した。
すると、どうだろう。
たちまち「いいね!」がつき、「マジで!? 買いにいく!」というコメントがいくつもきた。
あまり友達は多くない私だが、軽くバズ状態である。
反応したのは言わずもがな、同じ郡山出身の友人たち。
不思議なことに、クリームボックスは同じ福島でも、隣の市に行くとあまり知られていない、という極めて局地的なご当地パンだ。
しかし、その存在を知らなかった友人からも、「食べてみたい!」というコメントがきた。

しめしめ。
この反応を予測していた私は、みんなに有益な情報を提供できた、と満足した。
次々に寄せられるコメントに対し、お店の回し者かのように「次はここで買えるらしいよ!」と出店情報を提供した。

翌日。
私は再び、武蔵小杉駅に降り立っていた。
今日までと知ってしまったら、来ないわけにはいかなかった。
「昨日も来たんですけど、また来ちゃいました!」
昨日と同じおばさんに話しかける。
「ありがとうございます。でも、今日はもうクリームボックスは売り切れてしまって……」

……なんということだろう。
クリームボックスの人気をなめていた。
完全に出遅れた私は絶望すると同時に、これは武蔵小杉駅を利用する人にも、その魅力が伝わったということか? と思った。
「クリームボックス、人気なんですね!」
「意外と反響があって、私たちもびっくりしました。見慣れない言葉に興味を持って、買ってくださる方が多くて」
たしかに、初めて見る人にとっては謎の食べ物だろう。
クリームはわかるとして、ボックスってなんだ? と思う。
その存在を知っている私でも、ボックスの意味はいまだによくわからない。
引っかかりを持たせる、絶妙なネーミングセンスに脱帽である。

私は買えなかったけど、その分、一人でも多くの人にその美味しさが伝わったのなら、まぁよしとしよう。
しかし、なんでこんなに美味しいのに、いまだに郡山以外では売られていないのだろう。
疑問に思った私は、おばさんに聞いてみた。
「東京とかには出店しないんですか? 郡山出身の人は、東京でも買えると嬉しいと思います。私も2日連続で買いにくるくらいですし(笑)」
そう言うと、おばさんは自嘲するように笑った。
「そう言ってくださるのは嬉しいんですけど、これはたまに食べるくらいがちょうどいいと思うんですよ。格別に美味しいわけじゃないけど、なつかしい味って感じで」

ほう……。
閉店時間を待たずに売り切れるくらい好評だったのに、なんと控えめなコメントだろう。
もちろん、これはおばさんの個人的な見解であって、郡山でクリームボックスを売っている他のパン屋さんにはまた別の意見があるかもしれない。
しかし、私はこのおばさんの言葉に、とてつもなく“郡山”を感じた。

特筆すべき特徴や、“日本一”と胸を張れるような名物もない。
多くの人にとって、好んで一生住んでいたいと思う場所ではないかもしれない。
東北における、関東への玄関口でもある郡山。
福島県内では都会の部類に入るけど、しょせんは東北。東京には敵うはずもない。
そこに住む人にはどこか、都会コンプレックスのようなものがあって、自信なさげな人が多い印象がある。
だけど、郊外型都市として発展したこの街は、住んでみると、とても便利で居心地がいい。
ほどよい田舎かげんが味わえる場所なのだ。

一度、東京に出てしまった私は、今のところ郡山に戻って一生を終えよう、とは思っていない。
便利さでは東京に敵わないし、田舎という観点で見ても中途半端だ。
……しかし、絶対になくなっては困る故郷。

“たまに食べるくらいがちょうどいい”

そう、私にとって郡山は、まさにおばさんのこの表現が当てはまる。
クリームボックスは、郡山の人にとって、“故郷”そのものなのかもしれない。

先日、郡山に帰省した際に、私はクリームボックスをお土産として買って帰ってきた。
そして翌日、自宅でそれを食べたとき、私は再び、一瞬にして郡山に帰った気分になってしまった。
あか抜けないけど、なつかしい。
それはまるで、郡山行の新幹線の片道切符のようだった。

***

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